『週刊プレイボーイ』本誌では「アウトロー野球論」を連載中の江夏 豊氏

「プロ野球と男気をテーマに話を聞かせてほしい」そんな記者の言葉に、江夏は静かに笑ってこう言った。

「もう用のない言葉やろ。グラウンドから男気が漂ってくることなんてほとんどないじゃない。寂しい? そんな次元はとっくに過ぎたよ」

江夏 豊が語った。

* * *

男気といわれて思い出すのは、やっぱり王さんかな。

昭和43(1968)年9月17日、自分が王さんから三振を奪って稲尾和久さんのシーズン奪三振記録に並んだとき、354個目の新記録は王さんから取ると宣言しとったから、なんとしても次に王さんに回ってくるまで三振を取りたくなかった。だからこっちはほかのバッターからは三振を取る気なんてサラサラないのに、みんなバットを短く持って当てにきよる。何をしとるんかいと思ったよ(苦笑)。

ところが王さんだけは、新記録がかかった打席でもフルスイングや。あのとき、王さんは男気にあふれた人だなと感動したね。

昭和49(1974)年にはこんなこともあった。王さんはこの年、2年連続で三冠王を獲るような、まさに脂の乗り切った時期で、王さんに後楽園でサヨナラヒットを打たれたことがあったんだよ(5月23日)。それも強烈なヒットじゃなくて、ポテンヒット。

確か、3-3の同点でワシがリリーフに出て、ワンアウト一、二塁。そこで王さんにショートの後ろ、レフトとセンターの前へポトーンと落とされた。これでサヨナラ負けよ。薄暮で、風が強くてホコリが舞い上がっていた日やった。

打たれて、三塁側のベンチへ戻って荷物を持って、レフトの通路に止まっているバスに向かって歩いていたら、ちょうど王さんのヒーローインタビューが聞こえてきた。それを聞いて、ビックリさせられたんや。

あのときの王さんは、こう言った。「決して褒められたヒットではないけど、10年後にはサヨナラヒットとして残る。ポテンヒットとして記録されるわけじゃない」って…普通なら照れて、「ラッキーでした」「風に助けられました」とか、そんなコメントになるじゃない。ところが、そうじゃない。

ふっと王さんを見たら、胸を張って笑顔も見せず、堂々と話してる。あのとき、王さんはすごい人だ、尊敬できる人だと改めて思い知らされたよ。

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(撮影/村上庄吾)