理想のスイングが手に入るバット。そんな魔法のようなアイテムの正体は、「カウンタースイング」という素振り用のバットだ。
昨夏の甲子園で6本塁打の大会記録を樹立した中村奨成(しょうせい、広陵高→広島東洋カープ)も使っていたこのバットには可動式のコマが2個ついている。構えた際にバットの根元にあるコマが、分離せずに「カチッ」と1回だけ音が鳴るのが理想的なスイングで、力んだり正しくない軌道で振ると「カチカチッ」と音が2回鳴る。この仕組みから、野球ファンからは“カチカチバット”とも呼ばれている。
バット製作にあたり、「プロ野球選手たちのスイングを参考にした」という開発者の野田竜也氏は、理想的なスイングについて次のように語る。
「落合博満さんら一流選手は、誰ひとり『上から叩く』スイングをしておらず、むしろバットのヘッドが一度下がる。これを体で覚えられるバットを作ろうと思いました」
よく耳にする「上から叩く」という表現は、バットを肩口から最短距離で出させるために用いられることが多い。しかしそのスイングでは、バットがボールに当たるポイントが狭く、力ない打球になってしまう。
一方で、スイングを始める際にうまく力を抜いてバットのヘッドを下げると、ボールをミートするポイントを広げることができる。カウンタースイングはその“脱力”の感覚をつかむのに最適で、振りだすときに耳の後ろで音が鳴れば成功だ。その感覚がつかめれば、スイングは体の内側から外に向かう軌道になり、バットに力が伝わりやすくなる。
そうして“ボールを遠くへ飛ばす”ことが、カウンタースイングを作るきっかけであり、目標だった。
「息子が少年野球を始めたときに『ホームランを打ってほしいなあ』と思って、その手助けになるものを作ろうと考えた」という野田氏は、折れたバットなどの廃材を加工するなど試作を重ねた。
「するとある日、めちゃくちゃいい形のコマがふたつできたんです。『どちらも使わなきゃもったいない』と思って試しに2個つけて振ってみたら『こりゃ大事件や!』と(笑)。理論とバットの構造が一気につながったんです」
偶然も重なって完成したカウンタースイングは、2013年から知人を中心に販売が開始され、口コミで評判が広がっていった。人気の火つけ役となった中村も、野田氏の長男が広陵野球部OBという縁もあって練習で使用するようになった。すると中村はグングン成長し、昨夏に大ブレイクしたのだ。
野田氏は「よく『中村を育てたバット』と紹介していただきますが、あくまで“きっかけ”のひとつ。彼の素質、努力あっての成長です」と謙遜する。しかし、今年のセンバツ大会には、このバットをチーム単位で導入している高校も出場しており、その波は着実に広がっている。
「野球をやる以上、打者はホームランにこだわってほしい。チームのみんなを笑顔にできるのがホームランですし、カウンタースイングがその助けになればうれしいです」
野田氏の「息子のホームランが見たい」という親心が生んだ“魔法のバット”は、全国に笑顔を届けている。
(取材・文/井上幸太)