「古田敦也に変化球待ちを見破られ、インコースの直球で三球三振を何度も食らったことで、松井秀喜はファウルを打つ技術が磨かれたはずです」と語る三井康浩氏

2009年WBC決勝・韓国戦、イチローは林昌勇(イム・チャンヨン)が投じたシンカーを見事にとらえ、日本の優勝を決定づけた。この"伝説の一打"が放たれる直前に交わされた会話がある。

「僕は何を狙えばいいですか?」

「シンカーだけ狙っていこう」

イチローにそう声かけし、殊勲打を呼び込んだのが『ザ・スコアラー』の著者、三井康浩(みつい・やすひろ)氏だ。読売巨人軍に40年間在籍し、主にスコアラーとして活動。2009年WBCでは日本のチーフスコアラーとして世界一に貢献した男である。

プロ野球を知り尽くした"伝説のスコアラー"が導き出す野球の極意とは? 現役プロ野球選手から圧倒的な支持を得る"ピッチングデザイナー"のお股ニキ氏が直撃した。

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──大変面白く拝読させていただきました。投手の癖の考察など、興味深いものが多かったです。

三井 今の投手の多くはうまく隠していますが、一番癖が出るのはボールを握った際の手首の角度です。また、夏でも長袖のアンダーシャツを着ている投手がいますよね? それは腕の筋にも癖が出る場合があるので、それを見せないようにする工夫のひとつです。

──スコアラーは球種別に映像を繰り返し流して、微妙な違いを見つけ出すんですよね。

三井 昔は、セットポジションでも腕と体をくっつけずに投げる投手が多く、球種によって腕の動きが微妙に異なるなんてことも見破れたものです。そういうこともあり、今では腕を体にぴったりとつける選手が増えました。

また、昔の投手はグラブからダイレクトに人さし指を出していましたが、今はその指を隠す「指カバー」がついていることも普通になりました。指の動きで癖がバレるのを防ぐ目的もあります。

──実際に三井さんが癖を見抜いてWBCで打ち崩したのが、アメリカのジェイク・ピービーですね。

三井 真っすぐかカーブかがわかれば攻略は容易な選手でしたが、とにかくカーブがやっかいだった。どこかにヒントはないかと全体ミーティングの前に何げなく映像を見ていたら、すごく簡単な癖に気づきました。

グラブを立てたら真っすぐで、寝かせたらカーブだったんです。その特徴を選手に伝えると、「え、嘘でしょ? そんな簡単な癖なの?」という反応でしたね(笑)。

どんなに速い球であっても、プロの打者であれば来るボールがわかっていればある程度は打てますから。しかし、投手の癖がわかっていると逆に打てない選手もいるから面白い。

──やっぱり人間だから、意識しすぎるとかえって本来のバッティングができなくなると。

三井 いわば、癖がわかるからこその弊害といえるでしょう。球種がわかるとダボハゼみたいになんでも食いついちゃって、ボール球でも振ってしまうことがある。

──メジャーではアストロズのサイン盗みが問題になっていますが、サインを盗んでも成績が上がる人もいれば下がる人もいるんですよね。

三井 癖ばかりに特化しちゃうと、投手が逆手に取ってくることもありますからね。すると、打ち崩せるはずの投手でも打てなくなる。

──だから、伝えるタイミングは大事なんですよね。三井さんもシーズン中には選手に伝えず、「10・8」や日本シリーズなどの大一番前に伝えていたとか。

三井 そうですね。あまりに先入観を持ちすぎるとよくないのでタイミングも重要ですが、明確に癖と認定するためには8割以上の確率じゃないといけない。いや、8割でもダメかな。

それから、打者と投手の関係でいくと、癖だと見極めたのに、制球が乱れてたまたま変化が異なるような球が来ると、頭の中がぐちゃぐちゃになって打者は悩んでしまう。

──打者に相手投手の狙い球を教えるときも、その伝え方って難しくないですか? 僕は変化球にこだわりがあるんですけど、その名前や形式ではなく、投げられたボールの質に着目することが大事だと思っていて。

投手がカットボールと言って投げていても、対戦する打者にはスライダーと感じている人もいるかもしれない。そのときに「カットボールを狙え」と言ってもズレが生じてしまいます。

三井 そう思います。今の時代、変化球は6、7種類あるわけですが、打者がいざ打席に立ったときの感覚は選手によっても違うんです。せいぜい4種類くらいしか感じられないし、2ストライクに追い込まれたら全部の球種を想定するなんてまず無理です。

実際のところ、右打者なら、真っすぐとスライダー。左打者なら、真っすぐとフォークくらいに対応するように準備しています。そこに緩いカーブなんかを交ぜられたら、もうお手上げですよ。

──ストレート、スライダー、フォークはまずケアしておかないと対応できないですよね。それに対応しつつ、それ以外はなんとか反応で打つと。

三井 例えば、高橋由伸みたいな器用な打者であれば、ずっと真っすぐで待っていて、仮に追い込まれても変化球にだって対応できます。松井秀喜なんかは、緩い球で追い込まれたら最後は速い球。速い球で追い込まれたら最後は緩い球という感じで投手と対峙(たいじ)していましたね。

──やはり人間だから、投手も速い球や遅い球を織り交ぜたいですよね。

三井 松井は真っすぐに合わせた場合、スピードを殺した緩い変化球にてこずったけれど、スライダーやフォーク、130キロ台後半の球に合わせるのはうまかった。また、緩い変化球で待っていると、普通はインコースの速い球に手が出ず三振になりやすいんです。

ただ、松井の場合はファウルで逃げることができた。ちなみに、松井がファウルを打てるようになったのは、ヤクルトの古田(敦也)のおかげです。変化球待ちを見破られて、インコースの真っすぐで三球三振を何度も食らったことで、その技術が磨かれたはずです。

──データがどうだろうと、野球は人間対人間の勝負ですから。心理面の読み合いも大切になってきますよね。

三井 お亡くなりになられた野村(克也)さんが言っていましたよね。「捕手はよく打者を見ろ」って。科学やデータでは表れてこない心理戦こそ野球の面白さではないでしょうか。

●三井康浩(みつい・やすひろ)
1961年生まれ、島根県出身。出雲西高等学校時代に強打で鳴らし、1978年ドラフト外で読売巨人軍に入団。腎臓疾患を患い、1985年に現役を引退。引退後は、巨人軍2軍マネージャーを経て、スコアラー、査定室次長、編成統括ディレクター、編成本部参与などを歴任。入団から退団まで、40年間にわたり巨人軍を支え続けた。2009年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第2回大会では、日本代表チームのチーフスコアラーという大役を務め、世界一に貢献している。現在は、各メディアで野球解説をする傍ら、セミナーや野球教室なども行なう。合同会社スリップストリーム所属

■『ザ・スコアラー』
(角川新書 900円+税)
2009年WBC決勝・韓国戦、大会中は大不振に陥っていたイチローが10回表に韓国の絶対的守護神、林昌勇のシンカーを狙い打ち、日本の優勝を決定づけた。その"伝説の一打"の陰の立役者が本書の著者、三井康浩氏。侍ジャパンの世界一、読売巨人軍の日本一を支えたスコアラーが、配球、打者の癖、対策への適応方法、外国人の評価ポイントなど、磨き上げられたプロの視点を余すところなく公開。野球に関わる人間は必読の一冊

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