東監督が就任した2013 年は5人だった部員は、現在56人。現場指導者も東監督を含め5人と多く、練習にも活気がある

三重県の弱小校による冒険は、甲子園初戦敗退で終わった。だが奇跡の記憶はまだ色あせていない。快進撃の裏にあったもの、それは根深いコンプレックスだった。

甲子園初出場を成し遂げた白山高校の日本一暑い夏を、野球ライターの菊地高弘氏がルポ!

■「リアル・ルーキーズ」と呼ばれて

松阪駅を起点にする名松線の車内で出発時刻を待っていると、ボックスシートの向かいに座った中年女性から声を掛けられた。

「もしかして白山高校に行かれるんですか?」

女性は私が「本当に2時間に1本しか列車が来ない」などとメモ帳にしたためていた姿を見て、白山高校を取材に来た記者だと思ったという。

「『ハクコウ』が甲子園に行くなんて、地元の人間は誰も信じられませんでしたよ」

白山の生徒と名松線の車内で乗り合わせることがあるという女性は、こんなエピソードを教えてくれた。

「ハクコウの生徒さんが車内の床にベタッと座っていて、私が通りにくそうにしていたら、近くで床に座っていた別の生徒さんが『おい、どいてやれや』って言ってどかしてくれたんです。かわいい子たちなんですよ」

名松線は松阪―伊勢奥津を結ぶローカル線で、白山高校の最寄り駅である家城(いえき)駅を通るため、同校の生徒も多く利用する。白山高校野球部の東拓司監督は苦笑交じりにこう言った。

「白山の生徒ばかりが乗るので、『人に見られる』という意識がないんですよ」

そして、東監督は続けた。

「白山の生徒にとって、名松線に乗ること自体が劣等感の始まりなんです。松阪駅には近鉄線も出ているんですが、通勤する人など利用者が多くて本数も多い近鉄線に比べて、名松線は2時間に1本しか出ない。他校の生徒が近鉄線に向かうのを横目に見ながら、白山の生徒は名松線に乗り込むんです」

そんな白山の甲子園出場は、全国に大きな衝撃を与えた。何しろ白山は2007年から10年連続で三重大会初戦敗退という弱小校だったのだ。

一部では白山高校を「リアル・ルーキーズ」と称する向きもあった。『ROOKIES(ルーキーズ)』は、ドラマ化・映画化もされた森田まさのりの野球漫画。熱血教師がヤンキーが集う野球部を立て直す物語だ。

確かに名松線で中年女性が語ったエピソードから、その息づかいは聞こえてきた。

名松線の列車。利用客の中心は地元の高齢者だ名松線家城駅の時刻表。2時間に1本しか列車が来ない

■「白山に気をつけろ」だが、実態は......?

小高い山々と田畑が広がる家城地区近辺には、コンビニは1軒しかない。ファミリーマート白山家城店のオーナー・中山仁美さん(49歳)は、昨冬に前身のコンビニから引き継いでオーナーになった際、周囲からくぎを刺されたという。

「白山高校の生徒たちには気をつけたほうがいい」

ガラは良くないらしい、中山さんはそう身構えていたが、実態は少々違っていた。

「野球部の子は礼儀正しいし、よく終電前にファミチキを買っていくんですけど、商品の数が少なくても、みんな仲良さそうに誰がどれを買うか争奪戦をしています。前オーナーの時代からのバイトの子に聞いたら、『5、6年前から白山の子は相当変わりましたね』と言うんです。私はあの子たちがかわいくて仕方がありません」

東監督が白山高校野球部に赴任したのが13年4月。中山さんが言うところの「5、6年前」とちょうど同じ時期だ。

中山さんは野球部の生徒が終電前に寄ることを見越して、あらかじめファミチキを揚げておくこともあるという。中山さんは力を込めてこう語る。

「いまだに地元には『ハクコウなんて偏差値が低い馬鹿が行くところ』とか、『行くのが恥』と悪い噂を立てる人がいます。私は悔しいんです。昔のことは今の彼らには関係ありません。今の一生懸命な彼らを見てほしい」

腰パンや極細眉毛など、少しヤンチャな見た目の部員もいるが、問題が起きることは皆無。ある部員いわく「ケンカもほとんどしない」とのこと

白山高校から歩いて2分の立地にある「谷クリーニング店」の畑公之さん(41歳)は早くから「野球部は絶対強くなる」と言い続けていた。

「冬場は空気が澄んでいるから夕方になると、ハクコウから『カーン!』と野球部が練習している音がよく聞こえてくるんです。昔は全然聞こえなかったのにね(笑)」

畑さんは今夏の三重大会は、白山の試合をすべて観戦。「家城で一番の応援団長」を自任している。

「強くなると言っても、県内でベスト8に入るくらいのイメージで言っていたんですよ(笑)。よく新聞で日本地図に甲子園出場校一覧が載るじゃないですか。大阪桐蔭や智辯和歌山のような有名校の中に『白山』と書いてあるのが信じられないですよ」

主将の辻宏樹(ひろき)(3年生)に「『リアル・ルーキーズ』って言われているけど、どう思う?」と聞くと、苦笑交じりに「僕らはそう思っていないので、自分をしっかり持ってやっていきます」と答えた。

東監督に言わせれば「素朴で自分に自信がなかった子たちの集まり」。白山の野球部は、周囲に忌み嫌われた非行少年が野球に目覚める『ルーキーズ』のような野球部とは、ちょっと違うようだ。

高校近くの洋品店「やまちょう」は、来店客にペットボトル飲料に激励メッセージを書いてもらい、野球部に差し入れた

■他校受験に失敗した「負け組」の逆襲

「前任校の校長から『白山でごめんな』って言われましたね(笑)」

そう語る東監督の前任は三重県・上野高校。同校は進学校だったが、彼の手腕により、三重大会ベスト4にまで引き上げた。その後、東監督は他校へ異動することになった。

より自由に指導ができて、野球部が強い学校へ。そんな希望を出していたが、異動先は万年定員割れの白山だった。東監督は落胆したものの、軽く謝る校長に対しては「よう見とけよ!」と内心、毒づいていた。

白山高校野球部に赴任してからすぐ、東監督は「ここのグラウンドから甲子園に行くぞ!」と宣言した。だが、選手たちからは笑われたという。グラウンドは面積だけなら甲子園よりも広いが、雑草だらけ。部員はわずか5人しかいない。最初の年は校内から助っ人を集めて無理やり大会に出場し、その後も他校との連合チームを組んで大会に出たこともあった。

東監督は近隣の中学を回ってスカウト活動に取り組んだが、「いい選手をください」とは言えなかった。

「有望な選手は他校に行ってしまうのはわかっていました。ウチの学校の現状をわかってくれて、一緒に野球をやってくれる子。野球が大好きな子に来てもらえるよう、中学の指導者の方にお願いして回っていました」(東監督)

甲子園よりも広い白山高校の野球部グラウンド。ただ、フェンスが低いので硬球が近隣の営農組合事務所の窓ガラスを割ることも多いとか

その頃は甲子園なんて夢のまた夢だった。

前出の主将・辻と1番・ショートの栗山翔伍(しょうご)(3年生)は同じ中学に通っており、ともに15年に甲子園初出場を果たした強豪校・津商業への進学を希望していた。だがふたりとも受験に失敗する。

「津商に落ちて、なんとなく白山に来ました。最初に野球部を見た印象は『めっちゃヘボいな』ですね。先輩も荒れとって、練習もちゃんとやっていなかったし。『こんなんで勝てるんか』と思いました」

こう語る栗山の傍らで、5番・レフトの伊藤尚(ひさし)(3年生)が「おまえがそれ言う?」とはやし立てる。そんな伊藤も愛知・愛工大名電への進学を希望していたが点数が足りず、白山に進んだ経緯があった。3年生は軒並み、第一志望校に落ちて白山に進んでいた。東監督は言う。

「菰野(こもの)、三重、松阪商、津商といった学校を落ちて、白山に進学した選手ばかりです。今の3年生が入部したときの先輩にしても、彼らなりに懸命にやっていました。チームはガラッと変わったわけではなく、少しずつ確実にいい方向に変わっていったんです」

現在の3年生13人は、上の学年が3人しかいなかったこともあり、入部当初から実戦経験を積むことができた。辻も栗山も「津商に行っていたら、ここまで出番をもらえずにベンチにも入れていなかったかも」と口をそろえる。

東監督が「ウチの生命線です」と語るオンボロのマイクロバスを使って、県内外の遠征にも出かけ、チームは少しずつ力をつけていった。1年前の夏に三重大会で2勝して、東監督は選手の前でこんな言葉を口にする。

「上を目指すなら、強豪を倒していかないといかんで。絶対に優勝しないといかん」

いよいよ「甲子園」という単語を口にしても、笑う部員はいなくなっていた。

東監督が「ウチの生命線」だと語るオンボロのマイクロバス。白山の野球部は、このエアコンの壊れたバスを使って県内外へ遠征する

■4万の観衆が見守るワンサイドゲーム

白山にとって今夏の三重大会は、滑り出しから順調だったわけではない。前出の応援団長・畑さんは「彼らは相手を見ながら野球をするところがあって、弱い相手だと1回戦からエラーしまくりでヒヤヒヤした」と振り返る。

ただ、その気質は強豪を相手にするとプラスの効果を生んだ。超高校級投手ふたりを擁する優勝候補・菰野を4-3で下すと、勢いに乗った。

準決勝では夏の甲子園に11回出場経験のある海星を6-5で撃破。さらには決勝戦で松阪商を8-2で圧倒し、ついには甲子園の切符を手にした。東監督はこう言う。

「不思議なんです。もちろん甲子園には行きたかったですが、まずシード校を倒すのが目標でした。それが菰野に勝って、あれよあれよと甲子園を決めてしまった」

主将の辻は言う。

「中学時代に甲子園球場の外野席から見ていたあの場所に自分が立てるなんて......。本当に『まさか』です」

そして迎えた8月11日の甲子園初戦。人口1万1000人ほどの白山町から2000人の地域住民が甲子園に集結し、アルプススタンドを大応援団で埋め尽くした。

対戦するのは愛知・愛工大名電。同校の正捕手・安井太規(3年生)は「この夏まで白山高校の存在すら知りませんでした」と正直に明かす。エリート校と無名校による対戦。わかりやすい構図だった。

東監督は試合前「序盤を我慢すれば、球場の雰囲気が後押ししてくれると思う」と語っていた。だが、白山は初回から3点を失い、いきなり劣勢に立たされる。それでもショート・栗山の再三にわたる美技や、4番・辻の強烈なスイングなどで場内を沸かせた。

ただ、5回を終えた時点で0-7。もはや勝負の行方は見えた。ナイトゲームに突入し、この試合に詰めかけた4万人の観衆が一斉に帰路に就いてもおかしくない状況だった。ところが、多くの観衆はスタンドにとどまり白山の戦いぶりを見届けた。

8回表、一死一、二塁のチャンスでは、場内全体が手拍子で白山に声援を送るシーンもあった。だが、結局0-10というスコアで白山の初めての甲子園は終わった。

「自分たちの得点にはつながりませんでしたが、最後まで力を出し切ることはできました。甲子園はすごくいいところだなと思いました」

試合後、東監督は選手たちをねぎらった。辻や栗山ら、どの選手も「白山に来てよかった」と語った。

母親代わりとして選手たちを見守ってきた川本牧子部長もこう話した。

「普段は勉強のできない子たちですけど(笑)、野球を一生懸命やることで自分に自信をつけてくれました」

白山で最も話題を集めた人物は今回の甲子園で唯一の女性部長である川本牧子さん(左)だろう。その天真爛漫な笑顔に癒やされた人も多いはず

現在、白山の部員は3年生が13人しかいない。だが、2年生は17人、そして1年生は25人もいる。3年生のほとんどが「第一志望校に落ちたから」という理由で白山に入学したが、2年生以下は「白山で野球をやりたい」と進んだ選手もいるのだ。近隣の中学チームを回り、頭を下げてきた東監督のまいた種が、芽吹くのはこれからである。

ところで、甲子園出場を決めた後、東監督のもとに、過疎地の公立高校の野球部顧問からある手紙が届いたそうだ。

「頑張って指導をしているが、いい選手は都会の有名校に行ってしまって、絶望していた。そこで白山のニュースを見て励まされた、と書いてありました。普通の公立高校は甲子園出場が難しい時代になりましたが、少しでも『やればできる』という可能性を示せたんじゃないかと思います」

山あいにある「行くのが恥」とまで言われた公立高校の甲子園出場。その奇跡の物語にたくさんの人たちが背中を押されたのだ。