“必殺・三日月蹴り”を武器に総合格闘技で活躍した菊野克紀が、テコンドーで2020年東京五輪出場を目指す理由は?

“必殺・三日月蹴り”を代名詞に、MMA(総合格闘技)イベント「DREAM」「DEEP」、米「UFC」で活躍し、現在は「巌流島」で闘う菊野克紀が、テコンドーで2020年東京五輪出場を目指している。MMAとは全く違う競技だが、勝算はあるのか? 菊野を直撃!

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空手VS柔道など、この世に“異種格闘技”というカテゴリーを復活させた「巌流島」を主戦場とする菊野克紀がテコンドーに挑戦する。1月21日、千葉で行なわれる『第11回全日本テコンドー選手権』-80㎏級に出場することになったのだ。

大会出場権を確保するため、昨年11月に東日本選手権でテコンドーデビュー。3試合を勝ち抜き優勝を収めている。だが菊野は、途中で何度も心が折れそうになったと振り返る。

「一回戦では開始何十秒で十何点も取られてしまった。ダメージはなくても、ポイントはババババッと加算されていって…」

テコンドーの試合では、選手は電子センサーが内蔵された防具を頭部と胴に付け、センサーが有効打を判断し、最終的にポイントが多い者が勝者となる。そしてこの格闘技の特徴はなんといっても、多彩でスピーディな蹴り技。目にも止まらぬ連打で、菊野はいきなりその洗礼を浴びてしまったわけだが、反撃の糸口を掴んだのは「ボディへの突き」だった。

ハイキックなど回転系の蹴りが頭部に決まれば4ポイント、ミドルキックなどボディへのそれが決まれば3ポイントと高得点につながる。対照的にボディへの突きは決まっても1ポイントのみ。攻撃の主体はどうしても蹴り主体となる中、菊野の闘い方は異質だった。

なぜ突きにこだわったのか?

「長年、テコンドーをやってきた選手にテコンドーで対抗しても勝ち目はない。ポイントで勝とうとは思っていなかった」

テコンドーはポイント制競技である一方、KO決着も認められている。防具の上から効かせる攻撃を加えることは至難の業だが、菊野には沖縄拳法空手で鍛えた「倒せる一撃」があった。

沖縄拳法空手は、形(かた)をしっかり習得すれば、人を倒せる威力を身につけられる古い流派。菊野はMMAで勝つために試行錯誤を繰り返してきた中で、沖縄拳法空手に出会うことによって格闘家としての新たな可能性に自信を深めたという。

「僕の勝ち目は相手に接近して殴ること」

テコンドーでは蹴りのほうがポイントが高いが、菊野は防具上から効かせる「突き」で勝負するという

果たして菊野は胴当て越しに突きを次々と決め、逆転勝利へとつなげた。ポイントを競う競技の中で唯一、倒すことに固執した攻撃に場内は異様な空気に包まれた。二回戦以降も菊野は“ひとり異種格闘技戦”を続けて東日本選手権を制した。

菊野の突きの威力は増すばかりだ。1月3日、「巌流島」で行なわれた強豪・小見川道大(おみがわ・みちひろ)との一戦でも、左フック一発でダウンを奪ってからのパウンドの追い打ちで秒殺KO勝利を収めた。

この一戦を観戦した、菊野のテコンドーの師・小池隆仁さん(全日本テコンドー協会常務理事・強化委員長)は、テコンドーの完璧な間合いで機先を制していたことに驚いたという。「別の競技でもテコンドーを応用して使っていると思い、嬉しかったですね」。

1月12日、都内の廃校になった小学校体育館を訪れ、菊野の練習を見せてもらった。この日の主な練習パートナーは飯作(いいさく)雄太郎。タレントとして活動する傍ら、平成29年度全日本空手道連盟強化選手に選出されるなど、現役バリバリで活躍する長身(191㎝)のイケメン空手家だ。

全日本選手権で菊野の前に立ちはだかるのは-80㎏級の絶対王者・江畑秀範と予想される。江畑は197㎝という長身なので、飯作は“仮想・江畑”としてうってつけの存在だったのだ。練習後、菊野に話を聞くと「助かった。新しい感覚が学べた」と切り出した。

「飯作選手のほうが足が長く、先に攻撃を当てられてしまうので、向き合った瞬間は(相手の懐に)入っていくのが怖かった。テコンドーはプッシュがOKだけど、上から押されると僕の身体は反り返ってしまう。押し合いでは負けないつもりだったけど、角度上の問題で崩されてしまった。試合当日(いきなりこれをやられたら)ちょっとテンパってしまうようなことを体験できたので本当によかった」

飯作や他のテコンドーの選手と一緒に練習する中、菊野は小池さんに積極的に自分から質問して具体的な対策を立てていた。

「試合前なので内容は秘密(笑)。ただ、僕の勝ち目は相手に接近して殴ること。前回の大会よりレベルは上がる。防具も新しいものになるらしいけど、あまり気にしない。僕は自分の攻撃を効かす。倒すということだけを考えたほうが自分のパフォーマンスを発揮できると思います」

「UFCで勝っても世間には響かなかったけど…」

東京都内の廃校となっている小学校の体育館で大人と子供が混じり、選手たちは稽古していた

テコンドーに挑戦するようになって、周囲からの評価が一変したという。

「オリンピックへの挑戦にもつながるわけですからね。格闘技を応援していない人にも『オリンピックを目指しています』と言ったら、オーッとなる。UFCで勝っても世間には響かなかったけど、やはりオリンピックと言うと全然違う。魔法の言葉みたい」

現在の流れだと、2019年秋には東京オリンピックの代表選手が決定する見込みだ。菊野は「まだまだ先ですけど」と前置きしながら、そこに向けての階段を一歩ずつ昇るつもりだ。

「国際大会に出て各国のチャンピオンたちと競争しながら勝ち星を重ねていかないといけない。僕がテコンドーで日本代表のジャージを着たら最高ですよ。心技体が一番揃った時に金メダリストになるチャンスをもらえた。たぶん今度の東京オリンピックが終わったら、僕が生きているうちに日本で開催されることはないでしょう。超、運がいいと思いますね」

東日本選手権に続いて、全日本選手権でも結果を残すことができるのか。「前回以上に楽しみ?」と水を向けると「欲とか不安とかいろいろあるけど…」と言いながら言葉を続けた。

「そういうものを抱えたまま試合をやると絶対うまくいかない。試合が始まる瞬間に未来のことは手放して試合に集中したい」

菊野にとってはテコンドーも巌流島も“異種格闘技”。競技として洗練されてきたMMAが格闘技界の主流を占める昨今、あえて異種格闘技の道を選び、強さを追究する彼の生き方にロマンを感じるのは筆者だけではあるまい。

(取材・文/布施鋼治 撮影/長尾 迪)