東南アジア大会への思いを語る猫ひろし

4年前のリオ五輪・男子マラソンに出場したカンボジア人ランナーの猫ひろしその後も年間2、3ヵ月はカンボジアでトレーニングする生活を続け、いよいよ東京五輪の代表選考を大きく左右する東南アジア大会を迎える。大一番への意気込みを聞いた!

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■「結果を出して東京五輪につなげたい」

リオ五輪の男子マラソンに本名の瀧崎邦明として出場し、完走140人中139位(参加155人)でゴールした猫ひろし。

その後もハードなトレーニングを続け、今年3月の東京マラソンでは自己ベストに迫る2時間29分50秒の好タイムをマークしたほか、6月のプノンペン国際ハーフマラソン、8月のクメール・エンパイアマラソンでもカンボジア人1位の座を死守している。

――12月6日号砲の東南アジア大会(フィリピン・ダバオ)の結果が、東京五輪のカンボジア代表選考に大きく影響するそうですね。

 メダルを獲ったら出場が決まるわけではないんですけど、かなり近づくと思います。カンボジアの陸上競技では、五輪に出場できる参加標準記録を誰も突破していない。だから、陸上競技で五輪に出られるのはワイルドカード(特別参加枠)で男女ひとりずつ。

4年前は直近の東南アジア大会で誰もメダルを獲れなくて、最上位だった(男子マラソンで6位)僕がリオ五輪に出ました。今回の選考も東南アジア大会の結果が重視されるのは確実。最近は短距離で若い選手も出てきていますけど、なんとかメダルを獲って、東京五輪につなげられれば。

――なるほど。カンボジアの男子陸上競技で一番いい成績だったら選ばれる可能性が高いと。ちなみに、2年に一度の東南アジア大会ってどんな雰囲気ですか?

 "東南アジア版のオリンピック"ですけど、マラソンは参加人数が20人前後なので運動会っぽい(笑)。あとは現地に行ってみないと何が起きるかわからない怖さがありますね。以前に一度、カンボジア陸連の方に「せっかくだから」と、勝手に5000mにエントリーされていたこともありましたから(笑)。

僕は過去4回出ていて、成績は5位→4位→6位→6位。2013年のミャンマー大会は4位になっているし、そこから順位をひとつ上げれば3位でメダルですから。今は体の調子もよく、本当に楽しみです。

――リオ五輪直後は「東京五輪のことは考えられない」とも話していました。

 周りの人は当然のように「次も頑張ってね」なんて言いますけど、僕、来年43歳ですから。最初は正直、厳しいかなという思いもありました。ただ、尊敬している先輩や家族、芸人仲間らに会うたびに「頑張れ」と言われたら、裏切れないじゃないですか。今は大事なレースが近づいてきて、徐々に緊張感も出てきています。

――現在も年間2、3ヵ月はカンボジアに滞在し、トレーニングをしていますが、リオ五輪後のカンボジア国内の反応はどうだったんですか。

 出る前と出た後では全然変わりましたね。日本では都内を走っているとよく声をかけられるんですけど、カンボジアの街で僕のことを知っている人なんて、以前はまずいなかった。

リオ五輪出場が決定した記者会見の後でさえ、筋トレのために行ったジムで(利用料金が)カンボジア人1ドル、外国人3ドルとあったので、1ドル出したら「3ドル払え」って。カンボジアのパスポートを見せても「顔が日本人だから3ドルだ」って言うんです(苦笑)。

ただ、リオ五輪はみんなテレビで見てくれたようで、行きつけのサウナのそれまで不愛想だったお兄ちゃんがペットボトルの水を無料でくれたり、コインランドリーでも1回分の洗濯代を無料にしてくれたり。

あとは空港の入国審査。それまで僕がカンボジアのパスポートを出すと「本当にカンボジア人?」って感じで怪しまれていたのに、「マラソン見たよ」って、あっさり通過できるようになったり(笑)。

――この6年間、カンボジア国内1位の記録をキープしてきましたが、ライバルは出てこないんですか?

 2番手の選手にハーフで一度負けたことはありますけど、そもそもみんなフルマラソンをあまりやりたがらないんです。カンボジアは暑いので、練習を途中ですぐにやめてしまう傾向があって(笑)。

それにカンボジア国内のレースって、ハーフは賞金が出るんですけど、フルはなぜか出ない。だから、選手はみんなハーフを走りたがるんです。ちなみに、8月にクメール・エンパイアマラソンで優勝したとき、優勝賞品のなかに航空会社のロゴの入った大きな箱があったので「やったー、航空券だ!」と思ったら、飛行機のプラモデルでした(笑)。

■「札幌への開催地変更は正直、痛いです」

――ランナーと芸人、ぶっちゃけ仕事のバランスはどんな感じなのですか?

 今は200対0でマラソン関係の仕事ばっかり......。リオ五輪直後は、ホントに多くのテレビやラジオに呼んでもらえたんですけど......。魔法は3ヵ月で切れました(笑)。もちろん、芸人なのでネタを作って、定期的にライブもやっていますけど、マラソン大会のゲストランナーやマラソンにまつわる講演会とかの仕事が多いですね。

講演会では最後にまじめな話で締めるので、パンツとか脱ぐと異常者に見えるじゃないですか(笑)。だから、促されたらギャグをやるくらい。社長さんや校長先生に嫌われて呼ばれなくなったら困るので、冒険ができない(苦笑)。

――東南アジア大会や東京五輪に向けて、今はどれくらい走っているんですか。

 目安は1日30kmで、週2回はスピード練習(インターバル走)を入れたりして、週に200kmくらいは走ります。仕事場所によっては、荷物をスタッフさんに託して、20、30km走って帰ったり。最近は年のせいか、疲労がなかなか抜けなくなったりもしてきているので、そのへんも考えながらやっています。

――東京五輪に猫さんが出たら、やっぱり何かを期待しちゃいます。

 スタート前(整列時)はテレビに大きく映るはずなので、そこだけは先頭に行きたい。というか、そこが僕のゴール(笑)。実はあれって、一部の有力選手を除いて、準備した選手から早いもの勝ちなんです。

前回はエリウド・キプチョゲ選手(ケニア、リオ五輪金メダルで2時間01分39秒の現世界記録保持者)の隣をキープしていたのに、いつの間にか北朝鮮の選手に割り込まれて、まともに映っていなかったので、次は絶対に頑張ります(笑)。あとは前回からの成長も見せたいのでビリから2番目だった順位をひとつは上げたいですね。

――芸人としてはスタートが最大の見せ場(笑)。

 もちろん、マラソンは真剣にやります。でも、僕が真剣に走れば走るほど面白いと思うんです!

――マラソンの開催地は札幌への変更が決まりました。

 正直、そこは痛いです。札幌のほうが(涼しくて)走りやすいのは確かですけど、暑いなかでの荒れたレースのほうが、僕のようなスピードのないランナーには少しでも順位を上げるチャンスがあったので。こうなったら、すすきのを目指すしかない(笑)。

――東京五輪に出られなかったら現役引退?

 もし出られなければ、五輪を目指すのはひと区切りかもしれません。ただ、マラソンは生涯続けられるので、そこはジャイアント馬場イズムでやっていきたいです。国籍を日本に戻すつもりはないし、これまでカンボジアでは芸能活動は一切してこなかったので、今度はカンボジアのバラエティ番組に出るのを目指してもいいかも。東京五輪がダメだったら、同じ日にどこかで走りますかね(笑)。

まあ、それは冗談として、カンボジアの(五輪組織委員会の)スタッフからは、五輪に出ても、出られなくても、「東京に行ったら、いろいろ頼むぞ」とは言われているので、他競技のカンボジア代表の応援もしたいし、できることはなんでもサポートしたいと思っています。でも、やっぱり自分が出られたら最高ですね。ニャー!

●猫ひろし 
1977年生まれ、千葉県出身。本名は瀧崎邦明。2011年のカンボジア国籍取得以降、数々の国際大会に出場。16年リオ五輪では完走140人中139位(2時間45分55秒)。ゴール後には会場を盛り上げた。自己ベスト記録は2時間27分48秒(15年東京マラソン)。ワハハ本舗所属。身長147cm 体重46kg