サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第55回。
現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。
今回のテーマは、W杯で優勝を果たしたフランス代表について。今大会では、圧倒的なパフォーマンスで他を寄せつけなかった彼らは、いったいなぜそこまで強くなれたのか? そのターニングポイントについて宮澤ミシェル氏が語った。
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W杯ロシア大会が終わってしまった。数々の熱戦を鮮明に思い出せるのに、遠いむかしのようにも感じてしまう。大会が終わってようやく一息つけた安堵感と、終わった寂しさが入り混じって、そういう気分にさせるんだろうな。
フランスの20年ぶり2度目の優勝で幕を閉じたけど、彼らは強すぎだったね。グループリーグ3試合、決勝トーナメント4試合のうち、苦戦したのは決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン戦だけ。1点先制しながら、その後にアルゼンチンに同点弾、逆転弾を決められて一時は1対2でリードを許した。それでも、最終的には4対3で決着。勝負は4対2にした時点で決まっていた感はあったな。
フランスは2年前の自国開催だったEURO2016を決勝戦で落としたことが、今回の栄冠につながったのは間違いないね。EURO決勝でのポルトガルは前半25分にクリスティアーノ・ロナウドが故障でピッチを去って、誰もがフランスの勝利を疑わなかった。そのなかで、延長戦まで粘られて、最後は途中出場のエデルの一発で沈んだ。
そのゴールを決めたエデルは今回のポルトガル代表には入れていないっていうのも、またサッカーの奥深さであり、おもしろいところでもあるんだけどね。
ただ、あそこでフランスが勝っていたら、今回の優勝はなかったんじゃないかな。EUROのタイトルを逃し、ディディエ・デシャン監督が「すべてを失った」と感じたからこそ、フランスは結果にこだわれるチームづくりへ方向転換できたし、優勝のためにチームがひとつにまとまれたんだよ。
今回のフランスは守りで強さを出すチームだったね。中盤の守備的MFにはポール・ポグバとブレーズ・マテュイディがいて、アンカーにはエンゴロ・カンテが入る。守備で圧倒的に強さを出す。グループリーグ初戦からカウンターというサッカーを貫いたのが、優勝につながったんだけれど、フランス伝統の"華"はまったくなかったね。
80年代にシャンパンサッカーと呼ばれた華麗なパス回しはなかった。98年W杯、2000年EUROを立て続けに獲ったときの方が、今回のチームよりも華のあるサッカーをしていたくらいだよ。今回の出場国ならクロアチアやベルギーの方がシャンパンサッカーの呼び名に相応しかったね。
マテュイディやFWのオリビエ・ジルーは仕事をきっちりするし、頑張っていたけれど、スペクタクルなプレーはまったくなし。それはデシャン監督が結果にこだわってメンバーを選んだからであって、パリ・サンジェルマンのアドリアン・ラビオをはじめ、スペクタクルさや華麗さを売りにする選手がフランスにいないわけではないんだ。でも、そういう選手を招集しないところが今回のフランスの強さでもあるんだな。
それだけに今回のフランス優勝のMVPを決めるなら、わたしはオリビエ・ジルーを選びたい。アントワーヌ・グリーズマンとキリアン・エムバペがそれぞれ4点を決めて、ポグバもグループリーグ初戦のオーストラリア戦や決勝のクロアチア戦の大事なところで一発を決めた。だけど、センターフォワードが1点も取らずにスタメンを張り続けて優勝。彼の果たした役割は大きかったよ。
プレミアリーグでレスターが優勝したときの岡崎慎司と同じだね。年間5得点しか取れないFWが優勝チームのスタメンを張り続けるのは、普通なら考えられないことだけど、岡崎の場合は前線からの献身的なチェイスが高く評価された。
ジルーも同じでポストプレーでチームを助けた。グリーズマンがバイタルエリアで自由にプレーできたのも、フランスの攻撃に深みをつくったのもジルーのポストプレーがあればこそ。フランスの自己主張と自分勝手な国民性を考えれば、彼の高い献身性こそが、今回のデシャン監督のチームをよく表していたと思うよ。
フランスはメンバーの平均年齢が開幕時点で25.57歳と、出場32カ国のなかでもかなり若い。ただ、2010年W杯を制したスペインも前回大会優勝のドイツも若かった。だから、若さという武器でこれからフランスが黄金時代を迎えるかと言えば、それには疑問符をつけたいな。
だって、フランスだぜ? 結果を出したら天狗になって生意気になる国民性だよ。98年W杯、2000年EUROを獲ったことで、2002年W杯の頃にはフランスの悪い評判はいくらでも耳にしたからね。今回はEURO2016の悔しい敗戦でチーム一丸になれたけど、次回もそうなれる保証はどこにもないんだ。
今回、グループリーグ敗退に追い込まれたドイツは、去年のコンフェデレーションズカップで優勝した「2軍」のメンバーを主力に据えて臨んでいれば、楽勝で決勝トーナメントには進出したはずだよ。ただ、厚い選手層があっても、なかなか前回W杯優勝メンバーを外せない難しさがあるってことだね。
それだけに今回の優勝したフランスのデシャン監督がこれからどういうマネージメント手腕を見せるのかは、すごく興味があるよ。まずは2年後のEURO2020。そこに向けて代表にどういう刺激を加えるのか。
親父の母国で、私にとってルーツでもあるから、この大会でも開幕前からずっと注目してきたフランスが、どう変わっていくのかをしっかり見届けたいと思っている。