中日ドラゴンズの応援歌『サウスポー』の歌詞の「お前」という言葉を与田剛監督が問題視し、結果、応援団が歌の使用を自粛。監督は「知らないところでドンドン話が膨らんでいって、悪い方向になる」と困惑気味。
タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。
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中日ドラゴンズの応援歌の歌詞問題。与田剛監督が応援歌の「お前が打たなきゃ誰が打つ」の「お前」は子供の教育上良くないので選手の名前にしてはどうかと言ったことから、公式応援団が歌を自粛。それが話題となってメディアでも取り上げられました。当の与田監督は騒ぎが大きくなって面食らっているようです。
先日、私が日本テレビの『スッキリ』に出演したときにもこの話になりました。そこでも話したのですが、言葉は用いる場面や相手との関係、そして相手の受け止め方によっても意味が変わるのだと知ることが大事なのです。つまりは「お前」を自粛したところでなんの学びにもならないのですね。もちろん、あからさまな差別表現や暴言は別問題ですが。
こうして「お前」が話題になったのをきっかけに、その幅広い意味を子供に話してあげてほしいです。友達同士の親愛の表現や仲間への励ましとしても使われる一方で、相手との距離を間違えると、なれなれしく高圧的な印象を与えたり、失礼に当たる言葉でもあると。
嫌われる典型的な例が、同僚や上司からのなれなれしいオマエ。たまたま再会した元職場の知り合いが久々に会ったときに「小島あ、オマエ元気にしてた?」とかいうやつです。「何年たっても俺はオマエの先輩だからな。立場は変わっても、ちゃんと後輩らしくしろよ」という圧を感じます。
恋人から言われるのもいやという女性は私も含めけっこういます。リスペクトされていない感じがするし上下関係を感じるからですね。
もうひとつ引っかかるのが、与田監督に命じられたわけではないのに応援歌を自粛した公式応援団の判断。与田さんも戸惑っているということは、十分な話し合いを経てのことではなく、監督の意を汲(く)んで先回りしたのでしょうか。とにかく波風立てないことを優先したばかりに逆に悪目立ちしてしまいました。
応援歌の目的はまさに選手の応援。ファンにとっても愛着のある応援歌のようだし、選手がやりづらいと思っているなら改善したほうがいいけど、監督の意向を汲むなら工夫をするなど、ちょっとめんどくさいけど手間をかけて残す方向で検討したらよかったのでは?
それこそ子供の教育でも、ダメ出しされたら謝ってやり過ごせというのは本人のためになりません。理不尽な目に遭っても泣き寝入りすることになります。逆にせっかくのチャンスをもらっても挑戦せずに終わってしまいます。
選挙の季節に野球の応援歌で議論しているのものどかすぎる風景だけど、文脈よりも言葉ヅラに気を取られるとか、良かれと思って忖度(そんたく)する態度とか、けっこう日本社会の深部が覗(のぞ)く一件でもあります。野球に全然詳しくない私も、今回はちょっと熱くなりました。
●小島慶子(こじま・けいこ)
タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)が好評発売中