昨季途中、Jリーグ鳥栖に電撃加入。超大物ストライカー、フェルナンド・トーレスを新シーズン開幕前のキャンプで直撃。爽やかな見た目どおりのナイスガイだった!
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■今季こそ本来のプレーが見られそう
那覇空港から海沿いを車で走って1時間ほど。読谷村(よみたんそん)陸上競技場に到着すると、周辺の駐車場は予想以上に混み合っていた。
この日は1月30日。2月1日から始まる中日ドラゴンズの沖縄キャンプを前に、注目の高卒ルーキー・根尾 昂(ねお・あきら)がこの辺りで自主トレを行なっているからだろうか――。そんな考えも浮かんだが、人々の目当ては野球ではなく、サッカーのスター選手だった。
「トーレス! トーレス!」
J1のサガン鳥栖が、J2のジェフユナイテッド市原・千葉と練習試合(45分×2本)を行なう競技場の観客席から、鳥栖のユニフォームを着た小さな女の子の声援が飛ぶ。その視線の先には、主将の腕章を巻き、チームの先頭で整列するフェルナンド・トーレスの姿があった。
観客席には、キャンプ中の練習試合とは思えないほどのファンが集まっていた。人数をざっと数えてみたが、400人は下らなかっただろう。
そんなファンが見守るなか、1試合目がスタート。沖縄の心地よい日差しが照りつけるピッチで、トーレスは序盤から意気揚々と駆け回った。3トップの中央に入り、相手の最終ラインの裏を狙ったり、少し下がってゲームの組み立てに参加したりと、鳥栖の攻撃にリズムを生み出す。すると12分、左からのクロスボールに鮮やかなボレーを合わせて先制点を挙げた。
その後も、34歳の元スペイン代表ストライカーは相手GKに猛然とプレスをかけるなど、守備でも軽快な動きを披露。新シーズンへ向けてモチベーションは高そうだ。
W杯、EURO(欧州選手権)、欧州チャンピオンズリーグと、至高のタイトルをすべて手にしてきた"スーパースター"が鳥栖にやって来たのは昨年7月。育成組織から過ごしたアトレティコ・マドリードでの2度目の契約を終え、次なる挑戦の場にJリーグを選んだ。
しかし、昨季はリーグ戦17試合の出場で3得点にとどまり、チームも14位でなんとかJ1残留にこぎ着けた。シーズン途中からの加入、監督交代など、トーレスが本来の力を出せなかった理由はいくつかある。だが、新シーズンには期待が持てそうだ。
鳥栖はこのオフ、ルイス・カレーラス・フェレール監督を招聘(しょうへい)し、新戦力に27歳のMFイサック・クエンカを獲得。両者ともバルセロナ出身のスペイン人だ。
現役時代、アトレティコ・マドリードでトーレスと共にプレーした経験がある新指揮官は、バルサ流のポゼッションを重視したサッカーをベースとしながらも、「フットボールも人生と同じで、バランスが大事」と、トーレスのスピードを生かすロングフィードも奨励しているようだった。
そしてクエンカは、バルセロナのファーストチームではあまり活躍できなかったが、昨季はイスラエルのクラブで国内リーグ優勝に貢献。この日は2試合目から出場し、トーレスとの共演はなかったものの、同僚のMF原川 力(はらかわ・りき)が「ドリブルの切り返しが深いし、斜に構えたボールの持ち方ができるからタイミングを計りやすい」と話したように、周囲の評価は上々だ。"同郷"のふたりの存在は、トーレスにとって心強いだろう。
■「少しだけ質問をしてもいいかな?」と直撃!
実は試合前、鳥栖の関係者には「今日はファンサービスもしないため、(トーレスの取材は)難しいかもしれません」と言われていた。しかし試合後、近くを通ったトーレスが会釈をしてくれたため、「少しだけ質問をしてもいいかな?」と英語で聞くと、「もちろん」と爽やかな笑顔で応じてくれた。
――今日は素晴らしいゴールを決めましたね。それ以外にも、あなたのプレーからは士気の高さが感じられました。
「まだプレシーズンだから、もちろんコンディションは万全ではないけど、日に日によくなっている。試合もたくさんやっているしね。今日の試合については、内容も結果もよかった。コンディションはひとつずつ積み上げているところさ」
――体制が変わり、初めて開幕から臨むことになるリーグ戦への期待は?
「今はチーム全体が新しいシステムと戦術に適応しているところ。監督の哲学もきちんと理解しなければならないから、とにかく今は集中することが大事なんだ。仲間も僕もすごく集中してトレーニングに励んでいるよ。たくさん走り込んでいるから、試合を戦うためのフィジカルの状態も上がっているはず。
今日は、その成果を少しは見せられたと思う。昨季とは違う戦い方で結果もついてきたし、ポジティブなことが多かったね。まだまだやることはたくさんあるけど、新しいスタイルに意欲的に取り組めている。今はとてもハッピーだよ」
3つ目の質問はチーム関係者に遮られてしまったため、「ありがとう、フェルナンド」と感謝を伝えると、「こちらこそ」とトーレスは言い、出口に向かった。
そして、競技場の壁には「ファンサービスはしません」という張り紙が張られているにもかかわらず、トーレス自ら出待ちをする大勢のファンのもとへ歩み寄り、サインや握手、写真撮影に応じた。
予定されていなかった"サプライズ"にファンたちからは歓声が上がり、あっという間に大きな人だかりの輪ができていった。それでもトーレスは疲れも見せずに丁寧に対応し、最後は軽く手を振ってバスに乗り込んだ。
実績、容姿、実力すべてを備えるストライカーは、メディアやファンにも寛大な"真のスーパースター"だった。