「多少見栄えが悪くても、欠点があっても、見守り、育ててゆく。ずっとそれを続けてきた球団だからこそ、ファンの心を震わせたのでしょう」と語る元永知宏氏 「多少見栄えが悪くても、欠点があっても、見守り、育ててゆく。ずっとそれを続けてきた球団だからこそ、ファンの心を震わせたのでしょう」と語る元永知宏氏

例えば「10・19」がある。昭和最後のペナントレース、パ・リーグ最終戦のダブルヘッダー。ロッテに2連勝すれば近鉄バファローズの優勝が決まる。負けはおろか、引き分けさえ許されない決戦。

あるいは21世紀最初の年に達成したリーグ優勝がある。2年連続最下位からの下克上、78勝のうち逆転勝ちが実に41回。防御率はリーグ最下位、打たれても打たれても打ち返す、パンチドランクな優勝劇には確かに近鉄ならではの何かがあった。

その球団が3年後には球界再編騒動の震源地となり、プロ野球史上初のストライキを引き起こすことになるとは誰が予想しえただろう。ましてや、そのまま消滅してしまうとは。

ことほどさように近鉄の55年間はドラマと伝説に彩られている。『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』は、そんな波瀾(はらん)万丈の歴史をつづったノンフィクションだ。著者の元永知宏氏は多様な観点から日本野球を書き続けているノンフィクションライターで、六大学野球の優勝経験者。

かつては編集者として、近鉄を初優勝に導いた名将・西本幸雄の自伝を手がけた縁もある。近鉄最後の選手会長・礒部公一との共同取材から見えてきた「近鉄魂」とは?

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──この本は「お荷物球団」と呼ばれた近鉄が初優勝を遂げてから2004年の秋に消滅するまでの歴史を9回の表と裏に分けて追う構成になっています。プロ野球史の教科書があれば絶対出てくるようなトピックが並び、改めて話題の多い球団だったなあと思い知らされました。

元永 「江夏の21球」なんて、相手チームのピッチャーの名前でいつまでも語り継がれてますしねえ。55年間で4回しか優勝していないし、常勝という意味での強さはありませんが個性の強い球団でした。

──球界全体への貢献度でいえば、10・19で人々の目をパ・リーグにも向けた功績は大きかったのではないでしょうか。

元永 はい。あの当時はまだ野球といえば巨人とその他、という時代でした。ところがあのダブルヘッダーが異様に盛り上がって、2戦目を『ニュースステーション』が急遽(きゅうきょ)生中継したらものすごい視聴率(関東で30%、関西では46%)を取れた。

多くの人はどっちのチームの選手も「誰?」って感じだったでしょう。それでも人々は熱狂したわけで、「プロ野球は巨人に限る」という定説を覆すきっかけになったと思います。

今は各球団、年間200万人ほどのお客さんが入るようになっていますが、過去があっての今なんだということを踏まえた上で野球を楽しんでもらえたらうれしいです。選手の待遇にしても、年俸5億円とか普通になっていますがそれは誰のおかげなんだ、とかね(笑)。

──現在2リーグ制を楽しめるのもストライキが支持されたからですしね。本書のナビゲーターを務める礒部さんは当時の選手会長で、野球人としても社会人としてもまさに適役です。どのような経緯で共同取材を始められたのですか?

元永 最初に会ってお話をしたのが1年前でした。礒部さんは(打撃コーチを務めていた)楽天から離れて野球人生にひとつピリオドを打った頃で、「近鉄がなくなっちゃったのは寂しかったですね」みたいな話から企画が始まりました。

──「裏」の章では毎回ひとりの関係者に焦点を絞って「近鉄魂」を探っています。礒部さんがいてこそ取材できた方もいるのではないでしょうか?

元永 岩隈(久志)さんがまさにそうです。彼は今季、基本的に取材は受けていないですが、先輩の礒部さんがこんな企画を進めている、ということで協力してくれました。近鉄のユニフォームを着た選手で現役を続けているのは3人いますが、優勝経験者は岩隈さんだけ。

それに、近鉄が野茂英雄の放出という失策で結果的に切り開いたメジャーへの道を通ってきた投手でもある。その彼が今でも現役で頑張っている。過去の振り返りだけじゃなく、今との接点や未来へのメッセージこそ読者に見つけてほしいので、出てもらえたのは非常にありがたかったです。

──変化球は「6回裏」に登場する浅川悟さんですね。ファンが高じて、近鉄を愛する野球居酒屋をオープンした方で、それこそ近鉄のように印象的でした。

元永 彼は「見るのが大好きです」という形の野球ファンで、僕のように自分でもプレーしてきた人間とはまた違った視点を持っています。そういう方たちに支えられているプロ野球だ、ということもあるのでぜひ書いておきたかったです。

──浅川さんは「近鉄の伝道師」とか「近鉄難民」とか、パワーワードを連発しておられる。

元永 近鉄に操を立てているんです。代わりにほかの球団を応援することもできず。......しかし、寂しいものがありますよ。毎年各球団がキャンプインしても情報がアップデートされないし、近鉄関係のニュースがあるとすれば、訃報(ふほう)か振り返りイベントくらいでしょうから。

──熱狂的なファンから伝説の助っ人までさまざまな関係者が登場しますが、女性はほとんど出てきません。欲を言えば、選手の奥さんから見た「近鉄魂」、といった話も読みたかったです。

元永 そこは意識していませんでした。近鉄を語れる人を探したら自然と男ばかりになったというのが正直なところで。女性の関係者だとひとり、取材の候補に挙がったのが吹石一恵さん。

10・19の2試合目でホームランを打った吹石(徳一)さんの娘ですから接点はあります。だけど読者にとってはどっちかというと「福山雅治の奥さん」だよね(笑)。

──近鉄はやっぱり話題が豊富ですね。最後に元永さんが考える「近鉄魂」をご教示ください。

元永 西本さんが初優勝した自軍を振り返って、「凸凹なものを叩いて叩いてようやくつくり上げたような」チームとコメントしたことがあります。多少見栄えが悪くても、欠点があっても、見守り、育ててゆく。

エリートをポンポン捕まえてくるのが現実的に無理だからそうするしかなかったのですが、近鉄はその後も仰木(彬[あきら])さん、梨田(昌孝)さんと、ずっとそれを続けてきた球団です。だからこそファンの心を震わせたのでしょう。

今はどのビジネスを見ても、完成品を持ってきて、というマネジメントばかり。世の中が近視眼的になっているようなので、逆に「近鉄魂」の大らかさ、人の育て方が見直されるきっかけになればと思っています。

●元永知宏(もとなが・ともひろ)
1968年生まれ、愛媛県出身。立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。『期待はずれのドラフト1位 逆境からのそれぞれのリベンジ』(岩波ジュニア新書)、『敗者復活 地獄をみたドラフト1位、第二の人生』(河出書房新社)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)など著書多数

■『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』
(集英社 1700円+税)
2004年11月の球団消滅から丸15年。最後の選手会長として球団合併問題やストライキに奔走した礒部公一と共に、梨田昌孝、栗橋茂、金村義明、ラルフ・ブライアント、水口栄二、岩隈久志ら近鉄に在籍した監督・選手に加え、最後の球団代表だった足高圭亮や、今も近鉄バファローズを愛し続ける熱烈なファンなど、多数の関係者に徹底取材。個性あふれる球団「近鉄バファローズ」の神髄に迫るノンフィクションだ

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