2011年FIFA女子W杯で優勝し、続く15年大会では準優勝。12年のロンドン五輪では銀メダルを獲得――。"なでしこジャパン"は一大ブームを巻き起こした。しかし、当然のごとく出場権を獲得すると思われていた、16年のリオデジャネイロ五輪アジア予選でまさかの敗退。これを境に、国内での女子サッカーへの関心は一気に下落した。
アジア予選敗退のショックが尾を引くなかで、現在の高倉麻子監督が新指揮官に就任。自らも長く日本代表として活躍した高倉監督が、失意の選手たちに向けて示した目標は、「19年にフランスで開幕するW杯での世界一奪還」だった。その大会が、現地時間6月7日に幕を開けた。
この3年間で高倉監督は、約20年ぶりともいえる世代交代を敢行した。新生なでしこジャパンの門戸は大きく開かれ、ベテラン勢や世代別の代表経験者はもちろん、無名でも監督の興味を引く"一芸"がある選手が集められた。
それまでの日本代表は、多くの選手に明確な役割が与えられ、それを忠実にこなすことが求められてきた。しかし高倉監督は、攻守でその概念を崩すことに着手した。
「私たちができることは情報と手段を伝えることだけ。ピッチに立てば状況に応じて取捨選択を自分でやらなければいけない。試合中にベンチからできることなんて限られているんです」
そんな指揮官の思いとは裏腹に、選手たちは困惑していた。どこまで選手の意見を通すべきか図りかねていたからだ。その状況を打開するヒントとなった選手が、長谷川 唯(日テレ・ベレーザ)だった。
現在22歳の長谷川は、14年のU-17女子W杯で高倉監督と共に世界一を獲(と)った"秘蔵っ子"。彼女のスタート位置は左サイドハーフであることが多いが、特に攻撃の際、彼女はその位置にとどまることはない。中央でボールをさばくこともあれば、時には逆サイドまで顔を出し、最前線でゴールに絡むことも。当然、長谷川が持ち場を離れれば、そこをカバーする選手が必要になる。互いの信頼関係なくしては成立しない。
しかし変幻自在な長谷川から好機が生まれることがわかると、周りは彼女の特性を生かそうと考え始めた。必然的に全員がポジションを変えながら連動する道を探り、今では誰もが、持ち場を離れてトライすることで生まれるリスクとリターンを心得ている。
「ここまで行って大丈夫かなって思うこともありますけど、怒られないってことはいいのかって思って(笑)」
そう語るように、初招集当初は長谷川自身もどうプレーすべきか様子をうかがっていたが、世代別の代表活動を高倉監督の下でスタートさせた長谷川たちの世代の特権は、指揮官をすでに把握していること。初めて高倉監督に触れるベテラン選手よりも、"高倉歴"は上。始動から妙な逆転現象がこのチームにはあったのだ。
ゆえに、若手が萎縮してしまう図はこのチームに当てはまらず、世代交代に必要な"メンタル面での融合"という点は早々にクリアしていた。
高倉監督が最も時間を割いたのは、自主性を重んじた攻撃だ。長谷川を筆頭に、右サイドバックの清水梨紗(日テレ・ベレーザ)の攻撃参加や、昨年のU-20女子W杯優勝メンバーで最年少(19歳)の遠藤 純(日テレ・ベレーザ)の前線への絡みは見応え十分。さらに、"パワーヒッター"の横山久美(AC長野パルセイロL)の決定力にも期待は高まる。タイプの異なる選手によって繰り出される攻撃は緻密であり、時にダイナミックでもある。
ただ、不安材料もある。なでしこの心臓部はやはりボランチだが、柱である阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)がケガで長期離脱してから約1年。最終メンバーには選ばれたものの、ベストコンディションとは言い難い。
その穴を埋めるべく起用されたのが杉田妃和(INAC神戸 レオネッサ)だ。彼女も長谷川と同世代でU-17を制したメンバーで、国際経験は浅いが、接触必須の中盤で見せる柔軟なプレーには定評がある。杉田がフィットすれば、攻撃はさらに深みが増すはずだ。
「相手も対策が立てられない攻撃力は、W杯でも保ち続けてほしい」と、若い攻撃陣に信頼を寄せるのは、11年の優勝を経験している31歳の鮫島 彩(INAC神戸 レオネッサ)。そういう彼女も、左サイドバックとして絶妙なタイミングで前線に攻め上がるスキルはチーム随一だ。攻守に関わる鮫島だからこそ、「攻撃をもり立てるためには、どこに追い込むのかといった、さらに踏み込んだ守備が必要」と語る。
グループDの日本(FIFAランキング7位)は、アルゼンチン(同37位)、スコットランド(同20位)、イングランド(同3位)と対戦する。確実に勝利を得たいアルゼンチンとの初戦は、3位通過(6つのグループの3位のうち、成績上位4チームが通過)も考慮すれば、より大量得点での勝利が望ましい。
そしてカギとなるのは第2戦のスコットランド戦。過去の対戦成績は日本の2勝だが、最後のイングランド戦を前になんとしても勝ち点3を積んでおきたい。得失点勝負となれば、鮫島の指摘どおり失点を最低限にする守備力が不可欠だ。
結果が出てしまったら言い訳はできない。今大会の結果いかんで、女子サッカーをめぐる状況はさらに悪化する可能性もある。チャレンジと苦悩の連続で歩んできた3年間は間違っていなかったのか。自分たちは成長できているのか――。選手たちが自問自答し、探し続けてきたその答えはフランスの地にある。