八王子大会で、一度も落ちずに課題(コース)を登り切る6月に東京・八王子で行なわれたスポーツクライミングのボルダリングW杯第5戦で、野口啓代(のぐち・あきよ 29歳)が優勝。自国開催の大会で通算勝利数を21に伸ばし、「やっと勝ちたい大会で勝てました」と涙を流した。

1998 年に始まったボルダリングW杯の最多優勝は、オーストリアのアンナ・シュテール(30歳)が持つ22勝だ。そこにあと1勝と迫った野口は、八王子大会の翌 週にアメリカのベイル大会に臨んだものの3位。今季は8月の最終戦を残すだけとなり、野口の最多優勝記録更新は来季に持ち越しとなった。

それでも、5月で29歳になった野口が残したインパクトは大きい。

W 杯を主催するIFSC(国際スポーツクライミング連盟)によると、出場選手で最も多い年齢は19歳。それゆえ、スポーツクライミングは「若者のもの」と認 識されてきた。実際に、野口もシュテールも勝利を重ねたのは20代前半で、1歳違いのふたりは2008年からの8年間で4度ずつ年間女王の座を分け合って きた。

今年、オーストリア代表から外れたシュテールは、指を故障した15年から「雰囲気を楽しむために出ている」と口にしている。そんな彼女が今季のW杯に出場していても、優勝数を伸ばす可能性は低かっただろう。

シュテールはモチベーションを失った理由を、「私と啓代が優勝を争っていた頃の仲間のほとんどがW杯を離れたから」と明かす。この背景には、マイナー競技ゆえの金銭的な事情が多分にある。

W杯は6位まで賞金が出るが、優勝で約40万円、6位で約4万円。テニスやゴルフのプロツアーのような高額賞金は望めないため、年齢を重ねるほど練習に専念できず、一定の年齢になると競技から離れる選手が多かった。

そのなかで野口の転機になったのが、16年の東京五輪への追加種目決定だった。新たな目標を得て輝きを取り戻したライバルへの期待を、シュテールは次のように語る。

「これまで、30歳前後まで競技を続けた選手はいても、若い頃と同じモチベーションでトレーニングした選手は少なかった。でも、啓代には東京五輪という新たな目標ができて、厳しい練習を積んでいる。これからどんな成績を残すのか楽しみにしているわ」

今季は第3戦から3連勝した野口だが、それ以前の優勝は15年まで遡(さかのぼ)る。若手の台頭で、「もうW杯で勝てないのでは」と不安なときに心の支えになったのは、同じ89年生まれでユース時代から切磋琢磨してきたアレックス・プッチョ(29歳・アメリカ)だ。

昨秋の取材時、野口はプッチョについてこう話している。

「プッチョは若い頃はあまり強くなかったのに、年齢を重ねてからトレーニングで進化している。それが刺激になっています。私だってもっと強くなれると思わせてくれる」

そんなプッチョが、ベイル大会で09年以来の優勝を手にし、野口の連勝を止めた。東京五輪を目指してトップに返り咲いた野口と共に、女子選手が20代後半でも強くなることを証明しつつある。

ライバルに刺激を受け、東京五輪を31歳で迎える野口は、スポーツクライミングの新時代を切り開いていく。