安彦考真(あびこ・たかまさ) 1978年生まれ、神奈川県出身。順風満帆な社会人生活を送っていた30代の終わりに「プロを目指す」と一念発起し、2018年に水戸(J2)に加入。19年にYS横浜(J3)に移籍し、41歳1ヵ月と9日でJリーグ最年長デビュー。ポジションはFW

安彦考真(42歳)はまるで漫画のような人生を歩んでいる。

高校卒業後、憧れのカズ(三浦知良)を追うようにブラジルへ渡り、帰国後は清水と鳥栖の入団テストを受けるも、あと一歩のところで合格ならず。その後はサッカークラブの通訳や日本代表選手のマネジメント、通信制高校の講師などとして働きながら、順風満帆な社会人生活を送っていた。

しかし、39歳で再びJリーガーを目指すと一念発起し、クラウドファンディングでトレーニング費用を集め、40歳でJ2の水戸と異例の「年俸10円」で契約。そして昨季、J3のYS横浜で41歳1ヵ月9日のJリーグ最年長デビューを果たした。

40歳目前だった彼は、約1000万円の年収を手にし、何不自由のない生活を送っていた。しかし、すべてをなげうったことで一度は諦めたプロサッカー選手になるという夢を叶(かな)えたのである。

その異色のキャリアと実質"0円Jリーガー"というキャッチコピーはメディアの目に留まり、先月には人気バラエティ番組『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)でも特集されたほど。

しかし、プロ3年目、YS横浜で2シーズン目を迎えている安彦の今季の年俸はわずか120円。いったい、どうやって生活をしているかは気になる。

「おカネはなければ、ないなりになんとかなりますよ。昨季は個人スポンサーと月20万円の契約を結んでいましたけど、やっぱりおカネで魂を売ったらダメですね。今季は断りを入れさせてもらい、今は相模原市の実家に戻って、父親の軽自動車を借りて練習に通う日々です。

サラリーマン時代は稼いだお金はすべて使い、いい場所に住んで、ブランド物の服を着たりすることがステイタスだと勘違いしていましたね。今は物欲はすっかり消えました」

大変だったのはプロ1年目、寮暮らしだった水戸時代。朝食時にプラスチック製の容器を持参し、そこに白飯と梅干しを詰めてランチにしていた頃だと振り返る。

「それでも、そんな僕を見かねた20歳前後の選手たちがよく食事に誘ってくれて(苦笑)。普通は断るところなんでしょうけど、僕の中では奢(おご)ってもらっているという感覚はなくて、1000円のランチなら2000円分の話、3000円の夕食なら6000円分の話をしてチャラ。まあ、こんなキャラですし、若手も面白がってくれていました(笑)」

今季はここまで途中出場が1試合(第10節終了時点)。少ない出場機会にJ3最年長ゴールを狙う

肝心のピッチでのパフォーマンスはどうか。

J2の水戸では結局出番ナシ、YS横浜に移籍した昨季は8試合の途中出場(計71分)にとどまった。今季はJ3でここまで1試合に途中出場しただけだが(第10節終了時点)、その第4節の八戸戦では1-2と1点ビハインドのなかゴールに迫る場面もあった。

「約5分と短い時間ながら手応えはありました。チャンスで決め切れなかったのは反省点ですけど、昨季以上に前線で自分にボールが集まってくる感じもありましたし。今後も試合に出られれば得点チャンスは必ず来る。

僕に与えられるのは1試合で多くても15分程度だと思うので、あってもワンチャンス。それを生かせるように常に集中力を研ぎ澄ませてやっていきたい」

コロナ禍の自粛期間中には2週間の断食に加え、食事の改善を行なったことでコンディションも良好だという。

「食事をビーガンにしたことで、心肺機能がよくなった感じがします。体重は5kg落ちましたが、筋肉量はほとんど変わらず。汚い話で大変恐縮ですけど、弱っていた胃腸も改善され、毎日キレイな一本グソが出るなどめちゃくちゃイイ感じです(笑)」

それだけに欲しいのは自身Jリーグ初ゴールとなる、J3最年長弾だ。

「FWである以上、そこはもう願望ですね。結果以外で自分がチームに貢献できている部分もあると思いますけど、ゴールが一番わかりやすいですから。できれば、同点とか勝ち越しの場面で決めたい。もし決められたら、ひじタッチなんかじゃ喜びは収まらない。皆にガバガバ抱きついちゃうでしょうね(笑)」

『激レアさん...』出演直後は、反響も大きく、電話やメールの着信音が鳴りやまなかったというが、一方で年齢や年俸などで注目を浴びていることを面白くないと感じているサッカーファンや関係者も少なくないのではと安彦は言う。

明るい性格、ひたむきなプレー姿勢でチームを活性化するのも大きな役割だが、今季は結果にこだわる

「Jリーガーになった当初は、同業の選手からも『10円でプロなんて認めない』という声も聞きました。試合で対戦する相手も、この前までただのおっさんだった僕だけには絶対に負けたくないと思っているでしょうし、実際にそれは感じます。八戸戦でも、僕との競り合いに負けた選手が『そんなヤツに絶対負けんじゃねぇ!』って怒鳴られていましたから。

ただ、そうやって僕を気にしてくれることで、周りの選手がフリーになる状況もあったので、そこは逆に利用したいですね(笑)」

そんな安彦は今季を「ラストイヤー」と明言しているが、憧れのカズのように限界までプレーし続けるという選択はなかったのだろうか。

「年俸120円なので、続けようと思えば続けられるかもしれない。ただ、やっぱり"賞味期限"はありますよ。カズさんは最年長というか、最高峰だからマネなんてできない。

僕はプレーよりも生き方、40代でもJリーガーになれるということを証明することで働く同世代にエールを送れればと思っていたので、ここがいい区切り。ただ、もしJ1のチームからオファーが来たら、前言撤回するかもしれないですけどね(笑)」

ワイルドな風貌には似合わない軽妙な語り口。独自の道を切り開いてきた42歳は、遅れてきたJリーガーとしてのキャリアにどんなピリオドを打つのか。残りシーズンの安彦の奮闘に注目したい。