W杯で活躍中する乾貴士について語った宮澤ミシェル氏 W杯で活躍中する乾貴士について語った宮澤ミシェル氏
サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第52回。


現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、W杯セネガル戦でゴールを決めるなど大活躍中の乾貴士。現時点までのW杯のパフォーマンスについてや、スペインリーグでの移籍先となるベティスでの活躍の可能性について語ってもらった。

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乾貴士のW杯になっているね。左サイドでボールを受けたときに、サイドを切り崩してチャンスメイクするだけではなく、アグレッシブにシュートまで狙ってやろうというのが伝わってくる。だから、相手DFもうかつに飛び込めないし、乾のところがポイントになって日本代表の攻撃は活性化しているよね。

W杯直前のパラグアイ戦で2得点、第2戦のセネガル戦でも1ゴール。西野朗監督にしたら計算どおりだろう。乾にはドリブルだけではなく、得点することを期待しての起用だったはずだからね。

それはリーガ・エスパニョーラで見せた乾貴士の素晴らしいパフォーマンスを知っていれば当然だ。日本人選手には鬼門と言われてきたラ・リーガで、乾は本物のスタメン・プレイヤーになった。開幕から15節くらいまででチーム内の圧倒的な存在になっていき、シーズン途中からは味方からのパスの受け方に風格すら漂っていた。

乾のアタッキングサードでのプレーは、エイバルの絶対的な武器だったね。最初の頃はシュートへの意識が低かったけれど、途中から自分で中央に切れ込んでいってシュートする機会が増えた。しかも、自分で仕掛けるだけじゃなく、オーバーラップしてきたホルヘ・アンヘルなどの味方を上手に使ってね。

試合中にうまく力を温存することも覚えたのも、乾の成長面だろうね。何試合かは、力を抜きすぎたのか、途中交代になることもあったけれど、その時期を乗り越えてからの乾はまたひと回り大きくなった。

シーズン途中でチリ代表のファビアン・オレジーャナが加入したり、ペドロ・レオンがケガから復帰したりして、乾のライバルになったことも刺激になったよね。3月くらいから来季の去就が騒がしくなって、プレーに集中するのが難しい状況だったと思うけど、それでも乾らしさを随所に見せてくれた。

来季の移籍先であるベティスとエイバルが、エイバルのホームで4月8日に対戦したときは、乾が普段よりも頑張っていたのが印象的だったよ。50mくらいドリブルを仕掛けるシーンもあったくらいだ。

試合後にはベティスの選手たちが乾の所に集まってくるし、エイバルのチームメイトは乾にベティスのサポーターに手を振るように促していた。乾が「いい加減にしてくれよ」という感じで対応したら、チームメイトがベティス・サポーターの方にボールを蹴り込んで、それを乾に取りに行かせていたよ。エイバルのチームメイトが、乾を暖かく送り出されようとしていて、すごくいい光景だった。

今季のリーグ戦で6位だったベティスは、来季はヨーロッパリーグに出場できる。そういう高いレベルのチームから戦力として求められるのは、乾がヨーロッパで着実にステップアップをしている証でもある。

ベティスは、サポーターの熱狂度がスペイン随一。あとは、乾が試合に使ってもらえるかどうかの勝負。スタジアムを埋める6万人のサポーターに、乾が認められるのに何試合かかるかもポイントだね。

乾にとって追い風なのは、他国リーグから加入するのではなく、これまで対戦相手としてどんなプレーをしていたか知ってもらえていること。乾は守備の部分でもチームに貢献できるから、キケ・セティエン監督も乾を使いやすいと思うよ。

そして、これから先のキャリアを考えたときに、乾にとっていい経験となるのは、ホアキンと一緒にプレーできることだろう。若い頃はドリブラーとして名を馳せたホアキンも、いまや37歳の大ベテラン。若い頃のようにアウトサイドからガンガン仕掛けるプレーはもう見られないけれど、まだまだ現役バリバリ。ピッチの中央にポジションを取って、年輪を重ねた味のあるプレーをする。

メキシコ代表のグアルダードとふたりで中盤をコントロールして、周りの選手をうまく使う。乾も歳を重ねていったら、いまのようにドリブル突破は難しくなるだけに、将来的にホアキンのように中盤の真ん中をやろうと思うなら、いいお手本だ。

乾を獲得したのは、ヨーロッパリーグを戦うために選手層を厚くするのが狙いだろうね。ベティスはいい選手が多いから、乾が試合に出られない可能性もあるけれど、試合に出たときには、中盤がしっかり機能するから乾の攻撃力が光る可能性も高い。

今季は酒井宏樹の所属するマルセイユがヨーロッパリーグ決勝まで勝ち進んだけど、ベティスだって来季のヨーロッパリーグを勝ち上がる力はある。世界中のトッププレイヤーが集まるヨーロッパの舞台で、W杯ですばらしいパフォーマンスでひと回りも二回りも存在感を高めた乾が、どんな活躍を見せてくれるのか。想像しただけでワクワクするし、シーズンの開幕が待ち遠しいね。