"令和のスピードスター"の勢いが止まらない。9月、10月で37個もの盗塁を積み重ね、コロナ下ペナントの話題をかっさらった周東佑京(しゅうとう・うきょう)の"足"を、盗塁のレジェンド・高橋慶彦、鈴木尚広らが分析する!
■歴代韋駄天も脱帽する異次元の速さ
世界新記録の「13試合連続盗塁」達成に加え、50盗塁を記録して育成出身選手初の「盗塁王」を獲得するなど、今季、大きな飛躍を遂げたソフトバンク周東佑京(24歳)。
1年前、秘密兵器として侍ジャパンに抜擢(ばってき)された韋駄天(いだてん)は、あっという間に球界を代表する選手となったが、これほどまでに盗塁を量産できるようになったのはなぜか?
盗塁王3度獲得のレジェンド、高橋慶彦(よしひこ)氏(元広島など)は、【①とにかくスピードがすごい】と絶賛する。
「盗塁のカギはスタート、スピード、スライディングの"3S"。周東君はトップスピードがそもそも圧倒的に速くて、スライディングでもスピードが落ちない」
代走での通算盗塁数日本記録保持者、鈴木尚広(たかひろ)氏(元巨人)もその速さに舌を巻く。
「加速までがとにかく早く、2歩目でもうトップスピードに入る。自分のタイミングでスタートが切れればセーフになる、という自信が世界記録につながったのでしょう」
さらに鈴木氏は、【②主体性と再現性】の重要性を訴える。
「主体性は、自分から動きだすこと。つまり、受け身にならないということ。再現性は、常にいいスタートができる準備をしておくこと。今の周東君は、盗塁に必要不可欠なこれらの要素をハイレベルで兼ね備えています」
シーズン最終戦で大台となる50盗塁を決めた周東だが、その陰には【③本多雄一内野守備走塁コーチの存在】があった。20年近くホークスの取材を続けるスポーツライター田尻耕太郎氏が明かす。
「2度盗塁王に輝いた本多コーチは現役最終年、育成1年目の周東選手とファームで一緒でした。その当時からの師弟関係が今でも続いています。試合前、外野の隅で本多コーチが投手役を務め、ほかの選手と一緒にスタート練習をする周東選手の姿をよく見かけます。
今季、50盗塁にこだわったのは、球団では本多コーチ以来の大台だから、というのも大きかったはずです」
試合中、本多コーチは一塁ベースコーチとして間近で周東を見守っている。本多コーチの存在が大台到達にひと役買っていたのは間違いない。
■誰もまねできない曲芸スライディング
盗塁量産ペースが上がったシーズン終盤、右足からでも左足からでも滑り込むことができる【④スイッチ・スライディング】がSNSで注目を集めた。
「今季の2軍盗塁王になったソフトバンクの佐藤直樹選手に、『ネクスト周東だね』と話を向けたところ、『僕は周東さんのように両足で滑れないから、同じ土俵には立てません』と話していました。同じプロから見ても、かなり異質な能力のようです」(田尻氏)
鈴木氏も、このスイッチ・スライディングには驚きを隠せないという。
「人間には利き足があり、僕は右足でしか滑ったことがありません。両足で滑れるとなれば、対応力が高くなるのも当然。ただ、これは周東選手にしかできない"曲芸"と言っていいと思います」
このスイッチ・スライディングの利点について、高橋慶彦氏の解説を聞こう。
「3Sのひとつ、スライディングは奥の深い技術。二塁上の野手の動きから捕手の送球がどの辺りに来るか予測し、スライディングの位置を変えられるのが一流の証(あかし)。
僕もベースの右側と左側のどちらに滑るかを直前の判断で変えていました。周東君の"足をスイッチする"というのは聞いたことがない技術だけど、狙いは僕のやっていたことと同じはず」
これを実現させるために不可欠なのが【⑤視野の広さ】だ。コンマ何秒のレベルで状況判断できるかも重要になる。
「『鬼滅の刃』で、極限まで集中すると周囲の動きがゆっくり見える描写があるように、今の周東君はものすごい集中力で周囲がしっかり見えているんじゃないかな」(高橋氏)
■底知れぬ成長曲線。スタートはまだ伸びる
今季終盤、周東の連続盗塁記録とともにソフトバンクも連勝を重ね、一気にパ・リーグを制した印象がある。この連勝には「1番・周東」の存在が大きい、というのは識者3人が一致する意見だ。
「ここ数年のホークスの弱点は1番を固定できなかったこと。今季終盤にようやく不動の1番が誕生し、打線に厚みが出た。そして何より周東選手が出塁すると盗塁を期待して球場の空気が変わるんです。あれは相手チームのプレッシャーになったはず」(田尻氏)
「ランナーを警戒すると、投手はかなり消耗する。特に周東選手の場合、相手バッテリーが警戒に警戒を重ねても盗塁されてしまうから、徒労感も大きい。相手投手の"目に見えないダメージ"になっていた可能性は十分あります」(鈴木氏)
「"盗塁成功率"の話題がよく出るけど、その数字だけを上げたいなら、次打者のことを気にせず、球種とカウントをじっくり選べばいい。でも、僕からすれば、1番打者で重要なのは"得点成功率"。
塁に出て、ホームまで帰ってくることがチームにとって大事なわけだから。そのためには次打者の選択肢が広がるよう、早いカウントで盗塁を仕掛けたい。実際、周東君は塁に出ればすぐに走っていた。理想的な1番打者だね」(高橋氏)
今季終盤のソフトバンクは打線のつながりが強化され、爆発的な力を発揮したが、【⑥早いカウントで仕掛け】ができる周東の存在感はひときわ大きかった。
そんな仕掛けの早さを支えているのが【⑦失敗を恐れない決断力】だと鈴木氏は語る。
「走力以外で盗塁に必要な力は4つ。投手をよく見る"観察力"と、その動作を見極める"分解力"。思い切りのいいスタートを切るための"決断力"、それらをバランスよく発揮するための"統合力"です。
今の周東選手は決断力が際立っていますが、ここから先、調子が落ちたときや年齢を重ねたときにどの能力を研ぎ澄ましていくのか。その点に興味があります」
一方、高橋氏は「スタートに改善の余地がある」と語る。
「動きだす瞬間、右足を一瞬引く。走る瞬間というのはどうしても骨盤が邪魔になって体が浮きがち。それを解消しようとすると無駄な動作が生じてしまう。
体の構造をもっと知れば、右足を引かずともスタートを切れるようになり、コンマ何秒か縮められる。今でも十分速いのに、まだ伸び代があるのは楽しみでしかないね」
盗塁だけで球場に客を呼べる存在になった周東。スピードスターから"球界トップスター"になる日も近い。