ソフトバンクと電撃契約したスチュワートは、長身から投げ下ろす速球と縦に割れるカーブが武器で、昨年のドラフトでも注目選手のひとりだった

アメリカ屈指の"金の卵"の決断が注目を集めている。

5月25日、福岡ソフトバンクホークスが、東フロリダ州立短大のカーター・スチュワート・Jr.投手と契約したと発表。契約金は推定6年700万ドル(約7億7000万円)で、6月上旬には入団記者会見を開く予定になっている。

彼は単なる"助っ人外国人"ではない。身長198cm、体重91kgと体格に恵まれた19歳は、160キロ近い速球と大きなカーブが武器の本格派右腕。高校3年時に61回3分の2で128奪三振をマークして注目され、去年のMLBドラフトではアトランタ・ブレーブスから1巡目全体8位で指名を受けた逸材なのだ。

しかし、ドラフト後の身体検査でスチュワートの手首に異常が見つかり、契約金の提示額が急降下。スチュワートとブレーブスは昨年7月上旬の期限までに入団交渉で合意できなかった。それでも、今年のMLBドラフトで再び1巡目、2巡目での指名が確実とみられていた。にもかかわらず、なぜソフトバンク入りを選んだのか。

「ソフトバンクの選手育成、施設などに好感を抱いた」ともいわれているが、最大の理由はやはり"カネ"だろう。ソフトバンクがプロでの実績がないスチュワートに提示した年俸総額は、ブレーブスが提示した契約金(約200万ドル)の3倍以上だ。

さらに、プロ入り後の年俸について、アメリカのスポーツ専門チャンネル『ESPN.com』のジェフ・パッサン記者は、「アメリカでのプレーを選んだ場合、スチュワートが向こう6年で手に入れられるのは400万ドル程度だろう」と指摘する。

アメリカでのキャリアをスタートさせてから数年間は"マイナー暮らし"になる可能性が高い。MLBに上がっても、球団との年俸の交渉を行なえる「年俸調停権」を勝ち取るにはMLBで3年の実績が必要。それまでは最低保障額(今季は55万5000ドル。日本円で約6100万円)の年俸しか得られない。

その具体的な数字について、プロスペクト評価に定評がある『ベースボール アメリカ』誌のJ・J・クーパー編集長は、スチュワートがアメリカで契約した場合の「向こう6年の条件」を、自身のSNS上で次のように試算している。

1年目:今年度ドラフトで2巡目前半で再指名されたとして、契約金200万ドル+月給3500ドル

2年目:マイナーの「ローA」で月給6500ドル

3年目:マイナーの「ハイA」か2Aで月給8100ドル

4年目:マイナーの2Aか3Aで月給1万ドル

5年目:MLBで年俸57万5000ドル

6年目:MLBで年俸60万ドル

MLBの最低保障額は年を追うごとに増加しており、スチュワートのマイナーでの成長のスピードによっても多少のズレは出るだろう。しかしやはり、アメリカでプロ入りを選んだ場合の最初の6年で受け取る総額は、300万~400万ドルくらいになりそうだ。

昨年のドラフトでほかの選手たちと肩を組むスチュワート(左から2番目)。しかしブレーブスとの契約は合意に至らず、大学に進学した

さらに、金銭面以外の"うまみ"について、前出のパッサン記者は「(アメリカで契約した場合は)28歳になる2027年までFA権は得られないが、日本ではそれより3年早く権利を獲得できる」と説明する。

ソフトバンクでは何が起きても6年で700万ドルが手に入るだけでなく、FAになる期日も早まるというのだから、"一挙両得"である。

MLBのマイナーで下積みをする代わりに、日本のプロ野球界で経験を積み、準備が整ったところでFAでアメリカに戻るというのが青写真。スチュワートと契約を結ぶ"名物代理人"のスコット・ボラスは、ソフトバンクとの契約満了後に25歳でメジャー入りさせる考えだという。

そういった考えをどう受け取るかは人それぞれだろうが、気になるのは「今回のような契約が新たなトレンドになるかどうか」だ。

自由競争を求めるボラスのような代理人は、現行のドラフトシステムを嫌い、日本野球を"利用する"ことを以前から画策していたといわれている。それでも、これまで日本のプロ野球でキャリアをスタートさせようとしたルーキーがいなかったのは、リスクが大きかったからだ。

10代、20代前半の若者たちにとって、文化や生活環境がガラッと変わることへの対応が難しい。ホームシックにかかることもあるだろうし、練習方法の違いなどによる故障のリスクもある。

過去には、田澤純一(現シカゴ・カブス)が日本の社会人野球から直接MLBと契約する例もあったが、今後は逆も増えるか

特に有望株と目される多くの選手にとっては、メジャーリーグこそが唯一無二の夢。手っ取り早く大金を得られても、日本に行くことを"回り道"と考えていても不思議はない。現状では、ドラフトの前後に大きく市場価値が下落したスチュワートは"例外"なのだろう。

ただ、パッサン記者はこうも記している。

「スチュワートが成功すれば変わるかもしれない。金銭面での恩恵が大きいだけでなく、日本ではマーケティング面で利益を得る機会もアメリカ以上に大きい。ほかのアマチュア選手が追随するか、あるいは(MLBの)ドラフトルールをより選手側に有利な方向に見直させるために、今後も日本が利用される可能性はある」

今も昔も"成功者に追随する"のは世の常。スチュワートが一定以上の成功を収めた場合、後に続こうとする者は確実に出てくるはずだ。そのとき、米球界がどう反応するのか。ソフトバンクの新戦力には、非常に大きなものが委ねられている。