VAR制度について語る宮澤ミシェル氏
サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第58回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、VAR制度について。W杯ロシア大会から導入され、大きな話題となったこの制度はサッカーにどのような影響を与えたのか。宮澤ミシェル氏が分析する。

*****

W杯ロシア大会のハイライトと言ったら、新たに導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)制度だったね。

主審が耳のレシーバーに手をやると、ビデオルームとの通信中で、その後にリプレー検証が必要だと判断すれば、映像をチェック。そして、ピッチに戻ったときに両手で四角をつくった後に、ペナルティースポットを指差す。

日本代表がコロンビアと対戦した時も、VARでそんな光景が見られたけれど、今大会で四角いポーズをつくるのは名物になったし、普段の生活のなかでも、「あのポーズ」を真似て笑いを取った人も多いんじゃないかな。

ベスト4に進んだのがすべてヨーロッパ勢だったのは、VARが導入されたことのやりにくさが、南米勢にはあったのかもしれないね。VARは彼ら特有のマリーシア、いわゆるズル賢さを出させないシステムでもあったから。

特にネイマールは、VARでもっとも影響を受けた選手だったろうね。コスタリカ戦ではペナルティエリア内で相手DFに倒されたときに、一度はPKの判定が出たけれど、VARによって覆った。

あれですっかりネイマールは、世界中からバッシングを受けることになって、挙句の果てには、「ネイマールチャレンジ」なんていうのまで流行ってしまった。

ただ、ネイマールがファウルを受けたときに痛がる姿は、ハンパなかったけど、彼のあのスピードでファウルを受けたら、大げさとも言えるほどにダイビングして衝撃を逃さないと、大怪我にも繋がるのは間違いないんだよ。ネイマールもファウルを受けたときに、グラウンドを転げ回るのは2回転までにしておけば印象は変わったんだけどな。

個人的にはファウルで止めた側は何も言われないのに、ネイマールだけが大げさに転げ回る姿を、笑いものにされているのはどうかなと思うんだよ。

そのネイマールを擁したブラジルは、ベルギー戦で見せた本気の攻撃は凄まじかったね。それまではペナルティエリアで相手DFとちょっと接触したらPKを貰おうという部分も見えていたけれど、ベルギーに2点リードされてからの後半は、鬼気迫る攻撃力でベルギーを圧倒していた。

途中投入されたドウグラス・コスタのドリブル突破とか、ネイマールの「オレにボールを寄越せ! オレが決める!」感を出しまくったプレーとか、窮地に陥ったブラジルの純粋な攻撃は、やっぱり「さすが王国!」と思わせてくれたな。

それだけに、マリーシアに頼らないネイマールを、最初から最後まで見たかった。まぁ、ネイマールに限らず、今後の南米勢はVARがある限り、マリーシアは減っていくだろうし、純粋な攻撃力で相手を凌駕する姿を見せてくれると期待しているよ。

今回のW杯ロシア大会でのVARだと、主審がピッチサイドで確認したリプレー動画は、スローモーションではなかったそうなんだ。決勝戦でクロアチアのペリシッチがペナルティエリア内でハンドをしたかどうかの微妙な判定があったけど、結局のところレフェリーがどう判断するかにかかっているということだね。

VAR導入で「サッカーが機械的になる」と言う意見もあるけれど、これからも人間のレフェリングによって決まるものに変わりはないってことだ。あくまでもアシスタントであって、運用するのは人間だからね。

「サッカーが止まる」という意見もあるけど、現地で見た限りでは、そうは思わなかった。今大会で2回ほど判定までに時間がかかりすぎてシラケちゃったのがあったけど、それ以外ではレフェリーがピッチに戻ってきて判定のポーズをするたびに、めちゃめちゃ盛り上がっていたよ。

レフェリングに関して言えば、ロシア大会の退場者数は一桁台と過去大会よりも少なかった。これもVAR導入の好影響と言っていいだろうね。クリスティアーノ・ロナウドがイラン戦でVARの結果、イエローカードを受けたけど、審判の目が届かないところでのプレーにも、VARの目が光っている。そういう意識が選手に働いたのは間違いなくあったと思うよ。

サッカーが時代とともに変化するのは仕方ないことなんだけど、今回のVARの導入でもっとも被害を受けるのは間違いなくディフェンダー。バックパス禁止のルールが導入されたときと同じくらい、DFにとっては迷惑なルールだよ。

こういうルール変更やボールの進化は得点を取りやすくするためのものだからね。攻撃の選手が喜ぶということは、DFの年俸が下がるってことなんだ。ディフェンダー出身の私としては、これからサッカーを始めるという子どもたちには、こうアドバイスするよ。「絶対にフォワードを目指せ!」とね(笑)。