誰かを応援することは、自分の力になる! 日本で最も熱い応援をする男・松岡修造が登場、知られざる応援秘話を明かしてくれた。そして、自身を生粋の「ネガティブ人間」と称する彼が、超ポジティブに見える理由とは? インタビューマン山下が迫る!
■応援される側に必要な気づき
――まず先に聞きたいことがありまして。修造さんは現役のとき「気の持ちようで、痛みを感じなくすることができる」と、歯の治療を麻酔なしでやったという"伝説"があるのですが......本当ですか?
松岡修造(以下、松岡) それは事実ではありませんね。
――都市伝説だったんですね。
松岡 でも、実際にやろうとしたのは事実(笑)。僕が膝を痛めて1年ぐらい苦しんでたときに、ある先生に痛さを緩和するためのメンタル法を学んでいたのですが、彼に麻酔なしの歯の治療に耐えられれば、痛みに強くなれると言われて。
――メチャメチャなこと言いますね!
松岡 膝を痛めているといっても、その信号を出しているのは脳や心。このふたつを変える方法を学んできたので、歯の治療のトレーニングはありだな、と。それで、事前に何度もイメージトレーニングをしてから歯科に行って、歯医者さんには「麻酔なしでやってください」と言いました。
でも、いざ治療が始まり、歯を削る機械の「ビィィィ」って音が聞こえてきた途端に「やっぱり、麻酔を打ってください!」って(笑)。
――それはしょうがないです(笑)。怖いですもん。では、本題に。修造さんといえば、やはり熱い応援。その原点はなんですか?
松岡 小さい頃から運動会で応援団長みたいなことをやっていましたからね。たぶん僕はテニスよりも応援のほうが、才能がある。
1988年のソウルオリンピックの日本代表になってからのことなんですが、僕はとにかくオリンピックの選手村で、競技に関係なく、選手と話すのが好きだったんです。選手名鑑で顔と名前と競技を全部覚えて、会ったときに名前を呼ぶ。
それでその人がバスケットボール選手だったらバスケのジェスチャーをする。そしたらみんな笑ってくれるわけですよ。向こうも「俺のことを知ってくれてるんだ」ということで話ができる。
――なるほど。それは選手もうれしいですね。
松岡 それで僕がアメリカで実践していたメンタルトレーニングの話をすると、みんなが相談しにくるんです。バルセロナ五輪のときは、バレーボール女子日本代表とも話をしました。
――その時代なら、大林素子さんがいましたよね。彼女の相談にも乗ったんですか?
松岡 はい。僕は相当偉そうに話していたと思いますね(笑)。でも、そういうことをしていたら、やがて選手に「応援しに来て」と言われるようになって。そのときの応援は、映像には残ってないですが、すごかったですよ。
――例えば?
松岡 水泳の応援に行ったときは、泳いでいる日本代表選手を客席で旗を持ちながら、ずーっと追いかけました。いちばんハードだったのは800mの種目。重い旗を持って、大声を出しながら、プールの全長50mを8往復分も走らないといけないわけですから。
――それは、キツい(笑)。
松岡 でも、それが選手に届いたときには「ありがとうございました」と言ってくれて......楽しかったですね。
――修造さんの応援が注目され始めたのは1996年、有明コロシアム(東京)で伊達公子さんがシュテフィ・グラフ選手(ドイツ)に勝った試合ですよね? 修造さんが日の丸旗を振って応援している映像が全国に流れました。
松岡 あのときの日本には、「テニスは静かに見ないといけない」というイメージがあったんです。もちろん、プレー中は静かにしないといけないですが、それ以外のシーンでは声を出して応援してOK。
観客の皆さんがそのことを知らないなら、僕がお手本を見せるしかないだろうと。そしたら、徐々に皆が声を出し始めて、会場はいい雰囲気になったと思います。
――ただ、後に伊達さんはそのグラフ戦について「私がサーブを打つ瞬間に必ず『行け、行け』って観客席から聞こえてきて、(集中できずに)最初のマッチポイントを落としたんです」と言って、その犯人が修造さんではないかと疑っていました。
松岡 それは、たぶん僕の近くにいた人でしょう。僕がプレー中に声を出すわけないですから。だって、もともと彼女は試合中に声をかけられるのは苦手なタイプなんです。
ただ、あのグラフ戦のときは日本開催で、応援が力になることは僕にはわかっていました。あのとき、観客の皆さんの応援がなかったら勝てなかったのではないかと思います。そのくらい応援の力は大きい。
――では逆に、修造さんがされて助けられた、うれしかった応援はありますか?
松岡 95年のウィンブルドン選手権(イギリス)の3回戦の応援ですね。相手のハビエル・フラナ選手(アルゼンチン)は明らかに僕よりも強かった。
セットカウントは1-2の劣勢で、もちろん僕は頑張っていたのですが、心の中では「この人には敵(かな)わない」と諦めかけていた。周りも「ウィンブルドン本戦で2回も勝った。よく頑張った」という雰囲気もあって、それに流されてしまいそうでした。
でも、心が折れかけたそのとき、客席から「修造、自分を信じて行け!」という日本語の声援が聞こえた。そのときに僕は「まだ終わってない」と気づけたんですよ。「僕は自分を全然信じ切れていない」と。
応援される側にとって重要なのは、この"気づき"です。僕はあの声援がなかったら間違いなく、ウィンブルドンでベスト8にまで行けなかったと思います。
――その声をかけてくれた人に感謝ですね。
松岡 そのとおりです。だから試合が終わって、その人をすぐに探しましたが、見つからなかった。今でもその人に会えるなら、感謝の気持ちを伝えたいです。
■大坂なおみが再び勝ち続けるためには
――女子テニスの大坂なおみさんは、18年に全米オープン、19年に全豪オープンを制しましたが、最近は振るいません。2月7日の国別対抗戦(フェドカップ)の試合では、あまりの不調で試合中に泣きだしたように、メンタルの弱さが指摘されています。
そこで聞きたいのですが、もし修造さんが、なおみさんのコーチだったら、彼女が試合中に心が折れ、泣きだしたとき、どんな言葉を投げかけますか?
松岡 泣いてるときに「泣くな!」と言っても何も変わりません。だから、ひとつ言えるとしたら「泣いて勝てるんだったら、思いっきり泣こうよ! なおみ!」って言うでしょうね。
彼女のメンタルはすごく繊細。ただ、パワーやテクニックは世界的に見ても断トツなので、メンタルが強くなったら再び世界一になれます。心は変えることができますから。
――なおみさんの心を変えるにはどうしたらいいと思いますか?
松岡 全米、全豪で彼女が心がけていたのは「耐える」「諦めない」「走り続ける」というメンタルに関することでした。グランドスラム(全豪、全仏、ウィンブルドン、全米)を2連覇した彼女は、ものすごいものを得たと思います。
賞金、スポンサー、いいコーチ、いいトレーナーと環境も整った。でも、その恵まれた環境が、メンタルで戦う姿勢を消してしまっているかもしれない。僕はそうみています。
――ハングリーさが足りないと?
松岡 今は、彼女が「こうしたい」と言う前に、周りが気づいて全部やるし、全部そろえてくれます。そのなかでハングリー精神をキープするのは大変なこと。技術面同様、いかに精神面もレベルアップさせていくかが重要ですが、トップ選手は皆その壁を経験し、乗り越えています。
今年の全豪で、15歳のコリ・ガウフ選手(アメリカ)に敗れたなおみさんは「私はまだチャンピオンのメンタリティを持っていない」と話していましたが、チャンピオンのメンタルとは先ほど言った耐える力、諦めない力です。これを取り戻したとき、きっと彼女は自信を持って勝ち続けるでしょう。
■錦織圭に宛てた「一方通行メール」
――修造さんは錦織圭選手が11歳のときから指導していました。そのときに感じた錦織選手のすごさはどこにあると思いますか?
松岡 11歳の錦織選手と練習試合をしたら、その当時の僕は負けていたでしょうね。
――さすがにそれは大げさでは? 相手は小学生ですよ。
松岡 そんなことありません。その当時、僕は現役を退いて3年たっていましたから体力がなかった。体をつくり直す期間を2週間くれたら、勝ったかもしれないけれど。
――11歳で、すでにそんなレベルだったんですか。
松岡 メチャクチャうまかったですよ。最近、彼の当時の映像を見ましたが、タッチやフィーリング、プレー選択のひとつひとつが本当にもう......。僕が生きている間はもう出会うことができないほどの才能です。
――日本人では、ということですか?
松岡 いえ、世界を見渡しても稀有(けう)な選手です。ラファエル・ナダル選手(スペイン)のようにとんでもなく体力がある人とか、ノバク・ジョコビッチ選手(セルビア)のようなどんな逆境でも諦めないメンタルを持っている人とか、そういう選手は現れるかもしれない。
でも、純粋なテニスの才能という意味では、錦織選手はロジャー・フェデラー選手(スイス)に肩を並べる存在です。
――ただ、そんな錦織選手も、グランドスラムでは優勝できていません。課題はなんだと思いますか?
松岡 ひとつは体力面。あとは彼自身も言っている"タフさ"。この能力に関しては、ジョコビッチ、ナダル、フェデラーは本当にケタ違いです。ここ3年であの3人以外は誰もグランドスラムで勝ってないんですから。あのタフさがあれば錦織選手はグランドスラムを何回か獲(と)っているはずです。
――錦織選手にアドバイスしたいことはなんですか?
松岡 テニス選手として僕よりもはるか上を行く彼に技術的なアドバイスはひとつもありません。僕の言うことなんて聞いたらへたになる(笑)。僕は彼にメールするときもアドバイスではなく、思ったことを書いているだけの"一方通行メール"です。絶対に返信するな、とも言っています。
――なぜ返信するな、と?
松岡 返信するということは僕に気を使ってくれてるわけですから、選手にはテニスだけに集中してほしい。僕は彼以外にも同様のメールを送っているテニス選手はいますが、基本は一方通行です。
――もしかすると、それもひとつの応援の形なのかもしれませんね。
■ポジティブ思考は"テクニック"
――新著『ネガティブが人を強くする! 修造流 脳内変換術』(集英社)で、自身のことをネガティブな性格だとおっしゃっています。でも、ここまでお話を聞いていると、とても信じられない(笑)。
松岡 僕は、どちらかというと物事をマイナスにとらえることが多いです。「いつも元気ですね」と言われることもありますが、普段は、案外静かです(笑)。
――世間の修造さんに対する"熱血応援キャラ"というイメージとは、だいぶギャップがありますね。
松岡 その周りのイメージによって、僕は前向きという方向性をつくられた、と言えます。それは、やらされているということではなくて、むしろこんなに楽しいことはない。人から元気を求められるから、僕も元気になれるし、前向きを求められるから、僕も前向きになれるんです。
――その考え方は、ハイテンションなお笑い芸人に近いものがあるかもしれませんね。
松岡 ネガティブ思考をポジティブ思考に変えるのはいわば"テクニック"です。僕には、現役時代からいろんな先生から聞いてきたものを自分なりにアレンジした独自のメンタル法があり、それをジュニア世代にも教えています。例えば「できない」と思ったときに「できる」という言葉を口にするのはそのひとつ。
――言葉で自分を鼓舞するんですね。
松岡 そうです。ただ、「できる」と言うだけでは足りない。目標を実現するために計画を立てたり、その方法を調べたり、自分で考えたり。そのプロセスの中でこそ「できる」という言葉がすごく生きてくる。そして、その結果、できなくてもOK。正しい"できる"に向かった経験そのものが大事なんです。
――それでは最後に、読者に向けて熱い応援メッセージをお願いします!
松岡 「プレイ」には遊ぶ、楽しむなどいろんな意味がありますよね。僕はこれまで好きなことしかやってきていないので、そういう意味では完全にプレイボーイです。「プレイボーイ修造」です。読者の皆さんも最高のプレイボーイになってください!
●松岡修造(まつおか・しゅうぞう)
1967年生まれ、東京都出身。95年にウィンブルドンでベスト8進出するなど日本を代表するプロテニスプレーヤーとして活躍。98年に現役を"卒業"し、現在はテニス界の発展・育成に尽くす一方、スポーツキャスターなどメディアでも幅広く活動している。
■『ネガティブが人を強くする! 修造流 脳内変換術』
著:松岡修造(集英社) 定価:本体1000円+税
自身を生粋の「ネガティブ人間」と称する松岡修造氏が、ネガティブ思考をポジティブ思考に変え、それを習慣化するための「脳内変換術」を徹底指南!「面倒くさいと思ったらガッツポーズ!」「苦言はいちばんの褒め言葉」「つもりは積もっていかない」などキャッチーで熱いワードのなかにクレバーな人間観をのぞかせるメッセージの数々は、前向きに生きるための糧となるはず!
スタイリング/中原正登(FOURTEEN) ヘア&メイク/井草真理子(APREA)
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