中止になった五月場所以降は、観客数の上限2500人で開催。十一月場所は上限5000人と、徐々に人が戻りつつある

これまで、大相撲十一月場所は「一年納めの九州場所」とうたわれてきたが、今年はその言葉が使えない。新型コロナウイルスの影響で、恒例の福岡国際センターではなく、東京・両国国技館で初日(11月8日)を迎えたからだ。

振り返れば1月の初場所、幕内の最下位の地位にいた33歳の德勝龍(木瀬部屋)が初優勝して「自分なんかが優勝していいんでしょうか」とコメントし、国技館の満員の観衆を感動させたことが遠い昔のように感じる。

感染が拡大した3月の春場所は、エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館)で無観客開催。無事に千秋楽まで完走したものの、4月7日に緊急事態宣言が発令されると、相撲協会は5月の夏場所を中止することを決定した。

本場所の中止は、旧両国国技館の改修が間に合わなかった1946年夏場所、八百長メール問題が発覚した2011年春場所に続き3度目となった。

中止が決定した直後には、相撲部屋でクラスターが発生した。力士たちは大部屋で集団生活するために感染のリスクが懸念されていたが、ひとつの部屋で親方・力士7人の陽性が確認され、ひとりが28歳の若さで急逝した。

部屋の兄貴分として弟弟子から慕われ、巡業では初(しょ)っ切りを担当するなど誰からも慕われた力士の訃報は、角界にとって痛恨の極みだった。

相撲協会は専門家からアドバイスを受け、さらに感染対策を徹底した。大部屋では終日マスクを着用。弟子の体調に異変が出た場合は稽古を休ませるよう親方たちに伝え、食事もちゃんこ鍋や大皿に盛りつけていた料理を個々の食器に分けるようにした。

稽古場は常に換気し、肌を合わせる申し合い、ぶつかり稽古は禁止(6月25日に解除)。四股、すり足、筋力トレーニングなど基礎稽古のみを行なうことが指導された。

迎えた7月の本場所は、初日を2週間延期して開催。移動リスクを考慮し、名古屋のドルフィンズアリーナ(愛知県体育館)での開催を断念して両国国技館で行なった。

58年から始まった名古屋場所が東京で行なわれるのは史上初のこと。観客数は上限を2500人に定め、4人用の升席もひとりでの使用に限定するなどの対策が取られた。

続く9月の秋場所も、同じように観客数を上限2500人で開催したが、場所前に力士24人の集団感染が発生し、その部屋の力士28人全員が休場する事態になった。

相撲協会はこれまで、不要不急での外出をした力士や親方たちには厳しい処分を下してきたが、同部屋の力士に関しては全員の番付を据え置く措置を取った。力士にとって"命"である地位を守る特例措置は、立派なコロナ対策と言っていい「英断」だった。

観客数の上限が5000人に緩和された十一月場所では、秋場所で初優勝し、大関昇進を決めた正代(時津風部屋)に期待がかかる。

昇進伝達式の口上では「至誠(しせい)一貫」の四字熟語を盛り込み、これまで貫いた誠実な相撲で大関の責任を果たすことを誓った。また、十一月場所の番付が発表された10月26日には、オンラインでの記者会見で「いつもより緊張感がある。責任が今までと違う」とさらに気持ちを引き締めた。

熊本県出身の大関誕生は58年ぶり。九州場所が通常開催なら準ご当所への凱旋となったが、東京開催となったことには「九州に行けないのは残念ですが、いい相撲を取って土俵を沸かせたい」と意気込んでいる。

大関の自覚は秋場所後の行動にも表れている。相撲協会が実施した相撲教習所での合同稽古に参加し、横綱・白鵬(宮城野部屋)、大関・貴景勝(千賀ノ浦部屋)らと精力的に稽古を重ねて手応えをつかんだ。

独特の胸から当たる立ち合いは、各方面から「腰高」とも指摘されるが、今の正代には弱点を補って余りある当たりの強さと、土俵際での粘り強さがある。「大関としての存在感を示したい」と明かすように、06年夏場所の白鵬以来となる14年ぶりの「新大関V」に挑む。

そんな29歳の新大関に刺激を受けているのが、26歳の大関・朝乃山(高砂部屋)だ。夏場所で昇進した大関の"先輩"だが、秋場所は初日から3連敗とつまずき、終盤には正代、貴景勝に連敗。優勝を逃した悔しさを十一月場所で晴らそうと闘志を燃やす。

独特の立ち合いをする正代と違い、正攻法の右四つ左上手の型は、現在の3大関の中でも群を抜く安定感がある。朝乃山本人も「(大関は)勝って当たり前の地位。自分の相撲を取り切れば結果はついてくる」と話すように、昨年の夏場所以来となる2度目の賜杯を狙う。

また、朝乃山には2年連続の年間最多勝もかかっている。秋場所終了時点で、トップは正代の45勝。それを43勝の朝乃山が追いかける。さらに、65歳の定年を迎える師匠の高砂親方(元大関・朝潮)にとっては最後の本場所。近畿大の先輩で、角界に導いてくれた恩人の"花道"を優勝で飾りたいところだ。

秋場所は新入幕の28歳、翔猿(追手風部屋)の奮闘も目立った。千秋楽まで優勝争いを演じ、11勝を挙げて敢闘賞を受賞。身長175cmの小さな体で土俵狭しと動き回るきっぷのいい取り口と、端正な顔立ちに明るい性格も伴って人気が急上昇。西前頭4枚目に番付を上げた十一月場所で、さらなる飛躍が期待される。

たくさんの支えを受けながら、コロナ禍の脅威と戦い続けてきた2020年。力士たちは「一年納めの"両国"」で、正々堂々の相撲を見せて恩返しをしてほしい。