サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第109回。
現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。
今回のテーマは、タイ代表監督の西野朗について。日本代表と同様に、今年の9月からW杯アジア2次予選を戦うタイ代表。そんなタイ代表の監督に就任した西野朗氏の手腕に、宮澤ミシェルは大きな期待を寄せているという。
*****
W杯アジア2次予選が9月5日からスタートだよ。ついこの間、W杯ロシア大会が終わったばかりの気がしていたけど、もう1年以上も経つなんて、あっという間だな。
アジア2次予選は、40カ国を5チームずつの8グループに振り分けて、各チームがホーム&アウェーで8試合ずつを来年6月9日まで戦う。各組1位の8チームと、2位になった8チームのうち成績上位4チームが最終ラウンドに進出する。
ミャンマー、モンゴル、タジキスタン、キルギスと同グループを戦う日本代表は間違いなく突破するだろうね。相手と実力差は大きいからこそ、森保監督がどういう選手を招集して日本代表を強化していくのかに注目しているよ。
日本代表とともに気になっているのが、西野朗監督が代表監督に就任したタイ代表の行方だよな。前回ロシア大会は日本代表をベスト16に導いた西野さんが、タイ代表をどう強化するのか楽しみだよ。
タイ代表はいい選手が揃っているからね。チャナティップはコンサドーレ札幌で主軸として攻撃を牽引しているし、横浜F.Mでティーラトンは不動の左SBになっている。FWには昨シーズンまでサンフレッチェ広島で活躍したティーラシンもいる。チームを強化するために鍵となるポジションにはいい選手がいるんだよ。
日本人監督が海外で監督業をするときは、日本との文化の違いなどに苦戦することもある。代表チームではなかったけれど、岡田武史さんも中国で監督を務めたときは苦労していたからね。
でも、西野監督の就任したタイは親日国だと聞くし、Jリーグでプレーする選手がいることで、国民も日本サッカーについて理解をしている。そうした国で指導をするのは、違う文化の選手を率いるなかでも、まだハードルは低いのかもしれないね。
ただ、それもこれも誰が通訳を務めるかにかかっている気もするよ。西野監督の言葉をきちんとタイ代表選手へと伝えられるかどうか。これは日本代表の監督に外国人監督が就任したケースを見てもわかることだよな。
タイ代表はテクニックのある選手が多いし、俊敏性もあるし、肉体的な強さもある。西野監督の持っているモダンサッカーを植え付けられたら、面白いだろうね。
実は西野監督とは、タイ代表監督就任発表の前に一緒にご飯を食べたんだ。そのタイミングの少し前くらいで、新聞に「西野朗、タイ代表監督就任!」と出ちゃった後でさ。本人は交渉は認めていたけれど、就任は否定していたんだよな。
で、食事の席で「本当のところはどうなんですか?」と聞いたら、「ない、ない。ああいう情報が出ちゃうところとは、もう交渉ができないよ」なんて言っていたんだけど、私の勘は「これは就任するぞ!」と思っていたんだ。
今年3月にクラシコの解説で西野さんと一緒にスペインに行った際に、「またJリーグの監督をしてくださいよ」と言ったら、「次にやるなら海外かな」と喋っていて。そういう何気ない会話を覚えていたし、その食事会の写真をSNSなどには出さないでくれと言われていたからね。ちょっと神経質にならざる得ない状況なんだなって、ピンと来たんだ。
まあ、就任前の交渉段階でタイのサッカー協会関係者から、情報が漏れちゃったのは、期待の裏返しでもあるんだよな。代表選手の主力が働くJリーグで、ガンバ大阪を常勝チームにして、前回W杯は日本代表をベスト16に導いた。タイ側からしたら、ビッグネームだからね。
タイ代表がW杯アジア二次予選で戦うのは、UAE(アラブ首長国連邦)、ベトナム、マレーシア、インドネシア。ちょっと厳しいグループに入っちゃったかなという印象だよね。タイ代表はいい選手が揃っているけれど、UAEやベトナムも強い。マレーシアやシンガポールだって見くびれない相手だよ。
7月中旬の就任から9月までの間でどれくらい西野カラーを浸透させることができるかがポイントだろうね。ただ、長丁場の戦いだから、最初に3試合を粘り強く戦いながら勝ち点を細かく稼ぎ、その間にチーム力を高めていくことができれば2位以内の芽も出てくるんじゃないかな。
西野監督がタイ代表を率いて東南アジアのレベルを高めるのは、日本代表にとってもメリットはあるからね。ライバルが強くなることは、日本代表がW杯でベスト4に進むためには不可欠。それだけにタイ代表の今後の戦いぶりにも注目していきましょう!