場所前の稽古を精力的に行なった稀勢の里。最近ではあまり見られなかった番付上位陣との相撲で、得意とする左からの押しの強さも戻ってきた。本場所でも久しぶりの勇姿を見せてほしい。 ※写真はイメージです 場所前の稽古を精力的に行なった稀勢の里。最近ではあまり見られなかった番付上位陣との相撲で、得意とする左からの押しの強さも戻ってきた。本場所でも久しぶりの勇姿を見せてほしい。 ※写真はイメージです

9月9日に初日を迎えた大相撲秋場所は、横綱・稀勢の里(きせのさと/32歳・田子ノ浦部屋)にとって相撲人生をかけた土俵となる。

昨年の初場所で初優勝を果たし、横綱に昇進して迎えた春場所で劇的な連覇。"真っ向勝負"を貫いてつかんだ栄冠は日本中に大きな感動を与え、「稀勢の里時代」の到来を感じさせた。

しかし、その代償は大きかった。連覇を果たした春場所13日目の日馬富士(はるまふじ)との一番で、左大胸筋を負傷したことが長きにわたって横綱を苦しめた。ケガの影響で稽古が不足したことから体重も増加。15歳で入門以来、猛稽古で肉体をつくってきた稀勢の里にとって苦しみの日々が続いた。

さらに左胸を負傷したことで、最大の武器である"左差し"の威力が半減し、相手にとって脅威となる左からの攻めは鳴りを潜めた。思うように調整ができないまま夏場所に出場するも、途中休場。続く名古屋場所では新たに左足首の関節靱帯(かんせつじんたい)を痛めて戦線離脱し、秋場所ではついに入門以来初となる全休に追い込まれることになる。

休場が続くうちに連覇の感動は薄れていき、「ケガが治っていないのに無理して出場したからだ」「休む勇気も必要」など、協会内外から厳しい声と激励の声が飛び交うようになる。そんななかで九州場所にも出場したが、昭和以降でワーストタイとなる「1場所に5個の金星を配給」という不名誉な記録を残し、10日目から休場した。

同場所は、秋巡業中の元横綱・日馬富士による暴行事件が発覚し、土俵外が激震に見舞われるなかで行なわれた。稀勢の里に近い関係者は当時を振り返り、「もっと早い段階で休む道もあったが、暴行事件で大相撲が大変な時期に自分まで休めば、さらにファンの方々を失望させてしまう」と、稀勢の里の決意を明かす。

年が明けた今年の初場所も、その場所を最後に部屋から独立する兄弟子の西岩親方(元関脇・若の里)に花を添えるという思いを秘めて出場し、1勝しかできずに6日目から休場した。

それ以降、先場所の名古屋まで3場所連続で全休し、横綱としての連続休場記録は貴乃花を超えるワーストの8場所まで伸びた。その原因のひとつとされた強行出場に批判が集まったが、稀勢の里の中にあったのは「ファン、協会、恩人のため」という思い。

来る秋場所では「次に出るときは進退をかける」と決意しているだけに、横綱と親しい知人は「今回は自分のために、自分が納得する形で場所に臨んでほしい」と願っている。

そんな思いが通じたのか、場所前の調整は充実していた。夏巡業を皆勤し、朝稽古でさまざまな関取衆と申し合いを行なったことで「いい稽古ができて、体の力も戻ってきた」と、復活への足がかりをつかんだようだ。

さらに、8月31日の横綱審議委員会による稽古総見では、横綱の鶴竜(かくりゅう)、大関の豪栄道(ごうえいどう)、栃ノ心(とちのしん)と8番を取って4勝4敗。勝敗以上に充実した内容に「いいきっかけになれば」と晴れやかな表情を見せた。

8場所休場明けの復活も、当然、周囲の目は厳しい。稀勢の里自身もそれを覚悟しているだろうが、どれだけ開き直れるかがカギになる。目先の勝敗に一喜一憂せず無心で土俵に上がれば、復活への道は自ずと切り開けるだろう。

今場所は、稀勢の里が復活を目指す一方で、さらなる飛躍を期す力士がいる。先場所に初優勝を飾った関脇の御嶽海(みたけうみ/25歳・出羽海部屋)だ。

大関昇進の目安は「三役で直近3場所33勝以上」。御嶽海は先場所までの2場所で22勝を挙げており、今場所で11勝以上すれば条件を満たす。今場所は3横綱、3大関すべてが出場することが濃厚のためハードルは高いが、勝負の場所に向けて「上の意識はある」と言い切り、自信があるかと問われた際には「はい!」と、一気に大関へ駆け上がることを宣言した。

稀勢の里が休場している間に、相撲界は御嶽海を筆頭に新勢力が台頭した。

先場所の千秋楽で御嶽海と熱のこもった一番を展開し、白星を手にした豊山(ゆたかやま/24歳・時津風部屋)も、自己最高位の東前頭2枚目に上がってきた。先場所は12勝を挙げて初の敢闘賞を受賞するなど、実力は急上昇中。

さらに、同場所で2度目の敢闘賞を獲得した朝乃山(あさのやま/24歳・高砂部屋)も自己最高の西前頭5枚目に位置し、今場所は上位陣との対戦が期待される。

3人はいずれも学生出身で、御嶽海は東洋大学で学生・アマチュア横綱になり、豊山は東京農業大学で5個のタイトルを、朝乃山は近畿大学で7個のタイトルを獲得して角界入りした。

いずれも20代半ばで今が旬な力士なのに対し、現在の横綱・大関陣は髙安の28歳を除く5人が30代。"学生出身の20代トリオ"が本格的に世代交代への手応えをつかむかに注目が集まる。

上位戦線と共に、下位から這はい上がってきた苦労人たちも見逃せない。元小結の常幸龍(じょうこうりゅう/30歳・木瀬部屋)は、右膝のケガで2016年6月に手術を行ない、同年の九州場所で西三段目23枚目まで陥落。それでも辛抱を重ね、東幕下5枚目で迎えた先場所を4勝3敗で勝ち越し、14場所ぶりの再十両を決めた。元三役の三段目からの十両復帰は明治以降で初めて。本人も「我慢してやってきた」と、万感を込めて土俵に上がる。

また、前述の暴行事件で十両に落ちていた貴ノ岩(たかのいわ/28歳・貴乃花部屋)も先場所に十両優勝を飾り、5場所ぶりの幕内復帰となる。さまざまな思いが交錯する今年の秋場所は、例年にない見どころ満載の場所になるだろう。