7人のドラフト外入団選手の野球人生に光を当てた『ドラガイ』を上梓した、ノンフィクション作家の田崎健太氏

今年のプロ野球ドラフト会議では、注目されていた大阪桐蔭の根尾昴選手が4球団から1指名を受け競合。抽選の結果、中日が交渉権を獲得した。同じく大阪桐蔭の藤原恭大選手は3球団競合の末にロッテが交渉権を獲得。同じ高校からドラフト1位の野手が誕生するのは史上初のことだった。

このドラフト会議の直前に出版されたノンフィクション作家・田崎健太(たざき・けんた)氏の新著、『ドラガイ』が面白い。田崎氏は昨年、古木克明氏や元木大介氏ら元ドラフト1位の選手たちの野球人生に迫る『ドライチ』を上梓したが、今回はそれとは真逆の存在に目を付けた。

かつてプロ野球ではドラフト会議でどの球団からも指名されなかった選手を対象に、スカウトらが直接交渉して入団させる「ドラフト外」の入団が認められていた。略して"ドラガイ"。1990年に廃止されるまで計663人がこの枠でプロ野球選手になっている。

ドライチ(ドラフト1位)でも鳴かず飛ばずで短命に終わる選手がいれば、ドラガイでも一軍で長く活躍し続ける選手がいる。その差はいったいなんだろう。田崎氏に話を聞いた――。

***

――『ドラガイ』では石井琢朗(88年、横浜大洋ホエールズ)、石毛博史(88年、読売ジャイアンツ)、亀山努(87年、阪神タイガース)、大野豊(76年、広島東洋カープ)、団野村(77年、ヤクルトスワローズ)、松沼博久・雅之(78年、西武ライオンズ)の7人の元ドラガイ選手を取材しました。

田崎 彼らはドラフトという"ふるい"から落ちた人間ではありますが、例えば、大野豊さんは江川卓さん、掛布雅之さん、達川光男さん、遠藤一彦さんら、ドラフトで指名された同級生の中で最も長く現役を続けることになりました。ドライチでも実力を発揮できずに短命に終わる選手もいれば、ドラガイでも一軍で長く活躍し続ける選手がいる。

元ドラガイの7人に話を聞きながら、その差はどこにあるのか、才能とは何か、早い段階で才能は見抜けるものなのか?と考え続けることになりました。

――その視点から、今年のドラフト会議をどのように見ていましたか?

田崎 高校生がタレント揃いで面白かったですが、やはり、弱冠18歳の野球選手としての才能をどこまで見抜けるかは疑問です。本書に出てくる団野村さんは現役引退後、エージェントとしてマック鈴木さんや野茂英雄さんらのMLB入団を実現させましたが、彼は選手を発掘する際、「甲子園の結果は参考にしない」のだそうです。

プロ野球ならば、年間143試合あり、シーズンを通して能力の査定ができる。しかし、甲子園は"一回負けたら終わり"のトーナメント。弱小チームがたまたま勝ち続けることもあれば、強豪校が運悪く負けることもある。各球団のスカウトは実に"精度の低いデータ"から選手の才能を見極めなければいけないわけです。注目する選手がいても、1回戦で敗退してしまえば、もうその才能を測れなくなることもある。誤解を恐れずにいえば、高校生ドラフトは"理不尽で残酷"。だからこそ惹きつけられるのですが......。

――今年、複数の球団からドライチ指名された大阪桐蔭の根尾選手や藤原選手、報徳学園の小園海斗選手は即戦力としての評価も高いですが、田崎さんは彼らをどう見ますか?

田崎 確かに彼らの才能は超高校級でしょう。ただ、その才能は今がピークなのかもしれませんし、実際のところ、どこまでノビシロがあるかを見極めるのは難しいと思います。

本書でインタビューした際、大野さんに『現代に18歳のときの大野豊がいたら、プロ野球選手として成功するかどうか見抜けますか?』と聞いたら、やはり「見抜けない」と。というのも彼は高校3年のとき県大会一回戦負けでしたし、胃腸が弱くて夏になるとどんどん身体が痩せていく体質もあった。そんな投手がのちにメジャーリーグからもオファーが届く広島の"レジェンド"になるなんて、誰にも想像できないと思います。

――各球団には有能なスカウトがいますが、その目を持ってしても見抜くのは難しいと?

田崎 スカウトの人たちは地方大会を含めていろんなところに足を運んでいるし、才能のある選手を吸い上げる目利き力と情報力には長けている。ただ、彼らも球団職員。視察先で"才能あり"と感じても、甲子園に出ていない選手を指名するのは怖いわけです。当てが外れれば自分の責任を問われることになってしまいますから。だから"甲子園で活躍した選手=アンパイな選手"が指名される一方で、傑出した才能の持ち主でも実績がないばかりに埋もれていく......そういう選手はけっこう多いと思います。

――高校生ドラフトはなんらかの制度改正が必要だと思われますか?

田崎 プロ予備軍と普通の部活の生徒が混在している、高校野球の枠組みの中では難しいとは思いますが、例えば、高校野球が大学野球のようにリーグ戦の形式だったら、選手はもっと実戦の経験が積めるし、もう少しフェアな形で長期的に選手を見ることができるようになるでしょう。スカウトはより精度の高いデータを得られ、一発勝負の中で埋もれてきた才能を浮かび上がらせることにもなるんじゃないかと思いますね。

――短命に終わるドライチ選手と、長く活躍し続けるドラガイ選手、その差はどこにあると思いますか?

田崎 それは一概には言えないでしょう。本書の中で取り上げている、石毛博史さんもドラガイで巨人に入団しました。高校時代は関東で5指に入る剛腕投手として名を馳せましたが、甲子園出場歴がなかったことと"曲がったままの右ひじ"が問題視されてドラフト指名されませんでした。ひじは中学時代の投げすぎが祟って損傷し、痛みはないけど真っ直ぐに伸びない状態になっていました。しかし、彼は入団後、93年に最優秀救援投手のタイトルを獲得するなど球界を代表するストッパーに上り詰めた。

当時の彼の武器はフォークのようにストンと落ちるスライダー。150kmの速球の後に投げ込むと面白いように三振が取れた。本人いわく、このスライダーは「ひじが曲がっていたからこそ回転が斜めに入り、ボールが縦に変化する」のだそう。逆をいえば真っ直ぐに伸びる正常なひじだったら投げられなかった球。その後の成功もなかったかもしれないと。

――つまり、自らの個性を生かせるかどうかということですか。

田崎 それもひとつ。加えて、人との出会いも重要でしょう。アンダースローで名を馳せ新人王にも輝いた松沼博久さん(西武)の場合は広岡達朗監督(当時)の存在がキーになりました。

広岡さんから、松沼さんはスナップの使い方を教わりました。広岡さんは野手出身でしたが、下投げがとてもうまかったんです。彼から教わったフォームで投げると、力まなくてもシュッというボールが行く。しかも肩の痛みが出ない。こうして松沼さんはドラガイでも長く活躍し続ける投手になることができました。

とはいえ、広岡さんが全ての選手にプラスになるわけではありません。ぼくは『球童 伊良部秀輝伝』という本を書いていますが、千葉ロッテマリーンズ時代、伊良部さんと広岡さんは激しく衝突しています。江夏豊さんもそうでした。相性はあります。

プロ野球の世界に入る人はみな、才能があるでしょう。でも、失敗や挫折という壁が立ちはだかったとき、才能だけでは乗り越えられない。壁を越えられるかどうかは、縁だったり運だったり人の助けだったり、あとは人の助言を聞く素直さだったり......いろんなものが噛み合ってくる。これはプロ野球の世界に限らずという話ではありますが、才能以上に"人との出会い"や"運"が人生を左右するということだと思います。

■『ドラガイ』 カンゼン 1700円+税

●田崎健太(たざき・けんた)
1968年生まれ、京都市出身。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社し、ノンフィクション作家に。著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』、『偶然完全 勝新太郎伝』、『球童 伊良部秀輝伝』、『ドライチ』、『真説・長州力 1951-2018』、『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』など多数