日本では地味なポジションとされていたGKのイメージを、川口はガラッと変えたと語るセルジオ越後氏

功労者がピッチを去る。元日本代表GK川口能活(かわぐち・よしかつ/43歳、J3相模原)が、25年間の現役生活にピリオドを打った。

彼のことは清水商高(現・清水桜が丘高)時代から見ているけど、当時から華があったよね。高校サッカーであれだけGKが注目されたのは初めてだったんじゃないかな。

強豪の横浜マ(現・横浜Fマ)でも入団2年目からレギュラーの座を確保。GKが前に飛び出すプレーは今でこそ当たり前だけど、当時はまだ異色。積極的なスタイルで、日本では地味なポジションとされていたGKのイメージをガラッと変えた。

印象に残っている試合はたくさんある。でも、最初にひとつ挙げるなら、やはり1996年アトランタ五輪のブラジル戦、いわゆる"マイアミの奇跡"だ。

僕も現地で見ていて本当に衝撃的だった。ブラジルにはリバウド、ベベット、ジュニーニョ、ロベルト・カルロスらトッププレーヤーがそろい、誰も日本が勝つとは思っていなかった。ところが、ブラジルがシュートを打てども打てども、川口が全部止める。スタジアムが異様な雰囲気に変わっていったことをよく覚えている。

もう1試合挙げたいのは、2004年アジア杯準々決勝のヨルダン戦。PK戦で神がかり的なセーブを連発した試合だ。僕はそのときも現地でテレビ中継の解説をしていて、日本が立て続けにPKを外したときは、正直「もう終わったな」と諦めた。でも、そこから川口が2本のシュートを止めるなどしてチームに勝利をもたらした。会場を埋めた中国人観客の大ブーイングをものともしない、すさまじい集中力を発揮した。あの場面は今思い出しても興奮するよ。

ただ、そうした華やかな試合の印象が強いけど、彼のキャリアは山あり谷あり、それも深い谷もあった。

特に海外挑戦では苦労した。GKはポジションがひとつで、チャンスをもらいにくい。言葉の問題もあり、海外で成功をつかむのは大変だ。しかも、身長180cmの川口は、欧州では小柄な部類に入ってしまう。当時の彼は髪の毛を立て、少しでも自分を大きく見せようとしていたよね。

ポーツマス(当時、英2部)時代に、彼に会いに行ったことがあるんだけど、試合に出ていないのにわざわざ来てくれて申し訳ないといった感じで、元気がなかった。寂しい港町でひとり悩み、苦しんでいるように見えた。

でも、そうした苦労、経験が彼を成長させたと思う。若い頃は、負けず嫌いの性格を表に出し、時には味方と言い合いになることもあった。でも、年齢を重ねるごとに精神面でもプレー面でも落ち着きを増していった。

現役最後の所属クラブとなった相模原は、クラブハウスもなければ自前の練習グラウンドもない。そんな環境でも「車だと時間が読めないから」と"電車通勤"するなど、どこか楽しんでいるようだったね。

W杯代表に4度選出された日本代表はもちろん、J2(岐阜)やJ3などあらゆる舞台、カテゴリーに挑戦し、結果を残してきた。こんなキャリアを歩んできた選手はなかなかいないし、称賛されるべきこと。引退会見に多くの報道陣が集まったのも、それだけ彼が愛され、尊敬されていた証拠だ。

今後は指導者の道に進むそうだけど、豊富な経験に基づいた指導で、日本のGKのレベルを引き上げてほしいね。

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