川内優輝(かわうち・ゆうき) 1987年生まれ、東京都出身。学習院大学を卒業後、埼玉県庁へ。市民ランナーとして力を伸ばし、2011年、13年、17年の世界選手権に出場。自己ベストは2時間8分14秒。 川内優輝(かわうち・ゆうき) 1987年生まれ、東京都出身。学習院大学を卒業後、埼玉県庁へ。市民ランナーとして力を伸ばし、2011年、13年、17年の世界選手権に出場。自己ベストは2時間8分14秒。

最強の市民ランナー、川内優輝(31歳・埼玉県庁)が、フルマラソンを2時間20分以内(サブ20)で78回完走したことでギネス世界記録に認定された。

川内は初マラソンとなった2009年の別府大分毎日マラソンで2時間20分を切ると、今年の元日には米マサチューセッツ州のマーシュフィールド・ニューイヤーマラソンでマイナス17℃という極寒のなか世界最多、自身76回目のサブ20を達成。3月18日には通算80回目のフルマラソンとなった台湾・新北市のワンジンシマラソンでその数を78にまで伸ばしていた。

実業団の選手がフルマラソンを走るのは通常、年に2、3回程度ということを考えれば、足かけ10年でこれほど多くのレースを走ってきたことにあらためて驚かされるが、そのほとんどで大崩れすることなく、安定した結果を残してきたことが川内のスゴさともいえる。

スケジュールさえ合えば積極的に市民マラソンにも参加する川内は3月25日に埼玉県久喜市で開催された久喜マラソン(ハーフ)にゲスト出走。毎年このレースには「なんとか地元を盛り上げたい」とコスプレで参加してきたが、今年はパンダの着ぐるみで激走し、その後のイベントでギネス世界記録の認定証を受け取った。

「まさかこういう記録で認定されるのか、というのが正直なところ。13年12月の福岡国際マラソンと防府読売マラソンでは、中13日で連続“サブ10”(2時間10分切り)という、おそらく世界で誰もやっていないことをやりましたが、そのときは(ギネス世界記録とは)違うって言われましたから(笑)。自分のスタイル、レースに出ることが好きだという気持ちが、こうした記録につながったのはうれしいです。でも、私にとっては通過点にすぎません。当面は20年までにサブ20を100回達成し、(本当の意味で)『百戦錬磨の川内』と言われるのが目標です(笑)」

78回目として認定された台湾のワンジンシマラソンについては、2時間14分12秒で優勝を飾ったものの、ゴール後は「久々に体が痙攣(けいれん)を起こして医務室に運ばれました(笑)」とふり返る。そして4月16日には世界最高峰「ワールド・マラソン・メジャーズ」のひとつ、ボストンマラソンが控えている。昨年の同大会は、年末の福岡国際で2時間7分19秒の好タイムをマークした大迫傑(おおさこ・すぐる、ナイキ・オレゴンプロジェクト)が、初マラソンにして日本人では瀬古利彦氏以来30年ぶりの表彰台に上がったことでも話題になった。川内は昨年の世界選手権で日本代表としてはひと区切りをつけているが、「走ることをやめたわけではない」と強調する。

「別に五輪や世界選手権のために走っているわけではないんです。私はレースに出るのと旅行が趣味で、大会に出ることで日本はもちろん世界中を回って、その先々で楽しい思いができたら最高じゃないですか。ボストンは前々から走ってみたいと思っていましたが、昨年大迫君がいい結果を出したことで、自分も負けられないという気持ちになった部分はあります。出るからには表彰台を狙いたい」

設楽や大迫が好記録を出したナイキ製の厚底シューズ

2月の東京マラソンでは、設楽(したら)悠太(Honda)が2時間6分11秒で16年ぶりに日本記録を更新し、1億円をゲットしたほか、9人がサブ10を達成するなど好タイムの日本人選手が続出した。川内はどう見たのか。

「本当に素晴らしい結果だと思います。設楽君に続いて、(日本人2位の)井上(大仁[ひろと])君(MHPS)も2時間6分台で走ったわけですから。ただ、設楽君、井上君を除けば、ほかの選手は初めてのサブ10。以前にも東京マラソンで結果を出しながら“一発屋”に終わった選手は多いですし、本当の力がわかるのは次じゃないですか。その結果次第では、今年の東京マラソンが『日本のマラソンが変わった日』と、のちのち言われるのかもしれない。長く男子マラソンが低迷したなか、箱根駅伝が悪く影響しているという見方もありましたが、設楽君、井上君のほか、上位選手のほとんどがかつて箱根駅伝で活躍した選手だったことも、一概に箱根を否定できないという点ではよかったですよね」

もうひとつ、川内に聞きたいことがあった。最近、設楽や大迫が好記録を出した裏には、今マラソン界で注目を集めるナイキ製の厚底シューズ(「ズームヴェイパーフライ4%」)との関係も指摘される。これまでマラソンシューズといえば、軽さを求めた底の薄いシューズがよいとされてきたが、そのナイキの厚底を履いた選手が相次いで好記録を出しているのだ。

「(厚底が)いいって噂は私も聞いています。でも、今の段階で履いてみようという考えはないですね。確かに、結果を出している選手は多いですが、東京マラソンでは井上君も薄底のシューズでしたし、シューズを言い訳にはできない。さすがにマラソン選手の上位50人とかがみんな厚底を履きだしたら考えますけど。逆に今、私の周りには厚底でタイムが出ない人もたくさんいますから(笑)」

設楽や大迫、井上が好タイムを出したことで、13年に2時間8分14秒を出して以降、自己ベストを更新できていない川内には「終わった選手」との厳しい声もある。それでも、代表引退宣言をしながらも20年東京五輪の代表選考会となるマラソングランドチャンピオンシップ(以下、MGC。19年9月以降に行なわれ、上位2名が代表権を獲得する)への出場権を手にしている川内の動向からは今後も目が離せそうにない。

「MGCに出るかどうかはまだ決めていません。権利は得たので、どうするかは自分次第。好タイムを出すのとレースで勝つというのは違う部分もありますが、日本マラソン界が盛り上がってきたなか、私自身がもう一度勝負するには、もう一歩上の選手にならないと難しい面もある。ただ、今後も限界を定めずにチャレンジしたいと思っています」

(取材・文・撮影/栗原正夫)