今年も正月のお茶の間を盛り上げた箱根駅伝。陸上関係者の間では、学生たちの熱い走りはもちろん、実は彼らの足元も大きな注目を集めていた――。
これまでの長距離界では、トップ選手用のシューズのソールは薄ければ薄いほどよいとされていた。ところが今大会では、多数の選手が初心者ランナー向けとも見える厚底のシューズを履いていたからだ。その秘密に迫る。
■厚いソールの内部にはカーボン製プレートが
駅伝ファンの間でその厚底シューズが話題になったのは、昨年10月の出雲駅伝でのこと。優勝した東海大学と、4区までトップ争いをした東洋大学の主力選手たちが、こぞって見慣れぬ厚底シューズを履いて走っていたからだ。
その正体は大手スポーツメーカー、ナイキの「ズームヴェイパーフライ4%」。
このシューズは昨年5月にイタリアで行なわれた、マラソンで2時間切りを目指すプロジェクト「Breaking2」のために開発された「ズームヴェイパーフライエリート」の市販モデルである。
日本の選手では大迫傑(おおさこ・すぐる、ナイキ・オレゴンプロジェクト)が愛用。昨年4月には世界屈指のメジャーレースであるボストンマラソンで3位に入る快挙を達成している。また、大迫が現役日本人最速となる2時間7分19秒(日本歴代5位)で3位となった、同12月の福岡国際マラソンでは、大迫を含む1位から4位に入った選手がすべて同シューズを履いていたのだ。
東洋大学OBで、大迫と並び“日本マラソンの星”と期待を集める設楽(したら)悠太(Honda)は、マラソンだけでなくトラック競技でも同シューズを履いて快走している。昨年9月にハーフマラソンの日本新記録を樹立すると、わずか8日後のベルリンマラソンで2時間9分3秒の6位。さらに11月には、10000mで今季の日本人最高タイムをマークした。
設楽は、そのシューズについて次のよう語っている。
「今までのシューズは“薄くて軽い”が当たり前でしたが、常識を覆しましたね。ソールの薄いシューズだとレース後に疲労感がありますが、このシューズは疲労があまり残らない。(昨年の)秋にハーフ、フル、10000mと3連続でレースをこなせたのは、このシューズのおかげです」
マラソンで好結果を出している大迫も「ソールの見た目は厚いですけど、初めて手にしたときは『軽いな』と思いました。実際に履いてみると、クッション性が高く、トラックでスパイクを履いているような感覚がありましたね。一歩一歩の衝撃も少ないので、マラソンでも後半に脚を残すことができたと思います」と絶賛している。
驚かされるのは、その“耐久性の低さ”
ナイキによると、ズームヴェイパーフライ4%は同社のマラソン用スピードシューズである「ズームストリーク6」との比較試験に基づき、ランニング効率を平均「4%」高めることを目標として開発されたという。最大の特徴は、設楽と大迫のコメントにもあった分厚いソールだ。同シューズのソールは、かかとの部分の厚みが3.3cmもある。そしてソール内部には、スプーンのような形状をしたカーボンファイバー(炭素繊維)製のプレートが埋め込まれており、推進力を高めている。
一部では「ドーピングシューズ」「ジャンピングシューズ」と揶揄(やゆ)する声もあるようだが、プレートがバネのような形状になっているわけではなく、国際陸上競技連盟の規定には違反していない。まさに新発想のシューズなのである。
■市民ランナーも「バネ感がスゴい」
「気になって買ってみた」という、日本トップクラスの某選手(シューズは他メーカーと契約中)はこう評価する。
「なかなか走りやすいですよ。つま先が反っているので、体重移動したときに、グンと前に行く感覚があります。ソールは厚いですけど、マラソンを走るならあれくらいクッション性があったほうがいいかもしれません」
また、実際にこのシューズを履いた、筆者の知人の市民ランナーも驚きを隠さない。
「“バネ感”がスゴくて、インターバル走で脚が攣(つ)るくらい追い込んだのに、翌日の筋肉痛があまりなかったんです。これも、厚底シューズを履いたおかげですかね」
価格は2万5920円(税込)とランニングシューズとしてはかなり高額。しかし、さらに驚かされるのは、その“耐久性の低さ”だ。一般的なランニングシューズの交換タイミングが約500~700kmとされる一方で、ズームヴェイパーフライ4%の耐用距離は160km程度といわれる。
そのため大迫は、福岡国際マラソンに臨む際、仕上げのポイント練習(本人いわく「インターバル走の後半のみ」)で一度履いだだけで、当日のウオーミングアップは別のシューズで行なっていた。
供給が追いついていない状態
当然ながら、「コスパが悪すぎる」と思う人もいるだろう。だが、一分一秒を削るために日々血のにじむような努力をするトップ選手にすれば、値段に見合う価値はある。
また、大迫が足型を取らずに既製品を履いて結果を残したことから、記録を狙うガチ市民ランナーにとっても、いまや羨望(せんぼう)のアイテムになっているのだ。
ただし、特殊な加工が必要なこのシューズは、製造できる工場が限られており、供給が追いついていない状態だという。特に、日本人男性の平均的な靴のサイズである26cmや26・5cmは、常に品薄。ナイキのショップや大型スポーツショップなどの正規ルートでは、ほぼ入手不可能な状態が続いている。
もちろん、このズームヴェイパーフライ4%を履けば、誰でも記録を伸ばせるわけではない。薄くて軽いシューズに慣れた日本のトップランナーの中には「厚底が合わない」と感じる選手もいるという。だが、マラソン界の“新たなトレンド”となっていることは間違いなく、今後さらなるブームを巻き起こすかもしれない。
(取材・文/酒井政人)