欧州サッカー取材の現場でハリルホジッチ監督と意見を交わした宮澤ミシェル氏

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第17回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど、日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、W杯へ向けた親善試合でいまひとつ結果の出ていない日本代表のハリルホジッチ監督。世代交代や新戦力の発掘など、課題が多くある中、本大会へ向けてその真価が問われている。

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「監督の仕事は選手をピッチに送り出した時点で8割方の仕事は終わっている」と言われる。ハリルホジッチ監督の仕事ぶりを見ていると、意図しているのか否かは別にして、本当にその通りだと思う。

W杯最終予選で出場権獲得に苦しんだ日本代表を救ったのは、いつも新たに起用した選手だった。原口元気、久保裕也、川島永嗣、今野泰幸、井手口陽介、浅野拓磨、乾貴士…。

世代交代を意図していたかどうかは別にして、選手を招集して適材適所に配置するという点では、最終予選後半戦では采配が的中することが多かった。言い方を変えれば、これは国内組・海外組を問わず、代表クラスの実力を備えた選手が日本にはまだまだいるということの証だ。先日のニュージーランド戦、ハイチ戦では、その采配に迷いが見られたが、11月のブラジル戦、ベルギー戦に注目したい。

ハリルホジッチ監督とは2016年4月に、リーガ・エスパニョーラのレアル・マドリード対バルセロナのクラシコの現地中継で一緒に行動したことがある。当時、日本代表のいろんなポジションについて意見交換したが、その時に話題の中心になったのが山口蛍のことだった。

当時の山口は、3月の日本代表戦で鼻と眼窩底を骨折し、前年末に移籍したドイツのハノーファーで出場できない状況にあって、シーズン終了後にJリーグに復帰すると噂されていた。それもあって、ハリルホジッチ監督に「ボランチはどうするんだ?」と訊ねると、「(山口が)もう日本に戻るのなら代表では使えない」というニュアンスの答えが返ってきた。

確かにボランチは海外でのプレー経験があるに越したことはないが、私は「それだけが基準ではないのでは?」と意見をぶつけた。そこからふたりでいろんな議論をしたのだけれど、振り返れば当時のハリルホジッチ監督は、まだ日本代表のこと、日本人のメンタリティについて理解が十分に進んでいない時期でもあった。

あれから1年半以上の時間を経て、その選手招集を見ていると、セレッソ大阪に移籍した山口を招集していることも含めて、海外組偏重から少し柔軟性が生まれていると感じる。

チームを作っていく上で、経験がある選手は苦しい時に精神的な支柱になれる一方で、バランスを取るのに長(た)けているため、ダイナミックさに欠けるデメリットもある。そのあたりはハリルホジッチ監督もよく理解しているので、今後も新しい選手が加わり、世代交代に拍車がかかっていくはずだ。

Jリーグに目を向ければ、左SBのバックアップにはスピードのある藤春廣輝(G大阪)や、好調時は物凄いプレーをする車屋紳太郎(川崎)を推したい。CBには柏の中山雄太や中谷進之介、川崎の谷口彰悟もいる。中盤なら天野純(横浜FM)や川辺駿(磐田)、大島僚太(川崎)など、各ポジションに面白い存在の選手がいる。

だが、世界と戦うには、彼らはまだまだ線が細いと思わざるを得ない。監督が求める「デュエル」を実践できるフィジカル強度をほとんどの選手は持ち合わせていない。

世界と戦うにはまだまだ線が細い

ハリルホジッチ監督が就任してから、海外組の選手であっても、代表戦のために帰国したら最初にフィジカルトレーニングを課され、選手としてはコンディションを整えることが難しいと聞いたこともある。

ただ、フィジカルを鍛えるのは悪いことではない。フィジカルのレベルが低いと、どれほど技術力や組織力を高めて相手を上回ろうとしても限界はあるからだ。そのことを、最終予選での酒井宏樹を見て特に感じた。

酒井宏樹は日本代表でのプレーは少し詰めの甘いシーンもあったが、彼のフィジカルの強さは、フランスの名門マルセイユでレギュラーを張っているだけのことはある。愛嬌のあるカワイい顔をしているけど、ボディコンタクトに強く、誰よりも走って戦う。走るのはJリーグにいた頃からだが、体を張って相手を止められるし、ボールの奪い合いができる。

確かに、ハリルホジッチ監督は日本人選手のフィジカルが弱い点を何度となく指摘してきたが、そこで他国を上回ることができるとは思っていないはずだ。求めているのは、最低限の強さ。それを身につけて簡単にフィジカルで負けなくなれば、日本人が得意にする「技術」や「規律正しさ」をもっと活かせるようになるということだ。

W杯本大会に向けて選手選考でフィジカルが重視されるのは、これからも変わらないだろう。ただ、その一方でフィジカルが強いだけではなく、その強さを活かして何ができるのかを重視していると見るべきだ。

大迫勇也にしろ、酒井宏樹にしろ、単にフィジカルを高めただけではなく、それをプレーに活かせているからこそ、監督からの信頼を勝ち取ってレギュラーの座をつかんでいる。新しく代表入りを目指す選手たちはフィジカルを高めるだけではなく、それをプレーにどうプラスしていくかを意識していってほしい。

随分前のことだが、ジーコ元日本代表監督にこう言われたことがある。

「これからはミシェルのようなハーフの選手を全員、日本代表にする」

フィジカルも技術も両方をトレーニングで鍛えるのは時間がかかるが、フィジカルのベースが高いところにある選手ならば、技術力を磨くことにより多くの時間を割ける。サッカー界もそうした人材を育成する方法を模索していく時期に来ているといえる。

ハリルホジッチ監督が就任する前は、日本サッカー界には「フィジカルでは外国人選手に勝てないから、そこは目をつぶって他を伸ばそう」という風潮があった。だが、彼が代表監督になったことで、やはり弱い部分を少しでもいいから高める努力をすることが必要という意識が生まれた。

W杯ロシア大会では、フィジカルを高めた上でどんな結果を手にできるのか。それが素晴らしいものであるという証を見せてくれることを願っている。

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル 1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はWOWOW『リーガ・エスパニョーラ』『リーガダイジェスト!』NHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。