格闘技界にニューヒロインが誕生した。昨年の大晦日、「RIZIN女子スーパーアトム級トーナメント」の決勝戦で“絶対女王”RENAをチョークスリーパーで撃破し、優勝した浅倉カンナ(パラエストラ松戸)だ。
屈託のない笑顔はとてもチャーミングで、男子格闘家たちの間でも人気が高いとか。かつてレスリングでオリンピックを目指していた少女は昨年20歳になり、総合格闘技のリングで大きく羽ばたこうとしている。
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─優勝、おめでとうございます!
浅倉 ありがとうございます。でも、本当にまだ実感がないんですよ。「こんなチャンピオンで大丈夫なのかな?」と自分でも心配になるくらい。大晦日の閉会式の時、チャンピオンベルトの持ち方がわからなかったのでKINGレイナ選手に聞いたら「持ったことねえから知らねーよ。(那須川)天心に聞けよ」と怒られました(笑)。
―ハハハ。ベルトとともに新年を迎えた気分は?
浅倉 それがですね、元旦の一夜明け会見の後、会見場に置き忘れてしまったんですよ。しばらく手元にない状態だったので、尚更、チャンピオンになったことを実感できませんでした(笑)。
─昔、金メダルを置き忘れたオリンピアンはいたけど、ベルトを忘れたファイターは初めてかも(笑)。成人式にはベルト持参で?
浅倉 最初は式に持っていくかどうか迷いましたけど、応援してくれた人たちもたくさん来てくれるという話だったので持っていくことにしました。一生に一度なので、とてもいい思い出になりましたね。
─大晦日の自分の試合は後から見返しました?
浅倉 はい。試合の時はすごく集中していたから内容はあまり覚えていなかったんですけど、試合映像を見返すと「やっと練習してきたことを出せた」と思って嬉しくなりました。
─準決勝ではマリア・オリベイラ(ブラジル)と闘いました。浅倉選手より身長が10㎝も高く、打撃を得意とするタイプだったので苦戦が予想されましたが…。
浅倉 自分より背の高い相手とはあまりやったことがなかったので、すっごく怖かったです。しかも、オリベイラ選手は私が2016年12月に負けているアリーシャ・ガルシア選手にも勝っています。だから必死に練習したし、対策もしっかり練った上で闘いました。
─具体的な対策は?
浅倉 ヒザ蹴りが怖いので、タックルに入った時に(カウンターの)ヒザをもらわない練習もしました。
─そして、得意のタックルでテイクダウンを奪い、最後はパウンドでダメージを与えての腕ひしぎ十字固めでタップを奪いました。
浅倉 勝った後は喜んでいたんですけど、すぐ(所属するパラエストラ松戸代表の)鶴屋浩先生から「もう1試合あるんだから集中しろ!」とハッパをかけられました。
RENAから笑顔で「絶対やり返す」と宣告され…
─もう一方のブロックから勝ち上がってきたのがRENA選手。以前、彼女とは一緒に練習していた時期もあると聞きます。私情を捨てて闘いに挑むことはできた?
浅倉 はい。試合は勝つか負けるかなので。そこで私情が出たら、勝敗にも影響してくるじゃないですか。
─総合格闘家になる前に、初めて生で試合を観たプロの女子ファイターもRENA選手だったそうですね。
浅倉 16歳の時、鶴屋先生に連れられてシュートボクシングを観に行ったんです。そうしたらRENA選手が韓国の若い選手と闘って速攻で首を絞めて勝って。「すごい!」と思いましたけど、「打撃は絶対やりたくない」とも思いました(笑)。
でも、キックボクシングを教えてもらっているうちに自然とジムに毎日行くようになり、その流れで総合格闘技もやるようになったんです。相手の打撃がだいぶ見えるようになってきたけど、今でも打撃は怖いですね。
─RENA選手のベースは「立ち技総合格闘技」と言われるシュートボクシング。オリベイラとはまた違うタイプの打撃系格闘家ですが、どんな対策を?
浅倉 前蹴りやボディ打ちが上手いので、ひたすらそれを避ける練習をしていました。全体的な作戦はオリベイラ戦の時と一緒で「タックルで倒せたらイケる」と思っていました。
─何度かタックルを切られたけど、怯(ひる)むことなくどんどん仕掛けていきましたね。
浅倉 後から試合を見返したら、思ったより結構タックルを切られていたんですね。でも、不安にはならなかったです。自信を持ってタックルにいくことができました。
─タックルからテイクダウンに成功すると、すぐにバックを奪いました。
浅倉 チャンスだと思いました。RENAさんと闘うことを想定した時、「チョークにいけるんじゃないか」と思っていたこともあって、咄嗟(とっさ)に手が相手の首まで伸びていました。
─RENA選手はタップしなかったので失神。レフェリーストップ勝ちを収めましたね。
浅倉 勝った直後のことも全然覚えていないんですよ。辛い練習をずっとやってきて、それが結果に出たので「あ~、やっと2試合終わったんだ」とホッとしたことは覚えていますけど。優勝したというより、「やり切った」という感覚のほうが大きかったですね。
─試合後、RENA選手から何か声をかけられた?
浅倉 表彰式の時、笑顔で「絶対やり返す」と宣告されてゾクッとしましたね(笑)。RENAさんがいてこその女子格闘技だと思うけど、私にとってはここからが勝負だと思います。
「ジムに行かないと罪悪感に襲われるんです」
─先ほど話に出た一昨年のガルシア戦では、得意のタックルをことごとく切られ、完敗を喫しています。あの一戦はトラウマにならなかった?
浅倉 振り返ってみれば、ガルシア戦では怖さもあったので中途半端なタックルでした。でも、今回は「タックルが入ればイケる」という自信があったので、切られても全然怖くなくて。「切られても、もう1回行ってやる」と強気でいることができました。あのガルシア戦で私は本当に変わりました。あの負けがあったからこそ「2017年は無敗でいく」と心に誓うことができましたしね。
─実際、昨年は6戦全勝でした。
浅倉 高校をやっと卒業できたのも大きかったと思います(※高校に入り直したため、卒業までに4年を要した)。今までは昼間は勉強して夜は練習というスケジュールでしたけど、卒業した現在は昼間も時間があるので2部練習ができるようになりました。
─優勝した直後には、お父さんが号泣するシーンが会場のスクリーンに大写しになっていましたね。
浅倉 録画した中継映像を観て、家族みんなで大爆笑しました(笑)。お父さんも自分が泣いている姿を見て笑っていましたね(笑)。
─ちなみに、反抗期はあった?
浅倉 お父さんが怖かったので、全くなかったです。子供の頃からレスリングをやっていましたが「遊びに行く暇があったら練習しろ」と言われていました。自宅の庭にはお父さんが作った懸垂用の棒とか練習用具がいっぱいあって。おかげで小学校の時も中学校の時も友達と遊びに行ったことが全然ないんですよね。(レスリングの練習以外は)ずっと家で練習していました。
─RIZINデビューの際は“JKファイター”というニックネームが付けられていましたけど、自分ではどう思っていました?
浅倉 JKといっても、留年していますからね(苦笑)。正直、(同学年の)みんなは卒業している年なのに自分だけ制服を着ているのがイヤで、学校が終わったらよく駅で着替えていました(笑)。
─最後に、今年の目標は?
浅倉 チャンピオンとして追われる立場になると思いますが、まだまだ自分は強くなれると思っているし、今まで通りチャレンジャー精神を持って頑張っていきたいです。
─では、20歳の女子としての目標は?
浅倉 それが全くないんですよ(笑)。趣味もないし、化粧とかも全然しないし。ちょっとは化粧くらいしなきゃとは思いますけど(笑)、そっちのほうには全然目覚めないんですよね。
─鶴屋代表も、「カンナは試合が終わった翌日にもジムに顔を出す」と嘆いていました(笑)。
浅倉 「おまえには友達がいないのか?」と突っ込まれましたね(笑)。そういうわけじゃないんですけど、ジムに行かないと罪悪感に襲われるんですよ。行けない日があったとしても、走ったり何かしら体は動かしているんですよね。昨年からひとり暮らしを始めたので、とりあえず料理をもっと頑張らなきゃって思っています(笑)。
(取材・文/布施鋼治 撮影/保高幸子)