初代タイガーマスク・佐山サトル氏(右)と、『真説・佐山サトル』著者・田崎健太氏 初代タイガーマスク・佐山サトル氏(右)と、『真説・佐山サトル』著者・田崎健太氏

タイガーマスクとして一世を風靡し、世界に先駆けて総合格闘技を競技化した佐山サトルの真実に迫ったノンフィクション『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』(田崎健太・著)が話題だ。

本書は佐山氏本人への長期取材をはじめ、多くのプロレスラー、格闘家、親類、関係者への膨大な取材を通し、これまでプロレス・格闘技界ではアンタッチャブルな存在とされてきた佐山氏の素顔と足跡を描いている。

7月27日、東京都内の書店で佐山氏、田崎氏による刊行記念トークイベントが行なわれた。満員のファンの期待と熱気に包まれる中、取材時の裏話や本書にかけた思いをふたりが語った――。

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田崎 2015年に『真説・長州力』を出版したあと、次はどのレスラーを書くのかと、いろんな方に聞かれましたが、僕の頭の中では佐山さんと決まっていました。ちょうどその頃、『KAMINOGE』誌の井上崇宏編集長からなにか連載をという依頼があり、佐山さんを書きたい、と。そのとき、「え、佐山さんですか?」と井上さんがビクッとして、プロレス・格闘技界で佐山さんは触っちゃいけない存在なんだと思いましたね。

自分の意図としては佐山サトルという人間を書きたい。タイガーマスクだけではなく、総合格闘技の祖としての佐山サトルを書きたい。そういったことを伝えるために、まずは佐山さんに手紙を書いたんです。

佐山 手紙には、僕にとって不快なことも聞く、と書いてありました。それを読んで、これは今までの取材とは違う、真実を書いてくれるんだという期待感がありました。僕はプロレスの文化も、格闘技の文化も背負っています。そこには言ってはいけないこと、黙さなくてはならないこともある。真実が世の中に出るのは、僕が死んだ後になるだろうと思っていました。しかし、この本は僕自身が知らなかったことまで書かれていて、当初の期待より10倍すごい本になった。「あ、ついに出てしまった」という感じです。

田崎 取材は佐山さんの生い立ちから辿っていこうと、お兄さんや同級生たちを紹介していただいて、地元の山口県下関を訪れました。佐山さんのご実家を取り壊すときに、お父さんの履歴書や佐山さんが子供の頃に描いた絵などが出てきて、同級生の方が保管していた。そういった資料を見ながらお兄さんに話を聞いたりしていきました。佐山さんのお父さんは戦争に行って、シベリアに抑留されていたんですが、佐山さんが知らないこともいろいろ出てきましたね。

佐山 僕が知らなかったこともたくさんあって、ノンフィクション作家ってこんなにすごいんだと思いました。本当にすごい取材力です。僕自身は昭和32年生まれだと思っていたのですが、田崎さんが調べたら、実は昭和42年だった。

田崎 そんなわけないでしょう(笑)。最初、お兄さんに電話したとき、「え! 話をしてもいいってサトルが本当に言ったんですか?」と驚かれて。佐山さんが覚悟を決めて僕の取材に向き合ってくれたということが最初から伝わりました。

トークの後に行なわれたサイン会で、タイガーマスクを被り、にこやかにファンの握手に応じる佐山氏 トークの後に行なわれたサイン会で、タイガーマスクを被り、にこやかにファンの握手に応じる佐山氏

佐山 僕はノンフィクション作家の方とお付き合いしたことがなかったし、最初はあまり仲良くしちゃいけないと思っていました。不快なことも聞くということだったので、食事に誘って買収するようなことはしちゃいけないなと(笑)。それは杞憂でした。ズケズケと全部書いてくれました。

田崎 本書の取材で、僕は2回イギリスに行っているんです。タイガーマスクになる前、佐山さんは「サミー・リー」のリングネームでイギリスマットに上がっていました。現地で佐山さんの世話役をしていたウェイン・ブリッジというレスラーに話を聞いたんですけど、そこで思ったのは、サミー・リーは本当にイギリスでもスターだったんだな、と。

佐山 ありがとうございます。当時は痩せていたので、誰も信じてくれなかったんです(笑)。

田崎 ウェイン・ブリッジは、佐山さんが来る前、イギリスではプロレスの人気が落ちていたと言っていました。調べてみると、イギリスのジャーナリズムはなかなか肝が据わっていて、レスラーの控室の様子を録音して記事を書いたりしていたんですよ。リアルファイトではないということが明らかになって、それでガクッと人気が下がった。そこにサミー・リーが出てきて、時計の針を逆回ししたんですね。でも、イギリスの第一印象は最悪だったんですよね?

佐山 最初、イギリスに着いたとき、同行していたピート・ロバーツさんとプロモーターが揉めていて、プロモーターが「なんで日本人が来るんだ」って怒っているんですよ。そこのオフィスの裏に道場があったんです。その場でピートさんに試合をやってみろと言われて、やったんですけど、当時からタイガーマスク(の動き)と一緒ですから、それを見たプロモーターの目がコロッと変わりました。あれほど人間が変わったのは見たことないくらい。すぐにマーシャルアーツショップに連れていかれて、ブルース・リーが『死亡遊戯』で着ていた黄色いトラックスーツと竹刀を渡され、ブルース・リーの親戚のサミー・リーにされたんですね。

田崎 佐山さん、実はイギリス英語がすごく上手なんですよ。

佐山 もう忘れてますよ。

田崎 いや、2回目のイギリス取材の前に、ウェイン・ブリッジから、サトルのビデオメッセージを撮ってきてほしいと言われたんです。最初は、日本語で話すから英語の字幕を付けてよと仰っていたんですが、いざカメラを回したら完璧な英語だった。これが佐山サトルなんだと思いましたね。佐山さんは自分をひけらかさない。本当のことを言わないから、誤解されることも多い。

本書では前田日明さんも取材しているんですけど、UWF時代、自分は月に100万円もらっていたけど、佐山さんは300万円以上もらっていたはずだと言うんですね。UWFの社員たちが給料未払いで困っているのに、佐山さんはご飯を奢ろうともしなかった、と。その後、佐山さんに「300万もらってたんですね」って聞いたんですけど......。

佐山 その金額を聞いて、ひっくり返りました。

田崎 実際は100万円だった。あと、前田さんが言うには、佐山さんは自身のジム「スーパータイガージム」で稼いでいたはずだ、と。当時、スーパータイガージムの専務だった方も取材しましたが、佐山さんはジムからは一銭ももらっていなかった。

佐山 もらってないし、(その後、創設した総合格闘技「修斗」で)1億円くらい借金しましたからね。

田崎 本書の後半の核は、佐山さんがなぜ修斗から離れなければならなかったのかという部分なんですが、いろんな方から、佐山さんの前で修斗の話をすると機嫌が悪くなるから、誰も触れられないという話を事前に聞いていて。

佐山 そうですか? そんな話になってることも知らなかったです。

田崎 修斗を離れる経緯について多くの方を取材して、それを佐山さんにぶつけていったんですが、嫌な顔ひとつすることなく答えてくれました。

佐山 借金のことを含めて、全部探っていくんだろうなとは最初から思っていましたが、本当に想像以上に探ってくれて。

田崎 ノンフィクションというのは取材相手の内臓を抉(えぐ)らなきゃいけない。提灯記事的なノンフィクションもたくさんありますけど、僕はそういうものは書かないので。とにかく佐山さんは自分のことをほとんど語ってこなかった。

たとえば、中井祐樹さんが『バーリ・トゥード・ジャパン95』で右目を失明したあと、佐山さんはヒクソン・グレイシーに会いに行っている。総合格闘技は片目ではできないけど、柔術だったらできるから、中井に柔術を教えてやってくれとヒクソンに頼んでいるんですね。佐山さんが明かすまで、僕はそんな話は聞いたことがなかった。おそらく中井さんも知らないでしょう。

佐山 皆さんが知らなかったことにビックリしました。

田崎 自分でしゃべってないんだから、誰も知らないですよ(笑)。さきほど佐山さんは、自分が死んだあとに真実が明らかになると思っていたと仰いましたけど、本人が死んでからではわからないことがたくさんあるんです。

佐山 そういうことか。自分を歴史上の偉人と比較するつもりはないけど、探られていないことってたくさんあるんでしょうね。西郷隆盛とか。西郷(せご)どん......これから「さごどん」と呼んでください。

田崎 佐山さんにはホント、真面目な顔と、冗談ばっかり言ってる顔があるんです。弟子の中に朝日昇(あさひ・のぼる)さんという方がいるんですけど、本名は朝日愼一というんですね。デビュー戦の試合会場に行ったら、リングネームが「朝日昇」になっていた。ふざけんな、いじめられるじゃねえかよって思ったらしいです(笑)。

佐山 「夕日沈」っていうのもありましたね(笑)。

田崎 中井祐樹さんには「北海道男」と付けようとしていた。北海道男になっていたら、中井さんはこんなすごい格闘家にならなかったですよ(笑)。冗談を言っている佐山さんと、格闘技や武道に真剣に取り組む佐山さんとのギャップが大きい。

佐山 親父は、本気か冗談かわからないようなことをよく言う人だったので、僕は親父に似ているんだと思います。たぶん、息子も似ていると思います。

田崎 本書では最後に息子さんを取材しているんです。お父さんの話から始まり、息子さんの話で終わる。佐山家三代に触れることになったわけですが、佐山さんとしては、本当は出してほしくなかった話ってありましたか?

佐山 いや、出してほしくないというか、本当は出しちゃいけない部分もあったかもしれないと思うけど、それが真実であるなら、自分はなんら恥じることはやっていないと思うので。

田崎 取材すればするほど、佐山さんは二重のマスクを被っていると思うようになりました。プロレスを守らなければいけない一方、あるときから佐山さんの頭の中を占めるものは格闘技や武道になった。でも、佐山さんが武道の話をしても、天才プロレスラー、タイガーマスクの言葉として受け取られることも多いと思うんです。たぶん、ヒクソン・グレイシーが武道を語ったらストンと胸に落ちる。でも、佐山さんはそうではない。だから、タイガーマスクをやっていたことが推進力になって修斗が始まったという事実は、ちゃんと書かないといけないと思いました。

佐山 それがこの本のすごいところです。今の僕の90%は武道です。自分がタイガーマスクであることを自覚しなきゃいけないこともよくわかっているし、すごくありがたく思っています。皆さんがタイガーマスクに夢を持ってくれているのもよくわかっています。僕と会って泣いてくれる人もいます。僕はタイガーマスクを背負っているんです。今、田崎さんが、ヒクソンが武道を語ればストンと落ちると言った。それは悔しいくらいです。だからこそ、一生懸命勉強して、世界一の武道を作っていきたいと思っています。

田崎 佐山さんへの取材を重ねていく中で、"孤高"という言葉が浮かびました。読者の皆さんに、スーパースターが抱えていた孤独をわかってもらえればと思っています。こんなに面白い人なんですけど、本当にすごい人なんだとわかってほしい。これからノンフィクション作家として何年もやっていきますけど、こんなに幸運な出会いというのはなかなかない。校了するときに寂しい思いになりました。

佐山 今日、改めて田崎さんと話して、僕が死んだあとではこういう本は出ないということがよくわかったし、本当に感謝しかありません。そして、僕はやっぱりタイガーマスクであり、皆さんを裏切れない。そしてこれからも武道を追求していきたいと思っています。

■『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』
集英社インターナショナル/2400円+税