アテネ五輪、北京五輪の柔道金メダリスト、内柴正人が柔術で再始動──。
現役引退後、内柴は九州看護福祉大学で女子柔道部のコーチを務めていたが、2011年、女子部員へのセクハラ行為により懲戒解雇。さらに準強姦容疑で逮捕され、14年に懲役5年の実刑判決が確定し、静岡刑務所に服役していた。柔道界からは永久追放されている。
今年9月に仮釈放され、すぐさま柔術の大会に出場したことが報じられたが、柔術界は内柴の参戦をどう捉(とら)えているのか? 関係者に話を聞いた──。
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内柴正人の動きが慌ただしい──。11月26日、ASJJF(アジアスポーツ柔術連盟)ドゥマウ主催の『JAPAN OPEN2017』で柔術デビュー。ミドル級、無差別級の2階級を制覇し、表彰台で久しぶりに金メダルを授与された。
続いて12月24日には再びASJJF主催の柔術大会『JAPAN CUP』に出場。今回は階級をふたつ落としたライト級と無差別級での挑戦だったが、桁外れの強さを見せつけ、オール一本勝ちでまたもや2階級制覇を飾った。
来たる12月30日には都内で行なわれるプロレス大会『ハードヒット』にも来場する予定。同大会のプロモーターで現役プロレスラーの佐藤光留(ひかる)が内柴に対してなんらかのアクションを起こすのでは?と注目されている。
ただ、内柴自身は総合格闘技やプロレスへの転向を真っ向から否定し、柔術に専念する意向を示している。ならば、受け入れた柔術側の反応はどうなのか。日本のブラジリアン柔術の第一人者である中井祐樹さんに話を聞いてみると、「個人的な見解」と前置きした上で、内柴の柔術転向についての意見を述べた。
「柔術は老若男女を問わず誰にでもできるスポーツ。内柴選手が打ち込むということは、柔術がそれだけ世間に認知されてきた証拠だと思います。でも(内柴が出た大会は自分から見たら)公式戦ではないんですけどね」
どういうことか? 調べてみると、現在、日本の柔術は3大勢力があり、ASJJFはその2番手。中井さんが会長を務める最大勢力の日本ブラジリアン柔術連盟(JBJJF)から見ると、ASJJFの大会は“別競技”ということになる。ASJJFが「スポーツ柔術」と謳(うた)っているのはそのせいか。
ASJJFの大会は原則として、申し込めば誰でも参加できるオープンな大会だが、JBJJFの大会に出場するためには選手登録が必要だという。犯罪歴があったら、選手登録に支障はある?
「JBJJFに関していえば、国際ブラジリアン柔術連盟とも協調しなければならないので、今、コンセンサスを洗い直しているところです」
「出所してすぐ試合というのは遠慮すべき」という慎重論も
ここで中井さんから逆質問。「もう刑期を終えていますよね?」
はい、12月15日に刑期満了になりました。
「だったら何か制限をかけるのはないんじゃないかと思います。そうでないと、(すでに登録した選手たちの身元を)ひとりひとり洗い直さないといけない。ただ、私は個人的に全柔連(全日本柔道連盟)ともつながりはあるし、慎重にならざるをえないところがあるのは事実です」
では、実際にブラジリアン柔術の稽古に励む人たちは、内柴の柔術転向をどのように思っているのか。妙齢の女性柔術家に話を聞くと、復帰に太鼓判を押した。
「もう刑に服したわけなので、罪は償(つぐな)った。だったら社会復帰の機会を与えるべきでしょう。そうでなければ、償った意味がない。11月の試合は会場で見たけど、感じはよかったですよ。ウチの道場では『内柴はどれだけ柔術でも強いのか。出稽古に来てくれないかな』と盛り上がっています」
その一方で、内柴の柔術転向に慎重論を唱える人も。娘が柔術をやっているという40代の女性は「出所してすぐ試合というのは遠慮してほしい」という意見だった。
「教育上、ウチの娘を近くには行かせられない。被害にあった女性の気持ちも考えてほしい。内柴さんに自主規制するという気持ちはないんですかね?」
柔術は体重だけではなく、年齢や帯の色によっても階級が細分化されている。内柴は11月も12月も「青帯マスターの部」に出場している。帯のグレードは紫、茶、黒と上っていく。年齢のカテゴリーでは「アダルトの部」が最もハイレベルだ。つまり、内柴は優勝したといっても、まだ柔術の最高レベルで闘ったわけではない。その潜在能力の高さを認めた上で、中井さんはさらに上のカテゴリーでの挑戦を促す。
「アダルトの部に出たら、レベルは全然違う。柔術の世界の頂きは高いといわざるをえない。そう簡単にはいかない」
内柴は、来年2月には国内で開催の「ヒクソン・グレイシー杯」への出場を予定しているという。海外遠征も計画されているようだが、アメリカはじめ性犯罪の前科者に対して入国制限をしている国もある。
今後も内柴は柔術家としてステップアップしていくと思われるが、柔術界では賛否両論あるようだ。彼が残した問題の根は想像以上に深いといえるだろう。
(取材・文/布施鋼治 写真/アフロ)