Jリーグのレジェンド・中村憲剛氏(左)と人気芸人にして芥川賞作家・又吉直樹氏 Jリーグのレジェンド・中村憲剛氏(左)と人気芸人にして芥川賞作家・又吉直樹氏

Jリーグのレジェンド・中村憲剛(けんご)と人気芸人にして芥川賞作家・又吉直樹。一見"?"な組み合わせだが、実は同じ1980年生まれでリスペクトし合う仲。

『鉄人の思考法』(集英社)に収録された特別対談から、未掲載部分を含め再構成した週プレスペシャル版。不惑を迎える2020年、ふたりが考えていることとは?

■嫉妬もできなかった松坂大輔の甲子園

──1980年生まれの同級生といえば、やはり甲子園での松坂大輔さんはすごかった、とみんな言いますよね。

又吉(自分の出身校の)北陽高校(現・関大北陽高校)も甲子園出場経験を持つ強豪なんですが、3年間死ぬほど練習してきた野球部の友達に「松坂ってすごいん?」って聞いたら「ムチャクチャすごいで」と。

中村 同じ土俵の上にいる人とは思えない、ただただすごい!と思いながら見てましたね。あんなに野球を見たのは生涯で松坂さんの甲子園だけだと思います。

又吉 すごいのは嫉妬すらさせてくれなかったこと。次元が違うって感じでした。実際に甲子園の活躍は目の当たりにしていましたし、今思うと励みにもなったような気がします。

──憲剛さんはサッカーの同級生で、この人はすごいなって思った人はいました?

中村 駒澤大学時代の深井(正樹)と巻(誠一郎)のふたり。僕は中央大学の1年でボールボーイをやりながら、同じ1年で試合に出て活躍する彼らを見て、絶対に負けたくないって思いましたよ。励みっていうよりはそっちの感情でしたね。

又吉 僕もNSC(吉本総合芸能学院)の同期にキングコングがいて。彼らは在学中からどんどん有名になって、ものすごい人気。僕、そのとき短髪やったんで、劇場を出たら梶原(雄太)くんと間違われて、若いコからキャーキャー言われて。近寄ってみたら「違うやん」って。

感情としては鬱屈した「悔しいな」に近い。キングコングの人気も実力も認めているので、彼らのようになりたいとは思わなかったですけど、自分のふがいなさを感じたというか。

中村 その感情、わかるし、似ていますよ。比較することに意味はないけど、負けたくないっていう気持ちはすごく大事で。だからこの年齢までサッカーをやれているし、それがなくなったら、やめ時じゃないかな。

又吉 "自分の視点"で見たら悔しい感情だと思うんですけど、これを"俯瞰(ふかん)の視点"で見たら、結局、(レベルを上げていく)共同作業になっている。同世代が全員自分よりレベルが低かったら頑張れないですもんね。もっとできる、もっとやろうというのが、世代全体の力になっていきますから。

中村 うん。悔しい気持ちだけ持っていてもダメで、力に変えていかないと意味がない。又吉さんが言うように僕もプロに入ってからも、負けたくないって思える人がいっぱいいたからレベルが上がっていったんじゃないかなと思うんです。

又吉 僕らもキングコングだけじゃなく、同じ世代のいろんな人がいてくれたおかげで、例えば「ほかの事務所にもこんな面白い人いるんや」と思えたし、「今日はウケへんかったから、もっと(見てくれる人に)届くようなことを考えていかなあかん」とか、そういう刺激は常にもらっていたような気がします。

■読書の想像力がサッカーに生きる


又吉
 若い頃って、憲剛さんのボールボーイ時代と一緒で試合に出ていない感じがあって。(キングコングのように)大変な渦中にもいない。早くそこに参戦したいと思っていました。

中村 僕でいえば、早く試合に出たいってことですよね。

又吉 でも何も知らないで参戦するわけじゃない。出たときにこうしよう、ああしようって考える時間はありました。

中村 僕も足りないものを感じ取りながら、吸収しながらどうやってレベルを上げていこうかって考えていた。

又吉 松坂さんや(同じく1980年生まれの)バスケットの田臥(たぶせ/勇太)さんは、きっとレベルを上げることも、ひとりで乗り越えていかなきゃいけなかったはずですよね。

中村 求められ続けて、そこに応えていくのは大変なこと。だから最初から活躍できる人と後から活躍できる人ではレベルアップの仕方がちょっと違うのかもしれませんね。

──ふたりの感覚が似ているのはそういった人生背景が少しかぶるところがあるから?

又吉 お互いに「こういうふうにやってここまで来た」というのを割と説明できるところがあるので、話をさせてもらっても感覚は合うなって思いますね。

中村 だから、又吉さんと話すときっていつも話が尽きなくて、時間が足りない(笑)。

──又吉さんは強豪・北陽高校のサッカー部。憲剛さんはお笑い好きに加えて読書家。共通点がありまくりです。

中村 読書って僕のプレーにも生きていると思うんです。本を読めば、情景や登場人物の心情を想像しなきゃいけない。想像するクセがつきます。僕は想像力が求められるポジションでもあるので。

又吉 おそらく脳内の映像で視覚的に想像されていたとは思うんですけど、本を読むことで解像度が高まり、その映像の密度みたいなものが憲剛さんの中でよりわかりやすくなったのかもしれないですね。

中村 はい。やっぱりサッカーも言語化しなきゃいけないので、読書がサッカー選手としての厚みをもたらしてくれているなって感じるんです。そうそう、又吉さんの最新作『人間』も読んでいます。

又吉 ありがとうございます。

中村 又吉さんだから書ける複雑さというか、いろんな人物が絡みながら、"自分ではこう思っているのに、人からはまったく違うふうに見られている"とか、考えさせられます。

又吉 いろいろ感想をいただいてますけど、みんなそれぞれ引っかかるところが違っていて、書いたほうとしてはうれしいんですよね。

中村 基本的に小説は一気に読んじゃうタイプなんですけど、又吉さんの作品はけっこう、前に戻って読み直さなきゃいけない。こういう意味だったんじゃないかと考え直したりして。

■体内から攻められる作品を作りたい!?


──2020年は、節目の40歳になります。

又吉 40歳ってイメージしたことなかったです。正直、生きているかどうかも、わからないくらいに思っていたので。

中村 太宰治みたい。

又吉 本当に太宰が死んだ38歳までは絶対に生きようと思ってたんですけど、以降のビジョンが見えてなかったんです。

中村 現役のサッカー選手としては、30歳以降、特に35歳を過ぎてからは、周りに同じ年齢の選手が少なくなるので、ずっと未体験ゾーンになっていったんです。だからここから先はもう自分の感覚でしか進めない。

これまでの経験からサッカーのことはだいたい予想もできるんだけど、今回のケガだけはまったくの想定外でした。でもこれも刺激だと思っていて。復帰したときに、また違う視界がパッと開けるんじゃないかって期待しているんです。

又吉 僕は惑うし、惑いまくってもいます。

中村 でも、それって惑えるほどの選択肢があるってことにもなりますよね。今までしっかりやってきたからこそ選択肢がいっぱいある。それは幸せなことなんじゃないかって思いますけど。又吉さんが何をやるのかすごく楽しみ。

又吉 何か体内から攻められへんかなって思うんですよ。

中村 えっ、どういうこと?

又吉 例えば飲み物で自分の作品を作るとか。今までお笑いや書くもので反応してくれた人たちの体内に、自分が作った飲み物を直接入れられるとなったらすごいな、と。どんな影響を及ぼすのかなって。

中村 なるほど。又吉プロデュースのお酒とか。

又吉 でもよくよく考えたら、「俺、接客は苦手やな」と。

中村 (笑)。すごく面白そうですけどね。あと『人間』でもサッカーの話がちょっと出てきますけど、サッカー小説とか書くつもりはない?

又吉 完全なサッカー小説ってことじゃないかもしれないですけど、サッカーが重要な役割を果たすようなものを書けたらいいなとは思っています。

中村 又吉さんの小説にサッカーが書かれているとうれしいんですよね。サッカーと今なおつながっているんだなって確かめることができて、安心するっていうか。

又吉 憲剛さんはケガがあってこれからリハビリとの闘いが待っているんですよね。

中村 試合中に左膝を痛めて、前十字靱帯(じんたい)損傷で手術が必要になりましたけど、(リハビリも)明るい気持ちでやっていきたいです。39、40歳でこのケガから復活できれば、前例がないんじゃないかと思うので。それも自分のパワーになっています。

又吉 20年シーズンの憲剛さんも楽しみですね。

中村 お互いに不惑を楽しみましょう。

●中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒業後の2003年、テスト生から川崎フロンターレに加入。Jリーグベストイレブン7回。16年にはMVPも受賞。日本代表として10年南アW杯出場。国際Aマッチ68試合出場6得点

●又吉直樹(またよし・なおき)
1980年6月2日生まれ、大阪府出身。「ピース」のボケ担当。北陽高校サッカー部時代には、インターハイにも出場。2003年「ピース」を結成。15年、小説『火花』で第153回芥川賞受賞。最新刊『人間』(毎日新聞出版)も好評

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中村憲剛、館山昌平、大黒将志、玉田圭司、木村昇吾、和田毅、寺内健―「1980年(度)生まれ」で「松坂世代」にあたる7名の一流アスリートたち。40歳近くになる年齢まで、現役で戦い続ける「鉄人」たちが明かす、特別な「哲学」や「思考法」はビジネスパーソンにも参考に! 又吉直樹と中村憲剛の"同級生"対談も特別収録