「カラスが鳴かぬ日はあれどルメールが勝たない日はない」
競馬ファンからそんな声が聞こえてくるほどの快進撃が続いている。クリストフ・ルメール、39歳。JRA所属4年目にして頂点を極めた男が、その競馬哲学と知られざる素顔を明かす。
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「『プレイボーイ』? 日本のウイークリーのものは読んだことがないけど、フランスでも売っていたから知っています。(本誌をめくりながら)でも、女のコはこちらのほうがカワイイですね(笑)」
開口一番、笑顔で語ってくれたのは昨年、年間215勝を挙げ、それまで武豊騎手が保持していた212勝(05年)を更新したクリストフ・ルメール(39歳)。自身2度目の年間リーディングを獲得するとともに騎手部門のタイトルを総ナメ。獲得賞金総額は実に46億円を超えた。今やすっかり「日本競馬界の顔」ともいえる存在である。
──昨年は「不滅の記録」といわれた武豊騎手の年間最多勝記録を年末に更新。周囲の期待もあり、特に12月はプレッシャーも大きかったのでは?
ルメール(以下、ルメ) それが、去年についてはそうでもなかったんです。おととしにJRAではユタカさん(武豊騎手)しか達成していなかった年間200勝にあとひとつに迫ったときは、プレッシャーとストレスがものすごくて......。
結果的に届かなかったんですが、みんながその話を聞いてくるし、レースで負けると娘から「パパ、次は勝とう!」って言われるのが一番つらかったです(苦笑)。
みんなが応援してくれるのはありがたかったんですけど、うまく自分の気持ちをコントロールできなかったね。でも、その経験があったから、今回はプレッシャーにうまく対応できたと思います。
──昨年の開催最終日となる12月28日はタイ記録まであとひとつとなる211勝で、8つのレースに騎乗しました。
ルメ もちろん騎手としてベストを尽くすつもりでしたが、自分では「1勝してユタカさんに並ぶところまでかな」なんて予感もしていたんです。それが4勝もできたので、あの日は本当にうまくいったと思います。
でも、これでユタカさんに並んだ、超えたとはまったく思っていません。僕にとってのユタカさんは「神」そのものだし、リスペクトする対象であることに変わりありません。
──翌日の29日も大井競馬場で騎乗と本当にお忙しかったですが、ちゃんとリフレッシュはできていますか?
ルメ 今年、お正月の最初の週はお休みをもらって、家族でバリ島に行ってました。バリにいる間は、あらかじめ「絶対に連絡しないで」ってみんなに言っておいたので、すっかり競馬のことを忘れてリフレッシュできました。
──その週はデムーロ騎手もお休みされていましたが、JRAはすんなり休ませてくれるものなのですか? 怒られませんでした?
ルメ きちんと手続きを踏んで休ませてもらったので大丈夫ですよ。
──復帰した初日(1月12日)は7戦して珍しく0勝でしたが、リフレッシュしすぎたのですか?
ルメ どうかなぁ(苦笑)。もちろんそんなつもりはないけど、とにかく秋はずっとGⅠが続いていたでしょ。レースごとに気持ちを切り替えるようにしていても、やっぱり少しずつストレスはたまります。だから、こういうバケーションは必要です。
──日本ではJRAのレースは基本、週末だけですが、フランスでは毎日どこかで開催される。そう考えると向こうのほうが大変ですか?
ルメ 確かにそうですね。朝、調教に乗って、すぐに競馬場に移動して夜に帰る。それで翌朝はまた調教に乗って、その日の競馬場まで5時間ぐらいかけて移動するときもありますし、一日にふたつの競馬場をハシゴすることもある。
それと比べれば、日本ではオンオフのメリハリがつくし、若い頃にはできなかったセラピストのケアを受けることもできます。体のメンテナンスもできるので、僕は今年40歳ですが、20歳そこそこの頃よりも頑張れている気がします。
でも、競馬に乗ることは毎日ではないですけど、こうして取材とかもあるので毎日、競馬漬けではありますね。
■競馬ファン必読ルメールの"買い時"は?
昨年はJRA新記録となるGⅠ年間8勝を達成。なかでも3冠牝馬アーモンドアイの走りはジャパンカップでの世界レコード(2分20秒6)をはじめとして衝撃を与えた。昨年のGⅠでのベストライド、ワーストライドを振り返るとともに、馬券ファン必読の「ルメール騎手の買い時」を自己分析してもらった。
──アーモンドアイやレイデオロのように、ルメール騎手はGIレースでもほとんどの場合、上位人気馬に騎乗されます。プレッシャーを感じることはありますか?
ルメ 先ほど、自分の記録達成のプレッシャーの話をしましたが、例えばアーモンドアイで挑んだジャパンカップなどは、これとは比較にならないほどプレッシャーは大きいです。自分の記録は達成できなくても自分だけしか困りませんが、競走馬はそうはいきません。しかもあれだけの名馬ですからね。
──とはいえジャパンカップでは「レースの途中から楽しんで乗っていた」とレース後にコメントされていました。
ルメ そうなんです。僕は馬が走りだしたらプレッシャーはいったん忘れられるタイプなんですが、むしろアーモンドアイのほうがものすごく気分よく、リラックスして走っていたんです。だから「この馬はいったい、どんな勝ち方をしちゃうんだろう?」と、乗っている僕も楽しくなってきちゃったんですよ(笑)。
──あのレースは前半1000mが1分を切って、その後もペースはまったく落ちませんでした。ルメール騎手は普段からペース判断に関して、どのようなことを大事にされているのでしょうか?
ルメ 大事なのはそれぞれの馬に適したリズムであるか、ということです。その上で私自身の経験に基づいて、その馬がどのくらいのスピードで走っているかを頭の中で計算してペース判断しています。
去年のジャパンカップでは逃げたキセキのペースは確かに速かったですが、アーモンドアイにとっては決して速いものとは思いませんでした。だから「どんな勝ちっぷりをするんだろう」と思えてしまったんです。
──芝2400mの世界レコードも樹立しましたし、このレースがルメール騎手にとっての昨年のベストライドになりますか?
ルメ うーん、印象的だったという意味では、そのひとつ前の秋華賞のほうですね。
──秋華賞は余裕十分に大外を回って楽勝したように見えましたが、そうではなかったと。
ルメ はい。実はあのとき、道中でどんどんほかの馬に前に入られてしまって、4コーナーでは逃げていた馬(ミッキーチャーム)が、ものすごく遠くに見えたんですよ。「どうしよう、これはマズい......」と内心、かなり焦っていました。
とはいえ自分の気持ちが焦っても無理には動けないですから、もう馬を信じるだけですよね。そうしたら直線でゴボウ抜きしてあっさり勝っちゃうんですから、「アーモンドアイ、半端ねえ」って思いました(笑)。
──ルメール騎手にはもう一頭、レイデオロというお手馬もいます。アーモンドアイがレイデオロと同じレースに出るとしたら、どちらに乗りたいですか?
ルメ うーん、どっちにも乗りたいし、どっちにも乗りたくない(笑)。体がふたつあれば両方に乗れるけど、どちらかは負けちゃうわけでしょう? それなら見る側で楽しみたいけど......うーん(苦笑)。
──先ほど昨年のベストライドを伺いましたが、逆に昨年のご自身の「最悪の騎乗」と聞かれて思い浮かぶものはありますか?
ルメ それはもう、タワーオブロンドンに騎乗したNHKマイルカップです。普段からレースでは100パーセント完璧にフィニッシュできることなんてほとんどありませんが、あのレースは直線で行くところ行くところ進路がなくて、もう最悪でした。自分でもヘタクソだったと思います。
──馬券を買うファンからするとルメール騎手は頼りになる半面、騎乗馬は常に人気ですから配当的にはあまり"おいしくない"ジョッキーといえるかもしれません。ご自身ではどんなときが「買い」だと思いますか?
ルメ それは考えたことないですね(笑)。うーん、例えばですが、前のレースで僕が初めて乗って3着とか4着に負けている馬に続けて乗ったときはオススメですね。特に若い馬ならなおさらです。きっと人気も少しは落ちているでしょうし、続けて乗るからには僕ももっと上の着順にできると思っているはずなので。
──なるほど、参考にさせていただきます。ところでルメール騎手は地方競馬や海外などで実際に馬券を買ったりしたことはあるんですか?
ルメ ありますよ! 皆さんのように競馬新聞を入念に研究するようなことはないですけど、外国ではレストランで食事をしながら競馬を楽しめるところもありますので。
──そんなときは何を手がかりに馬券を買われるんですか?
ルメ 僕は返し馬での騎手と馬とのコミュニケーションを見て買います。これが、そこそこ当たるんですよ。競馬新聞はほとんど読みません。だって読んでも全然わからないのでね(笑)。
★後編⇒日本の馬のレベルが高いことは世界的にも証明済みと語るクリストフ・ルメール「アーモンドアイは凱旋門賞を勝てる馬だと思います」
●クリストフ・ルメール
1979年5月20日生まれ、フランス出身。99年にフランスでデビューし、これまでに数多くの欧州のビッグレースを制覇。日本では2002年に短期免許で初騎乗。15年には日本の通年免許を取得してJRAの所属となり、17年には外国人騎手として史上初のJRA全国リーディングジョッキーとなった