米国の老舗ボクシング誌『リングマガジン』の表紙を飾った井上尚弥。本場でも大きな注目を集める井上の「本当の凄さ」とは 米国の老舗ボクシング誌『リングマガジン』の表紙を飾った井上尚弥。本場でも大きな注目を集める井上の「本当の凄さ」とは

WBA世界バンタム級王者、井上尚弥が米国のボクシング専門誌『リングマガジン』最新号(2019年2月号)の表紙を飾っている。約100年の歴史を持つこの老舗雑誌の表紙に日本人選手が単独で起用されるのは史上初だという。

このことは、世界と日本のボクシングにおいてどんな意味を持つのか? そして、"モンスター"の異名をとる井上の本当の凄さとは? 元『ボクシング・マガジン』編集長で、ボクシングライターの原功氏が解説する――。

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1922年に創刊された『リングマガジン』(以下、『リング』誌)の表紙を、単独で日本人選手が飾ったのは初めてのことです。表紙は雑誌の顔ですから、どの選手を起用するかは売り上げにも大きく影響します。そのため、なじみの薄いアジアの選手よりも欧米や中南米の、それもミドル級以上の選手が起用されることがほとんどです。軽量級の東洋人である井上が表紙を飾るというのは、それだけで快挙と言えるでしょう。

その背景としては、インターネットによって米国のファンが日本などアジアの選手の試合映像に触れられるようになったこと、そしてマニー・パッキャオ(フィリピン)らの活躍により、アジアのボクシングマーケットが注目されるようになったことが挙げられます。

また、1952年に白井義男さんが日本人として初めて世界王座に就いて以来、女子も含めれば100人を超す世界王者が日本から生まれています。その歴史と照らし合わせてみても、井上の表紙起用は意義深いことだと思います。

『リング』誌は独自にチャンピオンを認定しており、王者にはベルトも与えられます。その評価基準は、ビジネスの論理は抜きにして、リング上での勝敗など選手の実力に重きを置くという理想的な形を堅守しています。

また、各階級で独自のランキングを発表しており、なかでも(体重差がないと仮定した上で全階級の選手を対象とする)「パウンド・フォー・パウンド」ランキングはこの雑誌が始めたものといわれています。ほかのメディアも独自のランキングを発表していますが、『リング』誌認定のパウンド・フォー・パウンドランキングがスタンダードなものとして最も信頼を置かれている。井上は現在6位で、もちろん日本人選手としては過去最上位です。

米国でも井上の存在は、一部のマニアが早い段階からネットで彼の試合を見て騒ぎ始めていましたが、その知名度を上げたのは2017年9月にカリフォルニア州で開催された、スーパーフライ級のトップ選手を集めた大会に出場したことです。現地のプロモーターからオファーを受けて渡米した井上は、世界ランカー相手に何もさせず、ボディブローでダウンを奪ったあと、戦意喪失させてTKO勝利。その強さを本場に知らしめました。

そして階級をバンタム級に上げた2018年は、5月にジェイミー・マクドネル(英国)、10月にファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)をそれぞれ112秒、70秒で粉砕し、世界を驚かせました。遡って2014年12月、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)を2回KOに沈めた試合も圧巻でした。あまりのパンチの強さに、試合直後、ナルバエス陣営が井上のグローブチェックを要求したほどです。オリンピックにも出たナルバエスは、井上と対戦した時点で世界戦を30戦以上も経験し、フライ級とスーパーフライ級でそれぞれ2桁防衛という偉業を持つ強豪でした。

ナルバエス、マクドネル、パヤノという世界的ビッグネームが井上の相手にならなかった。現在、ボクシングマスコミやファンの間では、井上の強さはどのレベルにあるのか、というのが興味の的になっています。もはや比較対象になるのは現役選手ではなく、歴代のスーパースター。そのなかでどのポジションに井上はいるのか、今はそれを探る段階にまで来ています。そういったことも含めて、『リング』誌は井上が表紙に値すると評価したのでしょう。

では、井上の本当の凄さはどこにあるのか。パンチ力、攻撃の引き出しの多さ、スピード、ディフェンスなどあらゆる面が優れていますが、一番大事にしているのは相手との「距離感」だと彼自身は言っています。

相手との距離感をつかむことは、ゴングが鳴って選手が最初にやる作業です。1970年代~80年代にかけて3階級制覇を果たしたニカラグアの名チャンピオン、アレクシス・アルゲリョはこのように言っています。「1Rは自分の調子をチェックする。2Rは相手を少し攻めて反応を見る。3Rで相手を呼びこんでどういうパンチを出してくるかチェックする。そして3Rまでの攻防を総合した上で、4Rから試合を作っていく」。12Rある世界戦の序盤では、そういった緻密な作業をしていくわけです。

これは試合の組み立て方の基本で、井上もこの作業を前提にしていますが、実際には1Rで試合を決めてしまっている。本来は数ラウンドかけて行なう作業を、30秒とか1分とか、異常なスピードでやっているということです。

私は何十年もボクシングを見てきましたが、これは本当に不思議なことです。仮に1分で相手の動きを読んだとしても、当然、その時点では相手は自分が持っているパンチの一部しか出していないわけですから。説明するのが私の仕事ですが、こればかりはうまく説明できない(笑)。察知能力というか、特殊な力を備えているとしか思えない。まさにボクシングをやるために生まれてきたような、それほど凄い選手です。

もっと長く試合が見たいという声もありますが、井上自身は「早く終わったほうがいい」と言っています。長期戦となれば、カットしたり、拳を痛めたりするリスクが高まるわけですから、35歳まで現役を続けたいと公言する彼にとっては、短期決着は非常に合理的と言えます。

現在、井上は、各団体のチャンピオンが参戦し最強を決めるという主旨のトーナメント「WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)」のベスト4に勝ちあがっており、2019年3月に準決勝、夏に決勝が予定されています。準決勝で当たるエマニュエル・ロドリゲス(プエルトリコ)、もうひとつの準決勝に出るノニト・ドネア(フィリピン)、ゾラニ・テテ(南アフリカ)の3人は間違いなくバンタム級のトップ選手ですが、井上は彼らのはるか上を行っていると思います。

天下無双の強さは、全盛期のマイク・タイソン(米国)のよう。彼に匹敵するライバルが出現すれば、井上尚弥のストーリーはもっと面白いものになると思いますね。(談)