アメリカWWE入団を発表した紫雷イオ
6月30日、女子プロレス大賞を史上初めて3年連続受賞するなど、日本の女子プロレス界を長年牽引してきたエース・紫雷イオがアメリカWWE入団を発表した。

世界170ヵ国で大会が放送され、視聴者数は約10億人という世界最大団体だ。そこに"世界一のムーンサルト"を持つといわれる紫雷イオが挑戦となれば、まさに事件そのもの! 

そこで本人を直撃! 偽らざる心境を聞いた! 

*注:本インタビューは6月7日に行なわれました。
 
―昨年から今年にかけ、自伝や写真集を立て続けに出版するほか、テレビ出演も相次ぎ、大活躍ですね。

紫雷イオ(以下:イオ) おかげさまで! 『めちゃイケ』( 『めちゃ×2 イケてるッ!』 )からもオファーをいただいて、最終回という一番華々しい舞台にも出させていただきました。最近は「女子プロレスは見たことないけど、紫雷イオなら知ってる」という声もよく聞くようになりました。昔と違い試合のテレビ中継もないなか、名前を知ってもらえるのは相当すごいことだと思います。

欲を言えば、いつか『笑っていいとも』の100分の1アンケートに出たいと思っていましたけど、間に合いませんでしたね(笑)。

―自信ありそうですね(笑)。バラエティ番組出演などで世間的認知を得る一方、昨年12月には女子プロレス大賞も史上初の3年連続受賞。名実共にNo.1となったわけで日本ではやりきった感があるんじゃないですか?

イオ 皆さん、そうおっしゃいますね(苦笑)。本音を言えば、日本の女子プロレス界ではトップまで上り詰めたかなとは思います。なので、ここ1年ぐらいはできるだけたくさんのメディアに出て、世間に女子プロレスを届けられるように努力を積んできました。

女子プロレス大賞、史上初の3年連続受賞するなど、21世紀を代表するツヨカワ女子の最高峰。すでに海外のファンも多い(6月17日、東京・後楽園ホール)

―週プレでも昨年から女子プロレスラーの特集を何度か組みましたが、それらは紫雷さんの日頃の活躍がきっかけとなっています。女子プロレスラーの活躍の場を広げたのは紛れもない功績です。

イオ すべて皆さんのおかげです。私自身も週プレさんのグラビアにも出させていただきましたけど(2017年3月6日発売号)、それもオファーがなければできなかったわけで(笑)。今回の旅立ちも、ずいぶん昔に「いつか海を渡って活躍したい」と言っていたのをどこかで耳にした人が、声をかけてくれたんだと思います。

―さらなる相手と活躍を追求し、退団のときが来たと?

イオ そうですね。私がここまで成長できたのは大好きなスターダムのおかげ。感謝してもしきれないほどです。でもだからこそ自分自身の挑戦をしたいと思いました。理想を言えば、本当はここにいて一緒に次のステージに行きたい。でもプロレス人生をあと何年続けられるか考えたとき、日本にいたのでは時間が足りないことに気づいたんです。

同じことをするならより多くの人に見てもらいたいし、よりすごいものとして演出してほしい。もっとたくさんの人に見てほしいんです。でも女子プロレスって、やっぱり日本ではまだマイナーなジャンルですよね。今ってアイドルのコたちの頑張りは世間に伝わってるのに、女子プロレスラーの頑張りはまだまだ伝わっていない気がしますね。

―生で観るとすごい迫力で「えっ、これ痛いでしょ!」「この高さから飛んで大丈夫!?」と、心が動かされます。

イオ カワイいコもいっぱいいるし、生で観てもらえたら面白いと思ってもらえる自信はあるんですよ!

―ここで聞きますが、世界最大団体であるWWEへの入団が確実視されていますがそれは本当なんですか? 

イオ うふふふ。すごい直球ですね。世界最大の団体からのオファーは確かですが、まだ明言できることはないんです。だからまぁちょっと......。

―では世界最大団体と呼びますね(笑)。その団体に入る上で、自分のどこを見せようと思っていますか?

イオ やってきた自分のスタイルをそのまま残したい気持ちはあります。これまでヨーロッパ、アメリカ、メキシコなど、世界中のプロレスを見てきて思いますけど女子プロレスは日本が一番。自分はその日本でそれなりに大きな舞台で役割を与えられてきましたから。

―日本の女子プロレスが世界で一番?

イオ もちろんマーケットの規模や入場時の華やかさ、キャラクターの多様さでいえば、上には上があります。でも選手の持つスピードや技の多彩さなど試合のクオリティは、どう考えても日本が一番。試合へのモチベーションも最も高いと思います。実際、今海外からのエージェントが日本に視察に来ていますしね。

―なるほど。現在、WWEの女子部門では、かつて紫雷さんと一緒のユニットで活動されていたこともあるASUKA選手が連勝記録を樹立し大活躍していますし、傘下のNXTでは、スターダムでしのぎを削ったカイリ・セイン選手が注目を集めています。

イオ 彼女たちに活躍の場が与えられるのは、海外のファンたちが日本の女子プロレススタイルに興味があるからなんですよね。だからこそ、私にも世界中からオファーが来るんだと思いますし。

―興味深いのは紫雷さんはレスラーとして最盛期の28歳であること。日本で現役バリバリなスーパースターが海外挑戦となれば、イチロー選手、いや大谷翔平選手のメジャー移籍に匹敵する事件ではないかと思います。

イオ 実は大谷選手はかなり意識してます(笑)。同じ2018年に世界に出て、一番の選手を目指しているし。私も競技は違えど、女性で一番の"日本人メジャーリーガー"になりたいです。

―かつてWWF(現WWE)世界女子ヘビー級王座を日本人として唯一獲得したブル中野さんは、紫雷さんを天才と呼び、海外での活躍に太鼓判を押しています。また女子プロ界ではスター発掘の手腕が天才的と称されるスターダムのロッシー小川社長も「21世紀に入って一番活躍した選手。日本でやってきたことを思えば世界でも成功するのでは」と。

イオ すごくうれしいですね。おふたりには成功という形で恩返ししたいです。 ただ、自分の常識が通用しない世界に行くので気負わないようにしようとも思っています。日本でトップだと言ってもらってもそこは、謙虚に奢(おご)らずにいきたいです。


―実績があるのに謙虚なところが不思議です。実際、日本では戦う敵なしの無双状態だったわけですよね。

イオ そう思ってくれるファンはいますが、そんなことないです。里村明衣子選手(女子プロ界の横綱と呼ばれる、センダイガールズプロレスリングのトップ選手)のように何度戦っても決着のつかない強者だっていますし。

―天狗にはならないと?

イオ そうですね。私自身は天狗になるどころか、何もしてないのにある日、転落したことがありますから。

―いわゆる冤罪事件のことですね(2012年。メキシコ武者修行からの帰国時、荷物に麻薬を仕込まれ税関で逮捕。後に首謀者が現れ、紫雷の無実が証明された)。

イオ そうです。日常が突然日常じゃなくなった。そういう経験があると「今日はよかった。でも明日はどうなるんだろう」って、いつもどこかで不安に駆られるんです。プロレスは今はイケイケでも次の試合でケガをすればどうなるかわからない。本当に厳しい世界だと思っているので。

―そういう意味で、前述のASUKA選手とも共通点を感じます。彼女は若手時代、先輩にリング裏でボコボコに殴られる事件があったそうですが、その境遇が原動力になって、今の活躍につながったのではといわれてます。

イオ 変なところに執着しないっていうか、いやな思いをさせられたことに執着すると、同じレベルに落ちますから。

―紫雷さんも冤罪逮捕事件でボヤいてるのは聞いたことがないですよね。

イオ いや、許してはいないですよ。物騒な言葉も吐いてしまいそうなほどの思いはありますし(笑)。でも過去は戻ってこないし、そこに執着するのはムダ。自分の心は浮かばれないし、人にかけた迷惑も帳消しにならない。だから切り捨ててよかったと思いますよ。そこを引き離して眼中にない世界まで上り詰めたいと思っています。

―ところで紫雷さんはいつも試合のとき、どんな意識で戦っているんですか?

イオ 予想の斜め上をいくぐらいの気持ちでやっています。常にほかの人がやれることの少し上をいきたい。でも期待を大幅に上回りすぎちゃいけないみたいなことも美学としてあるんです。

―それはどういう意味?

イオ デートとかも「もうちょっと一緒にいたかったな」って思うぐらいがいいじゃないですか(笑)。プロレスも一緒で「もうちょっと見たい」と思ってもらえる試合がいいと思う。

―ブル中野さんは必殺技・ムーンサルトプレスの使い方を絶賛していますね。

イオ 試合って、自分のできる動きを出し尽くすより、ひとつのメインディッシュが際立つほうがお客さんの印象に残ると思うんですよ。だからそれを際立たせる試合運びは考えます。ただ必ず人より過去の自分より、ちょっとだけ上にしてます。それを下回るような試合はしたくないです。

紫雷イオの代名詞といえる必殺技ムーンサルトプレス。芸術的な美しさで「世界一」と称賛された(6月17日、東京・後楽園ホール) 

―4月1日に行なわれたスターダム初の電流爆破も、その姿勢で臨んでいましたね。既存の電流爆破だけでなく場外へのムーンサルトなども織り交ぜ、新たなジャンルとして魅せました。

イオ 電流爆破は過去に別の方が作ったスタイルで、そこは尊敬しますけど、せっかくスターダムのリングで初開催するなら、「スターダムの試合」にしたいというのがあったんです。

―会場後方まで爆風が来るほどの爆発で、一旦控室に運ばれてましたが、そのあと戻って試合を続けて大丈夫だったんですか!?

イオ 実は続けられないほどの大火傷で、本気で帰りたいぐらいでした(苦笑)。でも途中でやめるなんて、その日のチケットを買ってくれたお客さんに不誠実。だからリングに帰んなきゃって。あの日に関してはアドレナリンで乗り切って勝利まで収めたので"大丈夫"ですけど、翌日はもう痛いし大火傷だし、寝込んじゃうぐらいのダメージでした...。

毎試合、圧倒的な量の紙テープが舞う。ラストマッチ(6月17日、東京・後楽園ホール)ではマットが白と紫の紙テープで埋もれた

―観客のためにそこまで体を張っているからこそ、試合が熱いんですね...! さて今後、海外挑戦ということでその市場規模を見てみるとWWEの17年度の売り上げは8億100万ドル(約880億円)。ニューヨーク・ヤンキースより多い。WWE傘下、NXTの200人の選手の中、上位70人に入れば平均年収3000万円、団体トップ30になると平均5億円、有名選手では年収13億円を超えるといわれています!

イオ お金ってわかりやすいモチベーションにはなると思うんですけど、それより同じことをやるなら多くの人により大きな舞台で見てもらいたいという欲のほうが強いですね。リング上を充実させた結果、通帳を開いたら「えっ、こんなに!」っていうのが理想(笑)。

―お金にこだわらないあたりも大谷翔平選手みたいです(笑)。でも、もしすごく儲かったら何を買いますか?

イオ 母親に家を買ってあげたいですね。ウチは母子家庭で、母が女手ひとつで育ててくれたんです。それにニューヨークからの帰国子女なので、子供の頃からアメリカというものは私の中で身近なものだった。今も英語の面で手助けしてくれてます。母のおかげで今の自分があるってすごく思うんですよ。

―母娘で手を取り合ってきたんですね。では最後に世界挑戦への意気込みを!

イオ 世界のプロレス界を変えてきます!

―さすが日本の至宝!

イオ ここまで努力を重ねてきて、日本の女子プロレスをちょっと変えたなっていうのは手応えとしてあるので、何事も変えようと思えば、変えられるというのは実感としてある。今回は断腸の思いでの退団ですが、いいご縁のおかげで新たなステージは自分の中で見据えられています。常に全力でプロレスはするし、そのときそのときの最高クオリティのものを提供していくので、結果的にまだまだ上に上っていくと思う。

言葉の壁も文化の壁も吹き飛ばすぐらいの実力をつけた今だからこそ、見せられるものがある。次はもう別世界。新たな紫雷イオ、もしくは紫雷イオではない新たな何かになるところを一緒にゼロから楽しんでもらえるかなと思います。

■紫雷イオ Shirai Io 
1990年生まれ、神奈川県出身。2007年デビュー。2012年よりスターダムに所属。「ワールトド・オブ・スターダム」チャンピオンとして14度にわたり防衛を果たすなど記録多数。「女子プロレス大賞」を史上初めて3年連続受賞。自伝『覚悟』、写真集『素顔』なども話題