シンガポールを拠点にアジアの格闘技界を席捲する「ONE Championship」がいよいよ日本に上陸する

2000年代の格闘技ブームを牽引したK-1、PRIDEが消滅して以降、日本の格闘技界は長らく冷え込んでいたが、ここ数年は那須川天心(なすかわ・てんしん)、武尊(たける)、RENA(レーナ)ら新世代の活躍により復調の兆しにある。そんな中、南国シンガポールから"黒船"が来航する。

アジア最大の格闘技イベント「ONE Championship(ワン・チャンピオンシップ)」(以下、ONE)が日本に初上陸し、3月31日(日)、東京・両国国技館大会を開催するのだ。全16試合中7試合に、日本を代表する総合格闘家、青木真也ら日本人選手が登場し、タイトルマッチも4試合行なわれる。

格闘技ファンが歓喜する超大物も参戦。UFC世界フライ級王座を11度防衛したデメトリアス・ジョンソン(アメリカ)、日本のDREAMでもベルトを巻いた元UFC王者のエディ・アルバレス(アメリカ)、さらに魔裟斗の現役引退試合の相手を務めた元K-1世界王者のアンディ・サワー(オランダ)も登場するなど、同イベント史上最も豪華なラインナップと言われている。海外団体が初回から「大箱」で開催するわけだが、大会関係者の話ではチケットはほぼ完売状態だという。

果たして、ONEとはいかなる団体なのか? 再燃する日本の格闘技界にさらに燃料を投下する存在になりうるのか? その答えを探すため、2月22日に本拠地シンガポールで開催された大会「ONE:CALL TO GREATNESS」を取材した。

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大会3日前、ONEが運営しているアジア最大級の格闘技ジム「EVOLVE GYM(イヴォルブ・ジム)」で、出場選手たちによる公開ワークアウトが行なわれた。青木真也も所属するこのメガジムは、最新式のトレーニング設備を揃え、ムエタイや柔術など各競技の世界王者が指導する。格闘家にとっては最高の練習環境で、海外から出稽古に訪れる選手も多い。この日も団体エース級の日本人選手ら数名の姿が見られた。

公開ワークアウトで各国メディアの度肝を抜いた、デェダムロン・ソー・アミュアイシルチョーク(タイ)の強烈な蹴り

リングアナウンサーの軽快なトークと大音量のBGMをバックに、選手たちがリングでミット打ちやシャドーを披露。中国、フィリピン、マレーシア、ミャンマー、韓国などからもメディアが集まり、ひっきりなしにシャッターを切っていた。日本の格闘技イベントの公開練習と大きく違うのは選手との距離感だ。各国の記者は気軽に選手に近づき、肩に手をかけて記念撮影をする者もいる。まずは記者自身に選手やイベントを好きになってもらい、その熱をもって世界に伝えてもらうというのがONEのPR戦略のようだ。

翌日は、シンガポール中心地にある巨大な高層ツインタワー内にオフィスを構えるONE本部を見学。ガラス張りのミーティングルームの各所でパーカーやTシャツなどのラフな服装のスタッフが自由に仕事をしている。まるで、GoogleやAmazonなどのグローバルカンパニーを思わせる雰囲気で、これが格闘技団体を運営する企業なのかと驚いた。

ONEは、団体の最高経営責任者(CEO)チャトリ・シットヨートン氏が8年前に設立。日本人の母とタイ人の父を持つチャトリ氏は、米国ハーバード大大学院でMBA(経営学修士)を取得し、インターネット系企業の立ち上げやヘッジファンドでキャリアを築き上げた辣腕の経営者だ。3年前にシンガポール政府系の投資ファンドから約1億ドルの出資を受け、その翌年にはアメリカのトップベンチャーキャピタルから1億6600万ドルを調達し、ONEを急成長させた。チャトリ氏はPRIDEやK-1から多大なる影響を受け、自らキックボクサーとしてリングに上がった経験もあり、格闘技への愛情が深い。

豊富な資金力で拡大戦略を進め、日本市場も重視するチャトリ氏が、ONE日本法人のトップに任命したのが秦(はた)"アンディ"英之氏だ。秦氏は、少年時代からアメリカと日本を往復する生活をし、明治大学卒業後、ソニー株式会社に入社。ソニー在職時代には2010年のサッカーW杯の広告戦略に携わる。と同時にアメリカンフットボール選手として、名門アサヒビールシルバースターでリーグ優勝を経験しているトップアスリートでもあった。

筆者の質問に真摯に答えるONE日本法人代表の秦アンディ英之氏

チャトリ氏と秦氏がONEの大きな特徴として挙げるのが「武士道精神」と「透明性」だ。秦氏が熱く語る。

「格闘技業界のみならず、多くの人々が関係し循環していくシステムを構築するため、組織としての透明性を強めることが必要不可欠だと思っています。得るだけでなく、与える。使用するだけでなく、育てる。皆、一緒になってこの"場"を作る。"We are ONE"――それが私たちのスローガンです」

リング上では、さまざまな格闘技の試合を"1つ"の舞台で観ることができる。MMA(総合格闘技)、キックボクシング、ムエタイ、グラップリング、さらにボクシングまで、多様なルールの試合が混在し、通常MMAを行なうケージの中でオープンフィンガーグローブを着けてムエタイの試合を行なうという、ONE独自の試合形式も存在する。

ONEがシンガポールで急成長を遂げた理由は、豊富な資金力だけではないと思われる。この国ではバドミントンやサッカーが人気で、10ドル紙幣の絵柄になっているほどだ。格闘技では東南アジアの伝統武術「シラット」が盛んなようだが、日本の相撲や韓国のテコンドーのような「国技」と呼べる格闘技は存在しない。格闘技の知識が希薄だったからこそ、戦後の日本で力道山が一気に大スターになったように、シンガポールの人々にONEは新鮮に映り、新しいスポーツジャンルとして受け入れられたのだろう。

「武士道精神」と「透明性」を掲げるONEでは、UFCで見られるような、選手が対戦相手をSNS上で罵る"トラッシュトーク"はない。暴力性を排除したクリーンなスポーツとして、格闘技の新時代を築こうとしているのだ。

そして、2月22日の大会当日――「ONE:CALL TO GREATNESS」はシンガポール・インドアスタジアムで開催された。会場の入場ゲート付近に設置されたイベントスペースのステージ台でラウンドガールが音楽に合わせ踊っている様子は音楽フェスのような雰囲気だった。さらに、VIP専用の入場ゲート前にはレッドカーペットが敷かれ、リングサイドのVIP席の観客にはシャンパンが振る舞われていた。

選手の入場やラウンドガールの紹介などの演出は日本の格闘技イベントからの影響がうかがえた。前座では客席はまばらだったものの、本戦が始まる頃には約1万人の観客で埋まった。

2019年のONEラウンドガールは全員、韓国美女。シンガポールでもK-POPは大人気!

メインは女子アトム級ムエタイ王座決定戦。昨年7月のRIZINではRENA対浅倉カンナの対戦がメインカードだったが、ONEでも女子がメインを張っている。すでにキックボクシング部門でベルトを持つスタンプ・フェアテックス(タイ)がジャネット・トッド(アメリカ)を下し2冠王者になった。

スタンプは21歳にもかかわらず、その戦歴は80戦を超えている。タイには「女の子は女の子らしくしないといけない」という価値観が根強いというが、彼女は厳しいトレーニングを続けチャンピオンとなった。大会前の選手紹介映像の中で「タイの女性が優秀なアスリートであることを世界に証明したい」と語っていたが、翌日、ONEがFacebookに投稿したスタンプの記事には「いいね!」の数が1万を超えており、その反響の大きさと彼女の夢が早くも実現しつつあることに驚愕した。

タイの「ツヨカワクイーン」スタンプ・フェアテックス。本家「ツヨカワクイーン」RENAとの夢の対戦は実現するか!?

日本からは3選手がリングへ。"足関十段"の異名を持つ(ONEのリングアナウンサーにも"アシカンジュゥウウダァアーン"とコールされていた)今成正和がクウォン・ウォン・イル(韓国)を開始わずか53秒、ヒールホールドで一本勝ち。観客は何が起こったんだと言わんばかりの表情で、スクリーンに繰り返し流されるフィニッシュシーンを食い入るように見つめていた。大会前日、筆者のインタビューで「格闘技は"仕事"ですから」と答えた今成は、キッチリとその"仕事"を果たしたというわけだ。

那須川天心も参戦する日本のキックボクシング団体RISEのフェザー級王者、工藤政英は、ムエタイのスーパースター、ペッダム・ペッティンディーアカデミー(タイ)とキックボクシングルールで対戦。「相手はムエタイのスーパースターですが、打ち合って会場を盛り上げて勝ちたいと思います」と語っていた工藤だったが、惜しくもKO負けを喫した。しかし、ムエタイのトップ選手と真っ向から打ち合うその姿に会場から惜しみない拍手が上がった。

本大会で一番目立った日本人選手は女子の三浦彩佳だった。試合前のインタビューで「ONEは世界中の格闘技ファンが見ているアジア最大の舞台。必ず勝ちたい」と緊張気味に語っていた三浦は、対戦したラウラ・バリン(アルゼンチン)を柔道の投げから袈裟固めにとらえ、顔面へのパウンドからアームロックで秒殺勝利。三浦は喜びを爆発させリング上で大号泣した。その姿に感動したのか、会場からは大声援が沸き起こった。

観客の声援に手を振り笑顔でリングインする三浦彩佳

日本人選手に対する会場の反応を見ると、シンガポールのファンは日本の格闘技をリスペクトしていることがわかる。東京に行けなくとも、彼らはONEの専用アプリで無料観戦し、31日の両国大会を楽しむことだろう。

その両国大会に付けられたタイトルは「A NEW ERA」(新時代)。アジア格闘技界の新しい幕開けに相応しい全16試合は、そのどれもがメイン級の闘いだ。中でも、メインイベントのライト級世界タイトルマッチでは、王者のエドワード・フォラヤン(フィリピン)に青木真也が挑戦する。青木は長らく同王座を保持していたが、16年11月にフォラヤンに破れベルトを失った。昨年5月にラスール・ラキャエフ(ロシア)から見事な三角締めでの秒殺一本勝ちで完全復活をアピールし、今回のタイトル戦が実現した。格闘家としてキャリアのピークにある"バカサバイバー"がベルト奪還なるか、世界中の注目が集まる。

筆者が裏メインとして挙げたいのが、デメトリアス"マイティーマウス"ジョンソン(アメリカ)vs若松佑弥(日本)だ。UFC軽量級のパウンド・フォー・パウンドとして長らく世界の頂点に君臨してきた男が日本にやってくるのだ。現在、RIZINでエースを務める堀口恭司もUFC時代にこの男に敗れている。

「打・倒・極」全てにおいてパーフェクトな"マイティーマウス"のONEデビュー戦の相手に選ばれたのが若松だ。所属ジムは、かつてPRIDEの人気選手だった長南(ちょうなん)亮氏が主宰する常勝軍団「TRIBE TOKYO M.M.A」。無冠ではあるが、辛口の青木真也も若松の才能と強さを絶賛している。下馬評では圧倒的に不利だが、その名を一気に世界に知らしめる大チャンスだ。

アジアの混沌が"1つ"になったONEのリングでは今後、さまざまなルールや技術が混ざり合った、まったく新しい格闘技が誕生するかもしれない。3月31日、両国国技館――格闘技の"新時代"の幕が開けるか、要注目だ。

■「ONE:A NEW ERA-新時代-」 
3月31日(日)東京・両国国技館 14:30開場/15:30開演
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