2019年ラグビーW杯でベスト8入りを果たした日本代表チーム。ストレングス&コンディショニングコーチコーチの太田氏は「強く、疲れない体」づくりを指導してきた 2019年ラグビーW杯でベスト8入りを果たした日本代表チーム。ストレングス&コンディショニングコーチコーチの太田氏は「強く、疲れない体」づくりを指導してきた

外出自粛でなまった体を仕事モードに戻したい。新型コロナウイルス感染拡大の第2波に負けない体をつくりたい。

そんなときに思い出すのが、ハードなぶつかり合いをしながらも、次の試合までにはしっかりと体力を回復させていたラグビー日本代表選手の超人的な体調管理術だ。

そこで、2019年ラグビーW杯でベスト8入りを果たした日本代表チームの太田千尋(おおた・ちひろ)ストレングス&コンディショニングコーチに「代表選手はどのようなトレーニングをしてきたのか?」「一般人でもできる体調管理術はあるのか?」などを聞いた。

■しっかり回復させてケガをなくす!

――ラグビー日本代表選手は、どんなトレーニングをしていたんですか?

太田 ラグビーという競技はスーパーアスリートの集まりです。体が大きくても走るスピードが遅かったり、長時間ピッチに立てる持久力がなかったりすると海外のチームと互角に戦うことができません。そこで、まずは海外の選手に負けない強い筋力をつける。そして、筋力がついたら動作のスピードを速くする。

例えばバーベルスクワットの場合、その人の最大筋力が200㎏だったら、半分の100㎏でいかに速く動かすかというトレーニングをします。最初は1秒かかっていたものを0.8秒、0.5秒と縮めていく。

また、ラグビーはコンタクトスポーツなので、タックルなどで強い衝撃が加わったときに、体幹がぶれないようにしなければなりません。体幹を安定させて、下肢の推進力を体に伝えるのです。

そのためにウオーターバッグ(柱状のバッグに水を入れて使うトレーニング器具。水の重さと揺れを利用する)を担いで走ったり、コンタクトする姿勢を取るトレーニングをしていました。

ウオーターバッグのトレーニングは一般の人にも効果的だと思います。ウオーターバッグを持って腹筋をすると、筋肉の動きが普通の腹筋の動作よりも活性化されます。

日本代表選手は、こうした負荷のかけ方をしてきましたが、大事なことは負荷をかけるのと同時に回復力に対しても注意を払うということです。 

――リカバリーもトレーニングと同じくらい重要だと?

太田 はい。トレーニングだけだとケガにつながるし、逆に回復力ばかり高めると負荷が弱くなるので強くなれない。"ハードワークとハードリカバリー"はセットなんです。基本的には3日間トレーニングを続けると疲労がたまってコンディションが落ちてきます。ですから、4日目は休んでしっかり回復させる。

また、負荷を分散させることも重要です。例えばダッシュ100本を3日間やったら、かなりの負担になります。それを初日に150本、2日目に50本、3日目に100本だとトータル300本のダッシュでもケガをしにくくなる。代表チームでは、毎日同じ部位を同じ量トレーニングすることはまずありません。

――毎日同じトレーニングを繰り返さないということが回復力を高める秘訣なんですね。

太田 それから、例えばA君は負荷100のトレーニングに慣れていて、B君は負荷50のトレーニングまでしか慣れていない場合、ふたりが負荷50のトレーニングをやったら、A君のほうが回復力は高くなります。

代表チームの試合の間隔は約1週間。その間にどれだけリカバリーできているかが重要になってきます。そうすると、練習時に試合よりもハードなトレーニングを何度もすることが回復力を高めることになってくる。

――ということは、一般の人も来週は仕事が忙しくなるとわかっていたら、その前の週にハードなトレーニングをしていれば、忙しいときの体力の回復力が高くなるということですか。

太田 ざっくり言うと、そうなります。回復力が高い状態をつくって、試合などの本番に臨むということです。

ラグビー日本代表チームの筋力トレーニングの様子。右端で指導しているのが太田氏 ラグビー日本代表チームの筋力トレーニングの様子。右端で指導しているのが太田氏

■寝入りの90分を大事にする!

――回復力をつけるにはハードトレーニングをするだけでいいんですか?

太田 回復力を簡単に言うと「体力があるかないか」です。そして、この体力をつけるために重要なのが食事と睡眠です。極端なことを言えば、「回復力の70%は睡眠と食事で、30%がトレーニング」です。

――睡眠と食事が70%ですか!

太田 体の修復に欠かせないのが、成長ホルモンです。そして、成長ホルモンが一番分泌されるのが睡眠時です。特に寝入りの90分の分泌が高い。ですから、寝入りの環境を整えること。そして、8時間以上寝る習慣をつける。8時間未満だと、壊れた細胞が修復できないこともあります。

――寝入りを良くするにはどうしたらいいんですか?

太田 体温が高すぎたり、心拍数が上がっていたり、胃の中に食べ物があって消化に血流が使われたりしていると寝入りが浅くなります。ですから、お風呂はぬるめにする(熱いお風呂に入りたいなら、寝る1時間以上前に入る)。アルコールを飲むと心拍数が上がるので、アルコールは控える。寝る90分前までには食事を済ませる。そして、部屋を暗くして、静かに横になる。

日本代表選手には、寝る前に「スリープスムージー」を飲んでもらっていました。これはベリー系の果物とカゼイン(タンパク質)などを入れた飲み物です。これを飲むとセロトニン(精神を落ち着かせる物質)の分泌を促して、寝入りの質が良くなります。

――食事で気をつけるのは?

太田 消化を大事にすることです。一度に大量の食べ物を摂取すると、どうしても消化不良になったり、不純物として蓄積されてしまう。栄養をきちんと取ったようで取れていないんです。ですから、栄養の摂取量を7回とか8回とかに分散して、常に栄養がきちんと吸収されて、体の回復に使われる状況をつくります。

――少量の食事を数多くするということですね。

太田 はい。ただ、朝ご飯を少なくすると栄養の枯渇状態が昼まで続くのであまりよくありません。また"3時のおやつ"だからといって、お菓子を食べるのではなく、タンパク質や炭水化物をバランスよく食べてほしいです。

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昨年、日本中に勇気と元気をくれたラグビー日本代表の体調管理術を実行して、この状況に立ち向かおう!

●太田千尋(おおた・ちひろ)
1979年生まれ。ラグビー日本代表ストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ。スーパーラグビー・サンウルブズS&Cコーチ。慶應義塾大学體育會蹴球部S&Cディレクター
太田千尋氏 太田千尋氏