レスリング五輪4連覇、国民栄誉賞も受賞した伊調馨(いちょう・かおり)。レスリング協会強化本部長の栄和人氏から度重なるパワハラを受けているとする告発状が明るみに出るも、伊調本人は告発状に関わっていないと明言。
タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。
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オリンピックで4大会連続金メダルを獲得し国民栄誉賞まで受賞した選手が、日本レスリング協会幹部のいやがらせで練習場所さえ確保できずにいる...。
伊調馨選手のニュースで思い出したのは、女子柔道のパワハラ告発です。12年、ロンドンオリンピックの代表選手を含む15人が全日本女子代表監督の暴力・パワハラをJOCに告発。園田隆二監督らが辞任するに至りました。
この原稿を書いている時点では、伊調選手へのパワハラ被害についてまだ全容は明らかになっていません。内閣府に提出された告発状は、伊調選手が東京オリンピックに向けて練習もままならない状態であることを見かねた関係者らが弁護士を通じて提出したもので、伊調選手本人は関わっていないと声明を出しています。
パワハラや暴力は「スポ根もの」のエンタメではおなじみです。『巨人の星』『アタックNo.1』『エースをねらえ!』など私が幼い頃に見ていた人気アニメも、今でいうブラック部活が当たり前の世界。むしろ、強くなるためには指導者からの理不尽な仕打ちに耐えることが必須で、その暴力が実は愛だったのです!みたいなストーリーでした。
幼い頃から「成長=つらい仕打ちで強くなる」という図式を刷り込まれ、少年野球では毎日怒鳴られ、中学の部活では髪をそることを強制され、水を飲むことも禁じられ、体罰は"愛の鞭(むち)"。それに耐えて大学で体育会に入れば、「優秀な人材」として就職では引く手あまたです。もちろんその先に待っているのは、24時間滅私奉公のブラック労働。
現在では、パワハラはあってはならない行為だという認識が広まり、部活の指導と称して暴力を振るったり、女子生徒に服を脱ぐように命じるなどのセクハラ行為を行なったりする教員が問題になっています。
指導者は絶対権力者で選手は服従するべきという価値観が、暴力やスクールセクハラの温床となっていたことに、みんな気づき始めたのですね。
運動会で、命の危険があっても組み体操で巨大ピラミッドをやらせるとか、地毛を無理やり染めさせるなどの子供の人格を無視したブラック校則に対しても「もうやめよう」という声が上がり始めています。鉄拳や暴言に耐えるのが美談だった時代は終わったのです。
折しも、世の中では#MeTooから#WeTooへという動きが生まれています。パワハラやセクハラなどすべてのハラスメントと暴力にNOを。みんなで「もうやめよう」と言おう、と。今回の騒動は、レスリング協会やスポーツ界の体質だけではなく、私たちが長く適応してきた価値観の大きな転換点となるのかもしれません。
●小島慶子(こじま・けいこ) タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。近著に『絶対☆女子』『るるらいらい 日豪往復出稼ぎ日記』(共に講談社)など。