F1のバーチャルグランプリでは、普段ドライバーが使用しているレースシミュレーターに近いシステムが使用されている

新型コロナウイルス感染症拡大により、世界中のスポーツイベントが休止に追い込まれてから数ヵ月。ドイツ・ブンデスリーガの再開(現地時間5月16日)を皮切りに、主要競技は再始動へと踏み出しつつあるが、スポーツが「日常」に戻るまでの道筋はまだまだ見えない。

この数ヵ月、アスリートは試合のみならず練習もままならない状態だ。経済的に逼迫(ひっぱく)する選手やチームも少なくない。そんな危機的状況を救うべく、急激に存在感を増しているのが「バーチャルスポーツ」である。

近年、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った「eスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)」が爆発的な人気を得ている。eスポーツの中には、サッカーや野球といったスポーツ関連のゲームも多いが、指先でコントローラーを操作する形式が主流。一方でバーチャルスポーツは体感型、身体運動を伴うビデオゲームとして注目されている。

放送されるレースの様子もリアルだ

3月、開幕戦のオーストラリアGPが中止になったF1は、その発表から間もなく「F1 eスポーツ・バーチャルGPシリーズ」を立ち上げた。使用されるのはF1公式ゲーム『F1 2019』で、ステアリング(車の舵取りのほか、通信や情報の表示などの機能がついたハンドル)とペダルの専用コントローラーでマシンを操作する。

3月以降、通常開かれる予定だった日程どおりに(仮想空間の)サーキットでレースが行なわれている。レースには、シャルル・ルクレール(フェラーリ)やランド・ノリス(マクラーレン)といった現役のドライバーを中心に、F1ドライバーOBも出場。マンチェスター・シティ所属のアルゼンチン代表サッカー選手、セルヒオ・アグエロら、他競技からの参戦もあった。

おかげで人気は急上昇。5月3日の第4戦までの総視聴回数は、公式配信だけで1500万回を超えたとも報じられている。モータースポーツではほかにも、アメリカのインディカー・シリーズ、バイクのMotoGPなど、バーチャルレースが続々と開かれている。

ローラー台に自転車を設置し、選手がペダルをこいだ情報がレース画面のアバターに反映される。日本でも仮想のレースを行なう動きが出てきているという

UCI(国際自転車競技連合)ワールドツアーが中断している自転車ロードレースも、中止や延期になった大会が仮想空間で行なわれている。6月に開催予定だった「ツール・ド・スイス」は、「デジタル・スイス5」として(4月22日からの)5日間のバーチャルステージレースになった。

選手はオンラインでつながったスマートトレーナー(ローラー台)でペダルを回し、アバターが実際のコース映像の中を走る。19チームが出場し、大規模なバーチャルロードレースとしては史上初の大会になった。レースはテレビによるライブ中継も行なわれ、日本でも放映された。

さらにゴルフ界でも動きがあり、男子ヨーロピアンツアーがバーチャルトーナメントシリーズを始めている。18ホール1ラウンドの大会で全5戦。全英オープンが開かれるセントアンドリュースなど欧州の名門コースを転戦する。

日本でもバーなどに設置されている装置と似ているが、大会で使用されたのは最新機器の「トラックマン」。6月上旬の5戦目が終わった後の実施は未定だ

使用するのは、野球界でも知名度が上がっている「トラックマン」。選手は実際にボールを打ち、軍でも使用されるドップラーレーダーで解析された弾道の結果が、バーチャルコースの画面に表示される。出場者は、マーティン・カイマーやリー・ウエストウッドなどのトップ選手たちだ。

サッカー、野球、バスケットボール、テニスなどでも、トップアスリートがeスポーツの大会に参加する例はある。しかしコントローラーでプレイするゲームとリアルなスポーツは乖離(かいり)が激しく、アスリート本来の能力が反映される度合いは限りなく低い(単純にゲームとして楽しむ分には問題ないが)。

逆に身体運動を伴うバーチャルスポーツでは、アスリートの肉体の強さやスキルが結果を左右する。娯楽性が低く競技性が高いところが、スポーツ好きの人たちから支持される理由のひとつだろう。そして今後の、スポーツの新たな可能性も感じさせる。プロゴルファーで解説者のタケ小山氏は、バーチャルゴルフについて次のように語る。

「ゴルフは毎日環境が変化するなかで行なうスポーツなので、バーチャルスポーツが現在のトーナメントの代わりになることは難しい。ただ、実際にボールを打っていてエンターテインメント性も高いですし、ショット力を競う、シミュレーショントーナメントなどが実施される可能性はあるでしょう」

ひと昔前まで、スポーツとビデオゲームは相いれないものと思われてきた。しかし、eスポーツは18年アジア大会(インドネシア)で公開競技として行なわれ、将来的に五輪競技としても検討されている。国際オリンピック委員会もeスポーツを「スポーツ活動」と認めている。

近年のデジタルテクノロジーの発展により、スポーツとビデオゲームの融合は進んだ。ここで挙げたバーチャルF1ゲームは、実際のレースシミュレーション技術にかなり近づいているといわれている。自転車とゴルフも、トレーニング装置、計測装置のテクノロジーがバーチャルゲーム化のベースにあるため、同様の装置がある他競技の参入もあるかもしれない。

バーチャルスポーツは見ていて楽しいだけでなく、スポーツとゲームの新たな形も想像させる。コロナの脅威が過ぎ去るまでの単なる代替大会にとどまらず、さらなる進化を遂げていってほしい。