「1980年度に生まれて甲子園を目指した『松坂世代』は4万2551人。彼らのレースは今もまだ続き、これからも続いていくんです」と語る矢崎良一氏 「1980年度に生まれて甲子園を目指した『松坂世代』は4万2551人。彼らのレースは今もまだ続き、これからも続いていくんです」と語る矢崎良一氏

「平成の怪物」松坂大輔を筆頭にきら星のごとく才能が集まり、野球界を長く牽引(けんいん)してきた「松坂世代」。今年、40歳を迎える彼らの多くはすでにユニフォームを脱ぎ、数少ない現役選手もキャリアの晩年を迎えている。

「最強世代」といわれながら一流選手の証(あかし)である200勝、2000本安打達成者がいまだゼロとはあまりに意外だが、それでも彼らが今なお、多くの野球ファンに圧倒的な存在感を放つのはなぜなのか? 

彼らを誰よりも追いかけてきた矢崎良一氏が総勢16名の「松坂世代」の"それから"を書き尽くした『松坂世代、それから』について聞いた

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――今作は2003年に出版された『松坂世代』(河出書房新社)の続編にあたりますが、17年の時を経て、なぜ今、続編を書こうと思われたのでしょうか?

矢崎 企画を立ち上げた2018年は夏の甲子園が第100回記念大会を迎えていたこともあって、常に「松坂世代」という単語が僕の頭の中にあったんです。加えてこの年は松坂が中日ドラゴンズで復活した年でもあった。

松坂と松坂世代のストーリーの原点ともいえる98年の"伝説の夏"からはや20年。彼らの環境も境遇も当時とは大きく変わっているなか、あらためて松坂世代のそれからを書きたいと思ったんです。

――本書は総勢16名の松坂世代が登場しますが、村田修一(巨人2軍野手総合コーチ)や後藤武敏(楽天2軍打撃コーチ)といったこの世代のなじみの顔ぶれだけでなく、澤井芳信(スポーツマネジメント会社社長)、手嶋健一(鉄板焼き店主)、伊代野貴照(競輪選手)、田中大貴(フリーアナウンサー)など、キャリアも境遇も十人十色、実に色濃い人間ドラマがつづられてます。

矢崎 人選については、ジグソーパズルにたとえるならできるだけ違ったピースを集めたいと思いました。その意味でこの本は、プロ野球選手たちのセカンドキャリア本ともいえるかもしれません。必ずしも有名な人ばかりではありませんが、いずれもひとりで本が一冊作れるくらいの人選になったと思います。

松坂との距離感も人それぞれで、高校やプロで鎬(しのぎ)を削った選手もいれば、会ったことも話したこともなく「雲の上の存在です」と語る者もいる。彼ら全員に共通するのは、世代のトップランナーである松坂を意識し、背中を追いかけ、少なからず影響を受けたこと。さらに言えば「松坂世代」に生まれてきたことを誇りに思っていることです。

――世代間の切磋琢磨(せっさたくま)はユニフォームを脱いだ瞬間に終わるものと思っていましたが、ある者はビジネスの世界で、ある者は指導者の世界でと、形を変えながら今なお世代のトップランナーである松坂の背中を追いかけているというのは非常に興味深く感じました。

矢崎 松坂は今でも「自分はひとりで頑張るタイプではなくて、(世代)みんなで頑張っていきたい」と言うんです。1980年度に生まれ、高校時代に野球部員として甲子園を目指した選手は全国に4万2551人いるんですが、彼らのレースは今も、これからも続いていく。後にも先にもこんな世代はなかなかいないと思います。

――誰もが「黄金世代」と信じて疑わなかった松坂世代ですが、現時点で一流選手の証である200勝、2000本安打達成者がひとりもいません。これはなぜなのでしょうか?

矢崎 こればかりは僕もわかりません。球界の七不思議のひとつでしょう。一方で1988年生まれのいわゆる「ハンカチ世代」には坂本勇人(はやと/巨人)、田中将大(ヤンキース)、前田健太(ツインズ)、秋山翔吾(レッズ)、柳田悠岐(ゆうき/ソフトバンク)など候補者がごろごろいる。

その意味では松坂世代は必ずしも日の当たる道を歩いてきた勝ち組ではなかったのかもしれません。これについて村田修一は「それがあえて素晴らしいのかも」と言うんです。

野球界を松坂世代が引っ張ってきた時期は間違いなくあったわけで、面白い世代だった、それでいいじゃないですか、と。僕もそこには共感しているんですが、半面、彼らだって絶対に数字のことは気にしているはずで、だから松坂と藤川球児(阪神)に、なんとか達成してくれとずっと今も願っていると思うんです。

――一方で「ダルビッシュ世代」や「田中世代」「大谷世代」といったフレーズはまったく浸透していません。彼らが存在感という面ではいまだに「松坂世代」を超えられていないのはなぜなんでしょう。

矢崎 その話を松坂本人にぶつけてみたら、「本当に不思議ですよね」と首をかしげながら「それはメディアのおかげですよ。僕も松坂世代もメディアにつくってもらったんです」と言うんです。

それを聞いて僕は純粋にうれしかったし、彼はメディアと幸せな関係を築けた最後の世代なんじゃないかとも思いました。今やSNS全盛の時代ですが、いまだに松坂は自分で直接、発信することをしません。

基本、「聞かれなければ答えない」というスタンスながらも話すときにはメディアを信頼し、メディアに委ねてくれる。そんな彼の姿勢にメディアも惹かれたからこそ、「松坂世代」が一大ムーブメントになったといえるかもしれません。

――シーズンはまだ途中ですが、すでに藤川球児、渡辺直人(楽天)が引退を表明。残すは松坂と和田毅(つよし/ソフトバンク)、久保裕也(楽天)の3投手だけになってしまいました。現在の彼らの奮闘ぶりをどのようにご覧になっていますか。

矢崎 どんな形でもいいから、松坂の復活劇をこの目で見たいと思っていますし、それは松坂が輝けばこの世代全体が輝くんだから、という全員に対する応援でもあります。

人間って誰しも"人が落ちていくところを見たい"っていう意地悪な気持ちを持っていると思うんですが、その人がもう1回這(は)い上がってくる姿には理屈抜きに感動がある。本当はみんなそれを見たいんじゃないかと思うんです。

――本作は17年越しの続編でしたが、さらなる続編はありますか?

矢崎 「最終的な勝負はどんな人生を送れたかだ」と松坂は言うんですが、当然、野球が終わった後の人生のほうが長いわけです。その意味では松坂世代の本当の勝負はここからなのかもしれません。だから僕も最近、ネタで言ってるんです。「17年後に彼らの還暦前を追った『松坂世代、あれから』を書きます」ってね(笑)。

●矢崎良一(やざき・りょういち)
1966年生まれ、山梨県出身。出版社勤務を経てスポーツライターに。野球を中心に数多くのスポーツノンフィクション作品を発表。細かなリサーチと現場主義に定評がある。著書に『元・巨人』(ザ・マサダ)、『松坂世代』(河出書房新社)、『遊撃手論』(PHP研究所)、『PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って』(講談社)など

■『松坂世代、それから』
(インプレス 2200円+税)
古巣・西武で復活を目指す世代筆頭の松坂大輔。現役を引退しコーチとなった村田修一、後藤武敏、木佐貫洋。NPBで世代初となる監督に就任した平石洋介。今季、引退を発表した世代最後の野手、渡辺直人。さらには別の競技でアスリートを続ける者、プロには進まず指導者となった者、一般企業で社長になった者......。総勢16名の知られざる人間ドラマを、松坂世代を誰よりも追い続けてきた著者が圧倒的な取材量と熱量で書き尽くす

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