システマを体系づけ広めた“生ける伝説”ミカエル氏 システマを体系づけ広めた“生ける伝説”ミカエル氏

『週プレNEWS』で配信中、毎週金曜日更新のWEB連載漫画『50代の☆リアル体験入門 ドラゴン先生 格闘ロード』第2闘:システマ編が、ついに完結!

システマは、旧ソ連・ロシアで兵士たちが使っていた戦闘スタイルを元内務省特殊部隊(スペツナズ)に所属していたブラディミア・ヴァシリエフミカエル・リャブコが整備・公開した、マーシャルアーツを含むトレーニングシステム。

セルフコンディショニングや日常での危機対処法など多くの内容を含み、システマを実践している人には『生活の方法』という捉え方をする例も多い。日本でも2005年にシステマジャパンが設立され、知られるようになった。

「最強格闘術」に挙げる格闘技ファンも多いが、その創始者のひとり、ミカエル氏と、彼の第一子でシステマ・マスターであるダニール・リャブコ氏がセミナー開催のために来日。生ける伝説ともいえるミカエル氏にインタビューできるということで、そのオーラに触れるべく会場へと向かった。

『ザ・システマ・マスタリー・セミナー3』は5月26日・27日の両日、東京でシステマジャパンが開催した2日間のセミナー。到着すると、すでに体育館のフロアに受講生たちがペアになって広がっていた。中央スペースが広く空いており、途中のインターバル時間だったようだ。

 ペアになり、思い思いの場所で動作を確認しているセミナーの受講生たち。フロアの中央部分が空いているのは講師であるミカエル氏、ダニール氏が立つスペースだからだ。 ペアになり、思い思いの場所で動作を確認しているセミナーの受講生たち。フロアの中央部分が空いているのは講師であるミカエル氏、ダニール氏が立つスペースだからだ。

やがて、その中央に外国人男性が現れた。ヤング・マスター、ダニール氏だ。5歳から創始者の傍らでシステマを学び、大学を卒業後、ロシア軍の仕事に従事した後、現在ではミカエル氏同様、システマを普及すべく世界中を飛び回っている。

ダニール氏を囲む形で集まり、通訳を通じて語られる話に耳を傾け、デモンストレーションを見つめる受講生たち。視線は真剣だが、様子を見るとピリピリとした緊張感はない。トップの指導者を迎えてのセミナーだけにピンと張りつめた雰囲気で行なわれるのかと想像していたが間違いだった。

そういえば、ダニール氏もリラックスそのもの。誤解を恐れず表現すると、格闘家が持つ、圧倒するほどのオーラが見えないのだ! むしろ、周囲の人々に存在が馴染んでしまっているような…。

やはり、その教えの通り、システマ・マスターは常に心身ともにテンションから解放されているのか…。全く気負うところがない。だから、オーラを出さなくて当然なのか!?

そこでようやく気づいたが、記者のすぐ横のテーブルには、な…なんと“ザ・システマ”ミカエル氏が数人と会話をしていた! それも、ダニール氏以上に本当に自然体で周囲にとけ込み、笑顔を見せていたのだ。正直、そこに立っていることすら気づかなかった…。

 最強格闘術システマの創設者、ミカエル・リャブコ氏。にっこり微笑んでいるが、やたらと強い方だ。Youtubeで各国のシステマ道場が動画を上げているのでチェックしてみよう 最強格闘術システマの創設者、ミカエル・リャブコ氏。にっこり微笑んでいるが、やたらと強い方だ。Youtubeで各国のシステマ道場が動画を上げているのでチェックしてみよう

リラックスの奥義――これこそ、ザ・システマ!

フロアでは、ダニール氏がデモンストレーションしたことに従って受講生同士で練習スタート! 相手が体を寄せてきたら、その体のごく一部に軽く触れるだけで相手はくずおれるという不思議な練習があちらこちらで行われている!

『ドラゴン先生 格闘ロード』でも練習したステップよりレベルの高いトレーニングだが、受講生同士も「力入れてた?」「入れてないよ?」などと笑いあいながら実践している。

ダニール氏はというと、再びフロアに広がった受講生たちの間を歩き、そこかしこで彼らに手出しする。「手出しする」と軽い書き方を選んだのは、本当にリラックスした様子で、軽く「ちょっかいを出す」という感じで触れていくからだ。

 フロアの中を泳ぐように歩きながら、受講生たちに攻撃をしかけるダニール氏。手足に力を入れているように見えないのに仕掛けられたほうの体は飛んでいく! フロアの中を泳ぐように歩きながら、受講生たちに攻撃をしかけるダニール氏。手足に力を入れているように見えないのに仕掛けられたほうの体は飛んでいく!

握手を求める素振りで近寄り、手を取った相手を右左に引きずったり、両手を広げてハグするように見せて、そのままなぎ倒したり…。2、3人がまとめて将棋倒しになる場面も見られる。

あるいは、一瞬で弾かれたように倒されてしまう受講生も。ダニール氏が歩き回り、波のように人が倒れていくというセミナー。風変わりながら、これがシステマ流なのだ。

中には、自分から手を出していく受講生もいる。楽しそうな様子で向かっていき、弾き飛ばされて嬉しそうにしている…。彼らにとっては、ヤング・マスターの手ほどきを直接受ける機会は滅多にないはず。システマ歴の中で、燦然と輝くべき機会なのだろう。

まとめて数人倒し、その上でダニール氏が横になり、赤子のように手足を動かすシーンでは、下になった受講生はもがくが逃げられない! どうなっているんだ!? やはり、これもシステマ!

やがて、再びダニール氏がフロア中央へ。テンションの場所の見つけ方についてレクチャーしている。今、目の前で見たトレーニングのまとめのような話だ。

ミカエル氏に独占直撃!

 パイプ椅子からはみ出しそうなミカエル氏。同氏のことを本物の強者として崇める格闘家は多いが、話をしているだけなら恐くない。もちろん視線は鋭いのだが… パイプ椅子からはみ出しそうなミカエル氏。同氏のことを本物の強者として崇める格闘家は多いが、話をしているだけなら恐くない。もちろん視線は鋭いのだが…

ここでミカエル氏からインタビューの時間をいただけることになった。「ん? どこでやる? ここで? この椅子に座る?」というフランクさで体育館の一角に並べたパイプ椅子に腰を下ろすミカエル氏。早速、話を伺った!

―ミカエルさんは、世界中でこのようなセミナーを開催されています。何ヵ国くらいに行かれましたでしょうか?

ミカエル 行ったことがない国を数えるほうが早いですね。そう…オーストラリア、キューバは行ってませんね。キューバは遠いからね(笑)。それに南米は息子が普及をしているエリアだから、私自身は行かない。

―日本でも何回もセミナーを実施していますが、日本の受講生ならではの特徴はあるのでしょうか?

ミカエル 日本人は規律が行き届いていますね。相手をリスペクトすることを知っています。それに賢い人が多く、指導したことを指導した通りにすぐできます。他の国の受講者には自己流でやってしまう人も多いですからね。

―自己流でやるなんて、せっかくの機会なのにもったいないですね。

ミカエル あなた(取材者)がこうしてインタビューして記事にしたのに誰にも読まれない、ということと同じですね。そういう意味では、日本はセミナーのやりがいがある国です。

―システマの門下生にとって、ミカエルさん、ダニールさんはカリスマのような特別な存在なのでしょうか?

ミカエル いいえ、私たちも皆さんと同様の人間です。

―今日、目の前の受講生たちはダニールさんに弾き飛ばされて、とても嬉しそうにしていたので、おふたりがスペシャルな存在なんだなと思ったのですが。

ミカエル (ダニール氏が)自然な動きをしているからでしょう。自然な動きというものは、相手に喜びをもたらします。

―受講生が下半身からくずおれるように倒れるのはリラックスしてないからでしょうか?

ミカエル もちろん、物理的に与えた作用の影響が大きいです。全身に作用がきますから、倒れないように完全にリラックスするというのがとても難しいのです。

―人間にとって、立っているということは不自然なこと、難しいこと?

ミカエル 立っていること自体は自然なことです。なぜ相手が倒れるかというと、我々は相手の立ち方の中で不自然なものを見つけて、利用するからです。それに滑りやすい床だったら、誰でも転ぶことはありえます。

一方で、倒れるということは人間にとって不自然な動きです。その時、自然な動きを用いなければ、体を壊してしまいます。正しく呼吸を整えて、うまく転べるようにすることが重要になってきます。

―システマで問題解決にあたるために大切なことはリラックスとテンションをコントロールすることだと理解しているのですが。

ミカエル とても簡単なことで、自分が緊張していると相手を緊張させてしまいます。となると、力に訴えるしか方法がなくなります。リラックスした場合、相手もリラックスする。

私は正直、何も特別なことはしていない

 話をしながらミカエル氏がニヤリと微笑んでくれた! インタビューしている私もシステマ的にリラックスできているという証だろうか!? 話をしながらミカエル氏がニヤリと微笑んでくれた! インタビューしている私もシステマ的にリラックスできているという証だろうか!?

―それはミカエルさんが国の機関、特に軍務に就かれていたことで気づいたのでしょうか?

ミカエル 国の機関であっても、攻撃性を持つとか、緊張感を持つことはいけないと私は思ったのです。

―北米を中心にシステマは「呼吸法」「リラックス」「姿勢」「動き続ける」という「4つの原則」で指導されている場合が多いと聞きます。ミカエルさんの指導ではいかがでしょう?

ミカエル 私も同じようにしています。最初のレベルではそれで十分です。

―ロシアでは軍でもシステマを使っているそうですね?

ミカエル 軍では空手のほうが多いですね。システマは長い期間をかけて教える必要があるので。

―では、システマを学ぶために必要な心がけとしては?

ミカエル 落ち着きですね。慌てない、焦らない、攻撃的にならない…。

―システマは一般的には護身術として教えられています。一方で格闘術としてのシステマというのもありますよね。

ミカエル 幸い日本ではあまり危険なことがありませんが、ヨーロッパにしろ、アメリカにしろ、テロや爆発、自動車を使った攻撃など様々な危険が日常的にあります。こういう場所では常に人々はストレスを抱えた状況にいることになります。私はスペツナズでの経験で「全てが異常」な状況ではどんなことが起きるかを深く知ることができました。そこでは「生き残る」のが何より大切なことですからね。

―システマのセミナーは2000年から始まったということで格闘技としては歴史が浅いですよね。今後、より発展させるためにどのような活動を?

ミカエル 私は正直、何も特別なことはしていなくて、練習をさせているだけです。そして、人が喜んでくれる。で、私を招待してくれる(ニヤリと笑う)。それに応じるだけですね。

―日本でのセミナーは1週間後に大阪でも予定されているそうですが、合間に観光もなさるのでしょうか?

ミカエル 日本はとても好きな国です。箱根、京都…すごくいいですね。日本料理は大好きですし、文化も人々もとても好きです。日本の人々はいいものを見つけて、加工して、アウトプットするのが得意ですからね。格闘技を広める上での原動力になってくれます。

―なるほど! 日本人がシステマを広めるブースターになりえるということですね。本日は貴重なお時間をありがとうございました! また是非いらっしゃってください。

***

立ち上がったミカエル氏は、最後のマッサージをする受講生たちの元に戻っていった。オーラを出すこともなく、ゆっくりと自然な歩みで。彼を待つ受講生たちの顔もまた自然とほころんでいった。人の心をリラックスさせる術、システマ――その一端を見ることができた。

 セミナーの最後に挨拶をするために、受講生たちの元へ近寄るミカエル氏。だからといって、みんなマイペースでマッサージを続けているところがシステマ流なのだろう セミナーの最後に挨拶をするために、受講生たちの元へ近寄るミカエル氏。だからといって、みんなマイペースでマッサージを続けているところがシステマ流なのだろう

(取材・文/山本イチロー 撮影/五十嵐和博 取材協力/システマジャパン)

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■ミカエル・リャブコ 1961年5月6日生まれ。システマ創始者。スターリンの身辺警護を行なっていたボディーガードに5歳から指示し、15歳でスペツナズ入隊。対テロ活動や武装犯罪の鎮圧作戦に加わる。ロシア流の武術、戦闘スタイルをまとめ上げてシステム化し、一般社会に公開した。現在は世界中で実施するトレーニングを通じて、多くのインストラクターを育てていると同時に執筆活動も行なう。(参考:システマジャパンHP www.systemajapan.jp)