サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第170回。
現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。
今回のテーマは、三浦淳寛について。シーズン途中にしてヴィッセル神戸の新監督に就任した"アツ"こと三浦淳寛。以前は同じマネージメント事務所に所属していた宮澤ミシェルがアツの魅力を語った。
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最後の切り札が、まずは効力を発揮しているってところだよね。
アツ(三浦淳寛)が新監督に就任したヴィッセル神戸は、初采配となったコンサドーレ札幌戦から3連勝。4戦目となった10月10日の柏レイソル戦では3ー4で敗れはしたものの、内容は紙一重だったと思う。PKも含めてだけど3点奪ったし。だけどやっぱり、柏のオルンガがすごすぎたよ。今の彼を止めるのはなかなか容易ではないってことだね。
神戸は、トルステン・フィンク前監督の退任前は公式戦8試合で勝利なしだったから、とりあえずは監督交代という劇薬が効いたと見ていいんじゃないか。
ただ、神戸はこれで4季連続でシーズン途中での監督交代。新型コロナ禍の影響はあるのだろうけど、昨季途中に登板して天皇杯優勝でクラブに初タイトルをもたらした監督でさえ交代っていうのは、"継続性のあるスタイルの確立"を掲げている割には、目先の結果を追った人事に映っちゃうよな。
状況に応じてスピード感を持って対応するのは大切なことだけど、腰を据えて取り組まないといけないこともある。このあたりはクラブとして今後の課題だろうね。
とはいえ、アツは本当によくやっているよ。
彼が現役引退後に所属したマネージメント事務所は私と同じなんだよね。いまは事務所から離れているけど、一緒にいろんなイベントに出たりして。その頃から彼がサッカーに対して真摯に向き合ってきたのを見ているだけに、うれしさは人一倍あるんだ。
アツが率いるようになったことで神戸の何が変わったかと言うと、目に見える部分で大きく変わったことはないんだよね。起用する選手、立ち位置はフィンク前監督時代とほぼ同じ。もちろん細かいディテールは違うんだけど、ここまでの結果はそれだけではないんだ。
やっぱり大きな要因は、アツが選手をその気にさせているからだと思うよ。
アツは一見するとファッション的なものもあってチャラそうに思われがちけど、中身は全然違うんだよ。サッカーに対してものすごい熱量があって、勉強熱心。なにより気が利く。
この気が利くってのがポイントだね。気を利かすには、まわりを見て、相手を知ったうえで、どんな気持ちで何を望んでいるかを察することが必要になる。
アツは2018年2月に神戸のスポーツダイレクターになって、そこから選手獲得にも深く関わってきた。だからこそ、選手一人ひとりのプレー面の特徴だけではなく、性格も把握している。そのメリットを生かして、気を利かせながら選手一人ひとりのモチベーションを高めているんだと思うよ。
アツにとっては現役引退後から現場一筋に歩んできたわけではなく、外の世界に出たのはよかったんじゃないかなと思うよ。
一緒にサッカーサークルに所属する大学生を対象にしたイベントに携わっていんだけど、当時のアツは自分のサッカー観や経験値などを選手に伝えることに苦心していたんだよね。
高校時代から天才的な選手だったアツが、そのレベルに達していない大学生に自分の感覚を伝えるのに苦労するのは当たり前のこと。普通ならその場限りの指導だから、おざなりにしがちなんだけど、アツはそこでどうやったら相手に伝わるかに真剣に取り組んで、相手の側に立って考えていたんだよ。
サッカーへの情熱や技術がさまざまなレベルにある人たちを相手にすることを、指導者のスタートで経験したことが、いま神戸の選手たちを前にしても役立っていると思うよね。
初めての監督就任でいいスタートを切ったアツだけど、本当の勝負はここから。チームがずっと好調を維持すればいいけど、下り坂にさしかかったときに素早く察知して手立てを打てるかが監督に求められることだよね。
しかも、神戸は来月にはACLが控えているから、そこに向けての選手のコンディショニングやパフォーマンスにも気を配りながら、リーグ戦を戦わないといけない。
これまでスポーツダイレクターとしてチームを近くから見てきたアツとはいえ、こればかりは監督になって初めて経験することだから、難しい仕事だよね。
ただ、こうした経験をひとつひとつ重ねながら、アツが本物の監督になっていくんだけど、アツは全体を見渡す力を持っているからきっと乗り越えていくと期待しているよ。