プロ1年目から毎年50試合以上に登板し、2018年からはクローザーを任され2年連続35セーブ以上――。
"鉄人"森 唯斗(もり・ゆいと)は、絶対に欠かすことのできないソフトバンクの守護神になった。かつてプロ野球界に"リリーフ革命"を起こしたレジェンド・江夏 豊(えなつ・ゆたか)氏と共に、投げ続ける極意を語る!
※この対談は今年2月の宮崎キャンプで収録され、2月22日発売『週刊プレイボーイ10号』に掲載されたものです。
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■信じられなかったドラフト2位指名
江夏 初めまして。
森 初めまして、森 唯斗と申します。
江夏 あなたの生まれは徳島の海部(かいふ)郡海陽町か。ここは漁師さんの町?
森 そうです。高知寄りの、県境ぐらいにある町です。
江夏 じゃあ、ひとつ運命が違えば漁師さんになってた?
森 漁師になろうと思ってました。正直、プロに入れるとは思ってなかったので。
江夏 野球は好きだった?
森 好きでしたね。それで高校を卒業した後も、社会人で野球を続けました。
江夏 普通、プロで抑えをやるようなピッチャーといえば、高校では甲子園で大活躍するか、大学や社会人ですごい成績を残して、鳴り物入りで入ってくるものだよ。でも、あなたの場合、甲子園には出ていないし、社会人の大会も補強選手で出ただけ?
森 はい、1回だけです、都市対抗に出られたのは。
江夏 あらためて、ソフトバンク球団の編成の見る目はすごいと思うよ。こんな、どうでもええようなピッチャーをドラフト2位で獲(と)るんだからな(笑)。
森 ハッハッハ(笑)。本当に信じられなかったです。自分の中では絶対ドラフトにかからないんだろうな、と思ってましたから。でもかかったので、もう失うものは何もないんだから思い切っていこうと思って入りました。
江夏 いざ、プロ野球に入ったら、高校や社会人のレベルとはちょっと違うわね。
森 違いましたね。
江夏 どのへんで違いを感じた?
森 初めてのキャンプでは右も左も全然わからないまま練習についていくだけで、周りの人を見ていたら、こんなところで戦うのは厳しいな、すごいところに入ったな、と痛感しました。
江夏 プロのレベルというものをどこに感じた?
森 球の速さもそうですけど、コントロールがすごいなと思いましたね。
江夏 あなたはアマチュア時代、コントロールという部分とスピードという部分、どっちが自信あったの?
森 コントロールですね。
江夏 コントロールに自信のあるあなたが、プロに入ってレベルの違いを感じた。どこが一番違った?
森 高さもしっかりしてますし、コースもしっかり投げ分ける。そういうところを見て、とんでもないところに入ったな、と思いました。
江夏 でも、そういう割にあなたは即戦力だったよな?
森 当時の監督、秋山(幸二)さんに使っていただきました。
江夏 そのときの投手陣はそんなに戦力薄かったの?
森 いや、そんなことはないと思うんですけど......。
江夏 フッフッフ(笑)。それは実力で獲ったわけ?
森 実力だと思います。
江夏 よっしゃ。それで1年目から58試合も投げて、投球イニングが65回余りで防御率2.33。フォアボールが15個。これはコントロールいいほうだよな。しかもデッドボール1個しか出しとらん。誰に当てたか覚えてる?
森 えっと、ロッテのサブローさんだったと思います。
江夏 おっ、覚えてるか。何か変化球のすっぽ抜け?
森 いえ、真っすぐ、インコースの抜けです。
江夏 抜けていったか。でもね、三振が54個、四死球が16。内容的には申し分なしだよね。1年目にこれだけ投げて「よし」と思った?「こんなもんか」と思った?
森 こんなものか、とは思わなかったですね。満足は全然しなかったので。もっともっと上でやりたいなと。
江夏 でも、ホームランを1本しか打たれてない。それぐらい、低め低めに投げる制球力を持っていた? それとも、自分で低めに投げることを心がけていた?
森 もともと低めに投げる意識は多少あったんですけど、やっぱり(プロ入り後は)それ以上に意識するようになりましたね。
江夏 例えばブルペンで投球練習をするときは、キャンプ、オープン戦、公式戦、時期によって違うと思うけど、何を心がけて投げてる?
森 今のキャンプの時期は、どちらかといえばコースですね。高さじゃなくて、コースにしっかり強い球を投げる。で、もう少したって実戦に入ってきたら、高さもしっかり投げたいな、という意識を持って取り組んでいます。
江夏 あなたの投球スタイルからいうと、コースはきっちり投げ分けられてもボールは高めに行きやすい、というようなイメージがあったんだけど、自分としてはどう?
森 うーん......。
江夏 低めに投げることに自信を持っているから、高めに行くのはそれほど心配ない?
森 はい、そうですね。
江夏 そうか。左右、コースに投げるのは技術だよな。
森 技術ですね。
江夏 でも、低めに投げるのは気持ちだから、これからも意識し続けてな。
森 わかりました。
■オールスターで覚えた「力を抜くこと」
江夏 1年目が終わって、あなたは2年、3年と続けて結果を残していくわけだけど、他球団は「ソフトバンクの森」をかなりマークしていたと思う。それをあなたはどういう部分で感じた?
森 1年目にはけっこう打ち損じもあったんですけど、2年目、3年目になると、一緒のボールでも前に飛ばされるし、ヒットにされる。僕はそこで、いろいろ研究されてるんだな、と思いました。
江夏 そういうマークも乗り越えて、結果を残し続けて5年目の2018年か、(それまで絶対的守護神だった)サファテに代わって抑えになったのは。あなたにとって、サファテというピッチャーはどういう存在なの?
森 やっぱりすごいと思います。サファテが出ていったら試合が決まる。向こうに「もうダメだ」と諦めさせるピッチャーだと思いますから。
江夏 でも、それはいいときのサファテだろ?
森 はい。
江夏 いいときが続かないじゃない、彼は。最初、カープで1年目よくて、2年目はあまり働けなかった。ソフトバンクでも4年間は立派だったけどこの2年は(故障やリハビリのため)野球してない。日本にも来なかった。そういうピッチャーってどうなの?
森 うーん......。
江夏 彼が野球しない、しわ寄せがあなたに来たわけよ。
森 僕は正直、ラッキーだな、と思いました。
江夏 サファテがいないから自分が抑えになれたと?
森 はい。チャンスだと思いましたし、自分ががんばろうというふうに思いました。
江夏 いいほうに解釈したんだな。ということは、今後も来てもらいたくないよな。
森 今年はキャンプに来てますけど、簡単に抑えを譲る気はないです。「はい、どうぞ」とは思ってないので。
江夏 今の内容だったら、あなたはサファテと勝負しても怖くないと思う。それだけの自信はつかんだ?
森 自信あります。
江夏 やっぱり2年連続で35セーブ以上、これだけの数字を挙げたという自信は大きいか?
森 大きいですね。
江夏 ところで2年前か、あなたが抑えになった年の話だけど、オールスターで「力を抜くことを覚えた」と。これはどういう意味?
森 もうずっと、投げるときに最初から力が入っていて、けっこう打たれることが多かったので、何か変えないといけないなと思っていて。それで、リリースの瞬間だけ力を入れるイメージで投げてみたんです。
江夏 ボールを離すまではリラックスして?
森 はい。ゼロから100みたいなイメージで、オールスターで試したんです。そうしたらバッターの反応がものすごくよかったので。これは使えるな、これだなと。
江夏 それは誰かからのアドバイス?
森 周りの人から「力が入ってる」って、ずっと言われてたんです。ただ、それは自分の持ち味でもあるし、続けたい。でも抑えなのにずっと打たれているので、何か変えなきゃいけない、と思っていたらオールスターに選ばれて。公式戦で試すのはちょっと勇気がいるので、オールスターだったら別に打たれてもいいや、と思って試せたのがよかったんですね。
江夏 試すっちゅうのは大きな勇気がいると思うけど、オールスターをうまく利用して何かを感じたわけやな。
森 けっこう、自分が思ったよりバッターが差し込まれていたので、これはいいなと。
江夏 力を抜くという意味では自分もね、若いとき、同じ真っすぐでも2種類放れることを覚えた。速い真っすぐと、ちょっと抜いた緩い真っすぐ。効き目があるのは緩い真っすぐで、けっこうバッターはそれでどん詰まりになったり、タイミングを外されたりしていた。
緩い真っすぐも十分使えるな、ちゅうことは自分で投げていて覚えた、というのかな。今から半世紀前、年間300イニング投げる時代だよ。そこまで投げようと思えば、常に全力投球はしんどかったから、何か楽したいなと思って工夫した。
だからあなたも、投げているときに覚えることはまだまだたくさんあると思う。だって、技術の世界はてっぺんがないんだよ。いろんなことを覚えて、勇気を持ってチャレンジしてもらいたい。あなたはそれができるピッチャーだと思うし、すごい数字を残してきたんだから。
森 ありがとうございます。
■10年続ければ途轍もない数字に
江夏 6年間で353試合って、年間59試合じゃない? 10年で600試合になる。なおかつ毎年30セーブ以上を挙げていくと、途轍(とてつ)もない数字になってくる。
森 行けるところまで行きたいですね。
江夏 おお、勇ましいな。そのためには体の手入れだよね。あなたのクラスになってくると「あれしろ、これしろ」なんて言われないんだから、自分で管理していかないとな。
森 本当にそう思います。
江夏 じゃあ最後に、今年のあなたの目標は?
森 1年間、絶対9回に投げて、60試合以上マウンドに上がることです。去年は脇腹を痛めて1ヵ月ぐらい出られない時期があったので。
江夏 そうか。あなたの場合、ケガはまず疲労からくると思うから、二度とそういうことがないように、手入れだけはしっかりな。
森 はい。それと、ここ2年できてないリーグ優勝も目標です。
江夏 そうかそうか、面白いチームだよ。2年連続リーグ優勝できてなくて3年連続日本一なんて。ただ、リーグ優勝しても、あなたが10セーブじゃあ困るわな。
森 そうですね、30以上で。
江夏 ケガなく30セーブ以上して、リーグ優勝できるようにがんばって。応援してるから。
森 ありがとうございます!
江夏 こちらこそ、今日はありがとう。
●江夏 豊(えなつ・ゆたか)
1948年生まれ、兵庫県尼崎市出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などのプロ野球記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ
●森 唯斗(もり・ゆいと)
1992年生まれ、徳島県海部郡海陽町出身。海部高校、三菱自動車倉敷オーシャンズを経て2013年、ドラフト2位でソフトバンクに入団。1年目から中継ぎとして58試合に登板。以降、6年通算353試合に登板。18年、サファテの故障のためクローザーを任され、37セーブで最多セーブのタイトルを獲得。19年も35セーブを挙げ、守護神としてチームを支える