イベント自粛でプロレス界も大打撃を受けているが、4月に無観客試合として行なわれネット配信された武藤敬司(むとう・けいじ)と桜庭和志(さくらば・かずし)の初対決はファンを歓喜させた。
逆境から生まれるプロレスの新たな可能性を"プロレスリング・マスター"が語る!
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■俺たちはお客さんとも闘ってるからね
――新型コロナウイルスの感染拡大は、プロレス界への影響も大きいですよね?
武藤 飲食、観光と共に、エンターテインメント業界が真っ先に影響あったよな。安倍首相が最初にイベント開催自粛要請をしたのが2月26日で、その2日後が(武藤がプロデュースする)プロレスリング・マスターズの後楽園ホール大会だったんだよ。
――アントニオ猪木さんのデビュー60周年を祝う特別な大会を開催する、まさにそのタイミングで。
武藤 急に中止にするのも難しいし。あの時点では、まだそこまで強い自粛要請じゃなかったからなんとか開催したんだけど。完売していたチケットが、当日500枚キャンセルあったからね。
――ただ、3月くらいまでは、けっこう興行を開いている団体も多かったですよね?
武藤 うん。プロレスってある意味、ほかのジャンルと比べてずうずうしいところあるじゃん? 反則が許される唯一のスポーツだからさ(笑)。
――自粛要請でもカウント4まではOKという(笑)。
武藤 だから安全に配慮しながらギリギリ興行は続けられるんじゃないかという安易な考えも、業界の中にあった気がするんだよ。ただ、それも(3月25日に)小池都知事が外出自粛要請っていうのを強く打ち出してから、もう完全にできなくなったね。
――WRESTLE-1の最終興行(4.1後楽園ホール)も映像配信のみの無観客で行なわれました。武藤さん自身、無観客で試合をしたのはこれが初めてですか?
武藤 そう。なかなか難しいですよ。俺たちは対戦相手と闘うだけじゃなく、お客さんとも闘ってるからね。お客さんの反応を見ながら、試合を展開していくわけだから。
――では、無観客だと試合内容も変わってきますか。
武藤 変わるでしょう。レスラーも人間だからさ、超満員の会場だと、ちょっと危険な技をやっても不思議と痛くなかったりするんだよ。
――歓声によってアドレナリンの出方も変わってくると。
武藤 逆に、お客もまばらな会場でやられる技っていうのは痛(いて)えんだよな(笑)。
――大仁田厚さんも「デスマッチなんか客がいなきゃできないよ」って言ってました。
武藤 そりゃそうだよ。あと、お客さんがいないなかだと、マニュアルどおりの試合になりがちで、面白みがないというかね。ただ、(4月19日に)プロレスリング・ノアさんで桜庭(和志)と初めてタッグで試合をしたときは、寝技の攻防でも隙を見せられないし、道場でスパーリングを必死にやってる感じで、無観客を意識せずに闘いに没頭できた。
もしかしたら、俺らが新日本の若手の頃からやってたシビアなストロングスタイルっていうのは、無観客に合ってるのかもしれないな。
■ムタは毒霧が使えないらしいんだよ
――"元祖・無観客試合"ともいうべき、猪木vsマサ斎藤の巌流島の決闘(1987年)もそういう試合ですしね。
武藤 その一方で「無観客だからこそできること」っていうのもあると思うんだよ。例えば、無観客ということは、カメラに映らない所では何をしていようが関係ないわけであって。極端に言えば、タッグマッチでタッチした後、たばこ吸ってたっていいわけだよ(笑)。
――視聴者には見えないわけですもんね(笑)。
武藤 そういう原理を生かしたものが、未来型のプロレスかなって思ったりもしてね。昔、俺がWCW(アメリカのメジャー団体)にいたとき、あそこはテレビ放送ありきの団体で、観客はエキストラみたいなもんだったんだよ。
――"公開収録"みたいなもんだったんですね。
武藤 だから、カメラに映らない所にトランポリンを置いて、突然、ビョーンと飛んでリングに入ってくるレスラーがいたりしたんだよ(笑)。テレビやネット配信だけに特化したものを見せるなら、そういうのもひとつの方法かな、なんて思ったりね。
だから無観客の新しいプロレスっていうのは、俺たちレスラーだけが考えるんじゃなく、映像の専門家や技術屋のアイデアも必要になってくるんじゃないかな。
――そういう意味では、天井からつるされて登場したり、スモークの中、突然リングに現れたりしたことのあるグレート・ムタも無観客に向いてるかもしれないですね。
武藤 ただ、コロナの問題で、ムタは毒霧が使えないらしいんだよ(苦笑)。
――ワハハハ! "飛沫(ひまつ)"で攻撃しちゃまずい、と(笑)。
武藤 不謹慎すぎる攻撃なんで、そこがネックになってるからさ(笑)。でもまじめな話、頭使ってアイデア出して、克服していかなきゃしょうがねえんだよ。地球の歴史を考えればさ、厳しい環境の変化によって滅びる種もあれば、環境に適応して進化して生き残った種もあるわけだ。だからプロレス界も、適応できないところは淘汰(とうた)されていく、厳しい局面に来てると思うんだよ。
でも、これを進化するチャンスととらえて、やっていくしかないよな。プロレスはこれまでも時代によって変化してきたんだから、ここからまた新しいプロレスが生まれる気がするし、それを信じてがんばっていきますよ!
●武藤敬司(むとう・けいじ)
1962年生まれ、山梨県出身。84年、新日本プロレスに入団。蝶野正洋、故・橋本真也との"闘魂三銃士"でトップレスラーに。全日本プロレス、WRESTLE-1を経て現在フリー。IWGPヘビー級王座、三冠ヘビー級王座など数々のタイトルを総なめにした"プロレスリング・マスター"。武藤敬司&グレート・ムタのグッズが好評販売中! 詳細は『武藤敬司オフィシャルショップ』にて