ベスト8を決めた瞬間、両手を上げて喜ぶ錦織。準々決勝で敗れたが、試合後には自身のツイッターに「リベンジしたい」と投稿するなど、早くも来年への意気込みを示した

昨年8月からの長い休養を経てたどり着いたウィンブルドン(全英)ベスト8。錦織 圭にしこり・けいはなぜ、これまで苦手としていた芝のコートで躍進できたのか。

2016年以来の出場となる全米オープンが27日(現地時間)から開幕。グランドスラム制覇に再び光が差した"復活劇"の裏側に迫る。

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■劇的復活のカギはサーブにあり!

「ベスト8は当たり前というか、そんなに特別な思いはないですけど、芝で自分のテニスを見つけ出せたことは大きな収穫だと思う」

7月15日に幕を閉じたウィンブルドン(全英)選手権で、錦織 圭(28歳)は自身初のベスト8に進出したが、本人はまったく満足していなかった。

日本男子としては、1995年の松岡修造以来23年ぶりとなるベスト8とあって、錦織の周囲は騒がしくなった。しかし、彼にとってはグランドスラム(テニスの四大メジャー大会)で通算8度目のベスト8であり、単なる"通過点のひとつ"としてとらえているのだろう。

それでも、18歳のときに2008年のウィンブルドンでグランドスラムデビューを果たしてから10年。10度目のウィンブルドンで、ひとつの壁を突破したのは事実だ。

これまでの錦織は、グラス(天然芝)コートでなかなか好成績を収められず、グランドスラムではウィンブルドンだけベスト8に進出できずにいた。

コート上で細かく高速なステップを刻む錦織は、ボールのバウンドが低く、足元が滑りやすいグラスコートで、持ち前のフットワークを生かしきれずにいた。だが今回は、「焦らなくてもラリー戦でポイントが取れているので、よくなってきている」と、ようやく自分のプレースタイルを貫ける感触をつかんだようだ。

また、大会を通して好調だったサーブが、快進撃の原動力になった。錦織が出場する全大会に帯同する、コーチのダンテ・ボッティーニは次のように指摘する。

「圭のサーブはとてもいいね。確率もいいと思う。それが彼の助けになっていて、サーブがよくなると、リターンもよくなる。サーブのよさを維持することが、今後もいいゲームをするためのカギになる」

錦織は17年8月中旬に、サーブ練習中に右手首の腱を裂傷。その後の大会をすべてキャンセルしてシーズンを終えた。ケガは脱臼を伴っていたが手術は回避され、自然治癒による完治を目指し、ベルギーのテニスアカデミーでリハビリを行なった。

10月下旬にはボールを打ち始め、リハビリを終えると再び拠点とする米フロリダに戻った。今シーズンの開幕には間に合わなかったが、1月中旬に復帰を果たす。そこで、錦織のサーブフォームが変わっていることに気づかされた。

以前はテイクバック時に、軸足となる左足に右足をすり寄せていたが、右足を固定したままに変更。また、ラケットを体の近くにセットすることで、コンパクトなフォームになっていた。サーブ練習中に負傷したこともあり、復帰前には「スピンサーブを打つときに怖さがある」と吐露していたが、それも実戦のなかで解消されていった。

「2、3大会を終えて(怖さは消えた)。試合でスピンサーブを打ち始めるようになったので、意外とすぐに消えたと思います」

4月上旬には、一時は4位に上げた世界ランキングを39位まで落としたが、新たなサーブを武器に春のヨーロッパのクレー(表面にレンガの粉をまぶした赤土のコート)シーズンで調子を上げていった。

準々決勝で錦織を下したジョコビッチは、その後も強敵を退けて頂点に立った。31歳のジョコビッチもケガ休養を経ての復活だっただけに、錦織もその背中を追ってさらに上を目指したい

■敗戦でつかんだ進化への手がかり

迎えたウィンブルドンでベスト8に進んだ錦織は、準々決勝でセルビアのノバク・ジョコビッチ(31歳)と対峙(たいじ)する。元世界ランキング1位を相手に食い下がったが、セットカウント1-3で敗れた。これでジョコビッチとの対戦成績は2勝14敗になったものの、試合のクオリティは高く、ふたりの間に大きな実力差はなくなったようにも見えた。

しかし、「(対戦するにあたって)自分のテニスの質、レベルを絶対に最後まで落とせない選手」と錦織が評するように、ジョコビッチは随所で"グランドスラムタイトルホルダー"の矜持(きょうじ)と強さを発揮した。

特に、錦織に第2セットを取られた後と、第4セット第1ゲームで先にサービスブレークを許した後のふたつの場面で、ダウンすることなくギアを上げてきたところは圧巻のひと言。それがジョコビッチのしたたかさ、勝利への執念であり、錦織に不足している部分でもある。

「プレー内容は悪くはなかったですけど、やはり彼を最後まで崩せなかった。(彼を倒すための)"何か"を見つけていかないといけない」

ウィンブルドンでの最大の収穫は、ジョコビッチ戦で得た"気づき"かもしれない。これから試合を重ねて錦織なりの"何か"を見つけることで、ジョコビッチクラスの選手を倒せる力を手に入れ、念願のグランドスラム初タイトル獲得に近づくための重要な1ピースになりえるだろう。

「自信は戻ってきている。このままのテニスができれば、ランキングも自然に戻ってくると思う」

大会後にそう語った錦織の世界ランキングは20位に上昇した。今年の12月で錦織は29歳になるが、最近では30代前半の選手がトップレベルのパフォーマンスを維持し、グランドスラムの優勝戦線にいることも珍しくない。男子では20歳前後の若手選手が台頭してきているものの、錦織もコンディションさえ維持できれば、まだまだトップを狙える時間と伸びしろがあるはずだ。 

ケガから華麗なる復帰を果たした錦織は、さらなる進化を追い求めながら、まだ到達したことのないグランドスラムの頂に向かって勝負を挑み続けていく。