この人を信じてついていこうと思える関係なんて、なかなかありません。

野村克也氏の妻で昨年12月8日に85歳で亡くなった沙知代さんのお別れの会が先月25日に開かれ、約1000人もの弔問客が集まった。野村氏は「幸せな人生だったと思う」と述懐、亡き妻をしのんだ。

タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。

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はた目には悪妻でも、パートナーにとってはかけがえのない心のよりどころであることは案外多いのかもしれません。

野村沙知代さんは、浅香光代さんとのいわゆる「ミッチー・サッチー騒動」(1999年)でワイドショーをにぎわせ、経歴詐称疑惑や脱税でもニュースになり、強烈な印象を残しました。でも夫の野村克也さんの言葉からは、心から妻を信頼し、愛していたことが感じられます。

独善的な印象だった沙知代さんですが、実は夫を献身的に支え、仕事である野球に集中できる環境を整えていたとも報じられています。夫の仕事場に乗り込んで口を出す妻は周囲に疎まれがちですが、野村克也さんは「本当になんの苦労もなく、典型的な“かかあ天下”の家族でした」と、沙知代さんをしのんでいます。

もしも妻が世間から叩かれたりワイドショーを騒がせたりしたら、 男性は「引っ込んでいろ」とか「みっともない」とか言いそうなものです。でも克也さんはそんな沙知代さんごと全幅の信頼を置いていたのですね。それも大きな愛の形だと思うのです。

芸能界や政界などで、いわゆる大物といわれる立場にある男性が恐妻家であることは珍しくありません。かつてテレビの現場には、職場にやって来てスタッフに指示を出したり、番組の内容にも言及したりするような妻もいたと聞きます。周囲は大迷惑だったでしょうが、大きなプレッシャーのなかで仕事をしている夫にとっては頼もしい援軍ということなのでしょう。

たとえ周囲からは公私混同とか、でしゃばりとか言われても、夫を守るために自分が出ていくのだと腹をくくった女性たちもまた、強い愛の持ち主と言えるかもしれません。

夫婦の形はさまざまで、いかにもラブラブに見えるふたりが冷めていたり、あんな人と結婚したら大変だろうなという人が幸せな夫婦関係を築いていたり、わからないものです。たとえ自分が恥をかいたり人から悪く言われたりしようとも、この人を信じてついていこうと思える関係なんて、なかなかありません。

その日、ベッドで目を覚まし、珍しく克也さんに「手を握って」と言った後、食卓で倒れた沙知代さん。人生の折々で、「大丈夫よ」と悩む夫を励ましてきた彼女の最期の言葉は、テーブルに突っ伏した妻を心配する克也さんに返した「大丈夫よ」だったそうです。

幸せって、弱ったときにいつも励ましてくれる人がいること。愛する人の言葉は、前進する力をくれる魔法なのです。

突然妻を失った克也さんの悲しみと孤独はどれほどでしょう。人生で最も大きなストレスは配偶者の死だといいます。克也さんが、どうかこのつらい日々を、親しい人に囲まれて過ごすことができますように。

小島慶子(こじま・けいこ)タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。近著に『絶対☆女子』『るるらいらい 日豪往復出稼ぎ日記』(共に講談社)など。