今週末、フランスのサルト・サーキットで行なわれる第86回ル・マン24時間レース(6月16日~17日)。悲願の初優勝を目指すトヨタは、F1世界チャンピオンのF(フェルナンド)・アロンソを新たにドライバー陣に加えるなど、文字どおりの「必勝態勢」で伝統の一戦に臨む。
ちなみに、王者ポルシェは昨シーズンをもって最高峰のLMP1クラスから撤退。今回、自動車メーカーとしてル・マンに参戦するLMP1のハイブリッドマシンはトヨタのみ…。そんなライバル不在の状況に、世間では「トヨタが勝って当然」という空気が漂っている。
しかし過去2年、優勝候補の筆頭に挙げられながら苦杯を嘗(な)めてきたトヨタ。今年こそは…と全力で応援したいが、念には念を入れて不安要素を検証した!
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「今年はトヨタが勝って当然…と思っている人が多いかもしれませんが、実はそうとも言い切れません」と語るのはモータースポーツジャーナリストの世良耕太氏だ。
「もちろん、昨年のルールのままならトヨタがぶっちぎりの独走になる可能性は高いでしょう。でも、それではレースが面白くない。そこでル・マンの主催者であるACO(フランス西部自動車クラブ)はLMP1にエントリーするトヨタのハイブリッド車と、同クラスでプライベートチームが走らせるノンハイブリッド車の性能を拮抗(きっこう)させるため、ノンハイブリッド勢を優遇するレギュレーションを導入したのです」(世良氏)
では、どうやって両者の性能をバランスさせるのか?
「最大のポイントは燃料です。1周当たりで使用できるノンハイブリッド車の燃料量と燃料流量を増やし、ハイブリッド車に比べて1ラップ当たり約35%も多く燃料を使うことができます。これをエンジン単体の出力に換算すると、ザックリ言って約200馬力。つまり、トヨタのハイブリッド車がエンジン500馬力+ハイブリッドなら、ノンハイブリッド車は700馬力のエンジンが載っているようなイメージです」(世良氏)
トヨタのマシン「TS050ハイブリッド」は、エンジン500馬力+電気モーター500馬力で合計1000馬力のスーパーマシン。ただし、モーターのアシストは加速時しか使えない。つまり、アシストが切れる長いストレートの後半ではエンジンパワーが頼みの綱になる。約200馬力もパワフルなノンハイブリッド車がトヨタより速い…なんて可能性は十分にあるのだ。
実際、6月3日に行なわれたル・マンのテストでも、トップタイムはアロンソがドライブするトヨタ8号車(3分19秒066)がマークしたものの、2番手はトヨタ7号車を抑えてノンハイブリッド車がつけた(3分19秒680)。その差はわずかコンマ6秒!
こうして見ると単純に「今年は勝って当然」とは言い難いトヨタの現状だが、ほかのノンハイブリッド勢に比べればチーム規模も資金力も桁違い。技術の粋を尽くしたハイテク満載のハイブリッドマシンで戦いに挑むトヨタにとって、今年のル・マンが「絶対に負けられない一戦」であることに変わりはない。
むしろ「これで負けたらカッコ悪い」というプレッシャーは、王者ポルシェという強力なライバルがいた昨年以上ともいえるわけで、この強烈な重圧も、今年のトヨタの不安要素のひとつだ。
「これまで万全を尽くして臨んできたル・マンで、トヨタは『想定外のトラブル』に見舞われてきました。先ほど述べたようにノンハイブリッド車との性能が拮抗しているため、今年もトヨタは耐久性、信頼性においてギリギリの戦いを強いられるでしょう。
そこでトヨタはこれまでの反省を踏まえて、『予想できるすべての状況に対応できる訓練と準備を重ねてきた』と胸を張りますが、予想を上回る『想定外』が起きるのがル・マン。あらゆる事態を想定したマニュアルを作り、どんなに訓練を重ねたとしても、大きな重圧のなかで起きる新たな想定外の事態に柔軟に対応できなければル・マンは勝てない。
それこそが、ル・マンを幾度も制覇した王者ポルシェの強さだったことを忘れてはいけません」(世良氏)
(取材・文/川喜田 研)