エリート選手の大半に支持されたズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット。高額(税込2万8080円)ながらも常に品薄状態。市民ランナーの間でも廉価版(ズーム フライ フライニット・税込1万7280円)がバカ売れ。それまでの「速く走るなら薄底」という常識を覆した

■上位5人はいずれもナイキの厚底を着用

過去最多の約3万8000人が駆け抜けた今年の東京マラソン(3月3日)。日本記録保持者の大迫傑(すぐる/ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が29km付近で途中棄権するなど期待の日本勢は冷たい雨に苦戦したが、初マラソンの堀尾謙介(中央大学)が日本人トップの5位入賞。テレビ中継は平均19.0%の高視聴率をたたき出した。

そんなレース展開とともに、ランナーが履くシューズに注目した人も多いだろう。今大会では、一昨年に"常識"破りの"厚底"シューズを投入して以来、マラソン界を席巻しているナイキと、他メーカーの差がさらに拡大した。

まず、上位5人がいずれもナイキの厚底シューズを着用。2時間4分48秒の好タイムで優勝したビルハヌ・レゲセ(エチオピア)をはじめ、5位に入賞した堀尾も現行の最新モデル「ズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット(以下、ヴェイパー)」を履いていた(4位に入った日本薬科大学のサイモン・カリウキのみ2017年7月発売の「ズーム ヴェイパーフライ 4%」で出場)。

また、第1ペースメーカーのケニア人3名、第2ペースメーカーの鎧坂(よろいざか)哲哉と村山紘太(共に旭化成)もヴェイパーを着用。日本勢では5位の堀尾以外にも、7位の藤川拓也(中国電力)、9位の髙久(たかく)龍(ヤクルト)も同シューズを履いてトップ10入り。

さらには、レース中盤まで先頭集団でレースを進めた大迫、中村匠吾(富士通)、佐藤悠基(日清食品グループ)もヴェイパーで出走した。

ナイキ契約ランナーである中村は、過去2回のマラソンには"薄底タイプ"で出場。ところが今大会では「ポイント練習をした翌日の疲労度が少なくなってきたので、プラスになってくるはず」と厚底に変更。

また、佐藤は日本メーカーのミズノと契約していたはずだが、「大切なのは結果を残すこと。自分の状態を見て、自信を持って臨めるシューズを選びたい」と、昨秋のベルリンマラソンに続いてナイキの厚底をチョイスしている。

そのようにして猛威を振るうナイキに対し、唯一、健闘したといえるのは同じく米国のニューバランスだ。

今井正人(トヨタ自動車九州)が6位、神野大地(セルソース)が8位に入り、共に東京五輪のマラソン代表決定戦、マラソングランドチャンピオンシップ(今年9月15日開催)の出場権を手にした。

それ以外の日本メーカー、アシックスとミズノは上位に顔を出すことすらできず、厳しい現実を突きつけられた。

■日本メーカー以外にアディダスも苦戦

東京マラソンのメジャーパートナーを務めているアシックスは、主力のランニングシューズの販売不振も響き、2018年12月期連結決算が純損益で203億円の大赤字。苦しい現状を打開するため、東京マラソンに合わせて、厚底の新シューズ「メタライド」を発売し、話題を呼んでいる。

メタライドの価格は税込2万9160円。価格面でも常識破りの高値であるナイキのヴェイパー(税込2万8080円)を上回る。ただ、重量はヴェイパーの約1.5倍で、実業団などのトップ選手がレースで履くモデルではないようだ。東京マラソンの会場で試し履きや販売も行なっていたが、今後どれだけ市民ランナーの心をつかめるかは未知数。

しかし、アシックスにはわずかな希望もある。"広告塔"を務めているのは、昨夏のアジア大会で日本勢32年ぶりの金メダルを獲得した、井上大仁(ひろと/MHPS)。また、自費購入とはいえ、公務員ランナーの川内優輝(埼玉県庁)が履いているのも同メーカーの別注シューズだ。

昨年までアシックスを履いていた一色恭志(いっしき・ただし/GMOアスリーツ)は、今年から"元祖厚底"のホカ オネオネという新興メーカーに履き替えてしまったが、井上、川内が注目レースでアピールできるチャンスもある。

一方のミズノは、頼みの綱だった佐藤に振り向いてもらえないうちは、厳しい状況が続くだろう。

有力選手の"流出"でいうと、ナイキのライバルであるアディダスも苦しい。

かつて高橋尚子や野口みずきらのシューズを手がけた"伝説のシューズ職人"三村仁司氏がニューバランスに移ったこともあり、同氏が別注シューズを手がけていた選手もニューバランスに履き替えている。今井、神野がその例だ。

一方、攻勢を強めるナイキは、東京マラソンの翌日に3Dプリンターでアッパー(足の甲を覆う靴の素材)を形成した「ズーム ヴェイパーフライ エリート フライプリント」を限定販売した。

販売価格はなんと税込8万1000円。しかも購入条件が、【過去2年以内のレースで、「フルマラソン3時間0分0秒以内」(男性の場合)のタイムを持っていること】【発売当日の朝7時半~8時半にナイキ原宿店で応募受け付けをする】という厳しいものだったが、店頭には100人以上が並んだ。

そして、持ちタイムの速い順から優先購入権が付与される形で、「限定31足」が即日完売。同権利を取得した者の中には、東京マラソンを走ったばかりの佐藤ら実業団ランナーの名前も複数あり、関係者を驚かせた。

こうしたトップ選手によるナイキの"厚底支持率"上昇は、当然ながら市民ランナーのシューズ選択にも大きく影響を及ぼす。ヴェイパーとその廉価版モデル(ズーム フライ フライニット)を履く市民ランナーの数は、日を追うごとに増えている印象だ。

ナイキ独占が進むなか、今後、他メーカーは巻き返せるのか。東京五輪を前に、日本のランニングシューズ市場は大きく揺れている。