会うたびに遠慮して写真をお願いできず、クリアファイルで疑似ツーショット 会うたびに遠慮して写真をお願いできず、クリアファイルで疑似ツーショット
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、相撲ファンの彼女が引退した安美錦(あみにしき)について語る。

* * *

先日、大相撲の安美錦関が引退を発表しました。私にとって特に思い入れが強い力士なので、心から「お疲れさまでした」と言いたいです。「本当にやりきった!」という感じですね。

引退時は40歳で関取最年長だった安美錦。関取在位117場所という数字は、元大関・魁皇に並ぶ歴代1位の記録です。「若い頃に右膝を痛めなければ......」と言われ続けていましたが、そのケガを抱えてこれだけ長く現役を続けたことは本当にすごいことです。

3年前にはアキレス腱(けん)断裂という重傷も負い、十両に陥落したものの、昨年に再入幕を果たして三賞も獲(と)った活躍ぶりには誰もが驚いたと思います。ちなみに、39歳での再入幕も、昭和以降の最年長記録です。

これだけの結果を残しているので、最近では年齢や記録ばかりが取り沙汰されますが、"業師(わざし)"としてもすごい力士でした。相手の心理の裏をつくような洗練された取り口、そして決まり手の多彩さは、まるで"魔術師"のようでいつもワクワクさせられました。

私はすべての力士を応援したいと思っているんですが、あえてひとり挙げるとするならば、安美錦のファンです。私が相撲を見始めた頃、その面白さや奥深さを教えてくれた力士のひとりでした。

最初に強く印象に残ったのは2005年九月場所の朝青龍戦。負けた朝青龍が、思わず「あちゃー」という顔を浮かべてしまったくらい、いろんな技を繰り出した上での鮮やかな勝利でした。

安美錦は貴乃花や武蔵丸、白鵬、鶴竜らからも金星を挙げている"横綱キラー"なんですが、忘れられないのが15年五月場所の白鵬戦。取組の終盤で右が入った瞬間に肩すかしで横綱の体勢を崩し、すかさず左出し投げを打って一度は後ろを取るところまでいったんですが、最後は敗れてしまいました。そして取組後のインタビューで、珍しく涙を浮かべたんです。

実はこの直前、15年にわたって安美錦を支えた付け人が引退していました。「自分が"安美"で向こうが"錦"」というくらい二人三脚で歩んできた彼に金星をささげるため、一緒に考えた策をこれでもかと繰り出した末の敗戦がよほど悔しかったんですね。いつもは冷静でひょうひょうとしている分、彼が涙を流す姿には心を揺さぶられました。

また、運命的なストーリーを感じたのが17年五月場所の貴源治戦。貴源治は元貴乃花親方の愛弟子(まなでし)ですが、その貴乃花が現役引退を決めた最後の一戦の相手が安美錦だったんです。

かつて"平成の大横綱"に引導を渡した安美錦が、その愛弟子と対戦する。しかも、片やアキレス腱断裂から復帰した38歳、片や20歳の伸び盛りの若手という対照的な立ち位置です。

安美錦はこの取組に勝ち越しがかかっていたこともあり、私も「今日はどんな技を見せるのかな。もしかしたら変化してもおかしくないかも」と思っていたんですが......。なんと、立ち会いから真っすぐにぶつかっていって、真っ向勝負で勝利を収めたんです。まさかの戦略に興奮しました。

次回は、そんな安美錦の引退の裏にあったとってもいい話や、ユーモアのある人柄を紹介します。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。現在、モデルとして活動するほか、J-WAVE『TRUME TIME AND TIDE』(毎週土曜21時~)などにレギュラー出演中。安美錦の引退のニュースを聞いた直後の5分間の記憶がない

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!