サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第162回。
現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。
今回のテーマは、ポジションコンバートについて。アトレティコ・マドリードで新たなポジションに挑戦し輝きを見せたマルコス・ジョレンテ・モレノ。その活躍を見て、宮澤ミシェルは自身も経験したコンバートについて語った。
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選手がまったく異なる輝きを放つのだから、コンバートはおもしろいよな。
2019-2020シーズンにもっとも驚かされたのが、マルコス・ジョレンテ・モレノ。レアル・マドリードの下部組織育ちで、2016-17シーズンはレンタル移籍先のアラベスでレギュラーを獲得して活躍し、2017年夏にレアル・マドリードに復帰。2017-2018シーズンからはレアル・マドリードでプレーしていたけど、選手層の厚さもあってパッとしなかったんだよね。
それで5年契約でアトレティコ・マドリードに移籍したんだけど、ディエゴ・シメオネ監督との出会いで、存在感が増すんだもんな。
もともと守備的MFの選手だったマルコス・ジョレンテ・モレノを、シメオネ監督は攻撃的なポジションで起用した。トップ下をやったり、ジエゴ・コスタとの2トップの一角を任されたりして、これがハマったよな。チャンスメイクをしたり、ゴールも決めたり、ポストプレーもしたりと、FWの仕事をしっかりやっていたね。
まだ本物とはいえないけれど、覚醒を予感させたよね。その働きは150億円で獲得したジョアン・フェリックスがくすんじゃったよな。来季はどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、すごく楽しみなんだ。
日本でも山村和也(鹿島→C大阪→川崎F)が、C大阪時代に攻撃的なポジションにコンバートされて成功したよな。鹿島時代はCBやボランチだったのに、当時のC大阪のユン・ジョンファン監督がトップ下に抜擢。ボランチでは控えだった選手が、トップ下でレギュラーになって輝きを放ったよね。
コンバートって簡単に言うけど、思っている以上に難しいんだよな。たとえば同じポジションでも右サイドから左サイドになると、立ち位置が変わることで見える景色も変わる。当然、体の向きも、使い方も変えなくてはいけなくなる。
頭ではわかっていても、体で反応できるようになるには時間がかかることもある。これが違うポジションになれば、求められる役割まで変わるわけだから、すぐに適応できないケースは多くて当たり前なんだよね。
ただ、守備的MFの選手はコンバートが成功しやすい気がするな。マルコス・ジョレンテ・モレノにしろ山村にしろ、もとは守備的MFだしね。
もともと守備はできる選手というのが大きいよ。守備力はどんな試合でも調子の影響は受けにくいから、攻撃で噛み合わなくてもチームに与えるマイナス要因は小さい。監督も使いやすいんじゃないかな。
選手寿命を考えれば、ひとつのポジションしかできないよりも、たくさんのポジションができた方が長くなるから、できるに越したことはないよね。
中村俊輔や、鹿島やミランでプレーしたレオナルドは、代表で生き残るためにクラブでのポジションとは違う役割を受け入れたこともある。当人にとっては嫌なことで、渋々コンバートを受け入れたんだろうけど、長い目で見たら、その経験を彼らはキャリアに活かした気がするな。
よく快速FWをサイドバックにコンバートするケースがあるけど、これって2通りの目的がある気がするね。本当にサイドバックに転向させたいケースと、人材難だからひとまず経験させながら、違うポジションの経験値を将来的にFWで役立てて欲しいケース。パスの出し手の気持ちや視野を理解すると、FWとしての動きが格段によくなることは多いんだよね。
だけど、どのポジションの選手であっても、自分が長年やってきたポジションを離れるのは、選手には抵抗があるのも事実なんだよな。
私の場合は大学生のときにFWからサイドMFに移って、そこからCBになった。試合に出るための決断だったけど、子どもの頃から「自分が一番うまい」と思ってきたなかでのことだからね。ショックだったよ。
プロになるような選手は、誰しもそういう気持ちを持っているし、持っていないとつとまらないのがプロの世界。そこで現実とどう折り合いをつけていくかって難しいよな。
適正ポジションを見出してコンバートを決断してくれる監督との出会いは大事。だけど、選手自身がそこが自分の生きる道だと努力できなければ、成功しないのもコンバートなんだよ。