開幕から6試合目までは勝ち星に恵まれなかったが、初勝利を挙げると5試合連続完投勝利。エースの覚醒と共にチームは浮上し、8年ぶりのAクラス入りを果たした。
最優秀防御率、最多奪三振、そして沢村賞。多くの勲章を手にした中日ドラゴンズ・大野雄大が、10年ぶりの優勝に向けて、揺るぎない決意を江夏豊氏に語る!
■初めて2桁勝った年は完投できなかった
江夏 沢村賞、おめでとう。
大野 ありがとうございます。自分でもびっくりです。
江夏 防御率のタイトルも獲って、これは2年連続か。2回ということは、1回の俺より上になったな(笑)。
大野 とんでもないです!
江夏 ハッハッハ(笑)。防御率の数字は1.8......?
大野 1.82です。
江夏 そうか。俺は1.81でタイトルを獲ったんだよ(笑)。
大野 僕はまだまだ全然、ということですね(笑)。
江夏 去年のあなたは「45イニング連続無失点」を達成して、その過程で俺の41イニングという記録を抜いた。「こいつに抜かれたら俺はもう一回、現役やらないかん」と思ったよ(笑)。
大野 ハッハッハ(笑)。
江夏 それでね、あなたがどれだけの大投手なのかと思って、あらためて通算成績を見てみた。初めて2桁勝ったのは2013年か。
大野 プロ3年目ですね。
江夏 それから3年連続で2桁勝ってるけど、去年の11勝は5年ぶりの2桁だった。言い換えれば、なかなか勝てない時期があって、当然、悩み、苦しみ、のたうち回ったこともあったと思う。
大野 そうですね。2018年頃に......。まったくダメな年がありました。
江夏 その年の春季キャンプで会ったときのあなたは、あまり元気な顔つきじゃなかったもんな。
大野 そういうなかでも江夏さんには気にかけていただいて。ブルペンで投げ終えた後、声をかけていただいたのはありがたかったです。
江夏 いや、自分はあなたの投球スタイルが好きだから。
大野 ありがとうございます。
江夏 もうプロで10年たったんだよな。10年間で通算69勝だから、勝ち星を平均したら年間6、7勝のピッチャーということになる。
大野 それぐらいのピッチャーなんだと思います。
江夏 それが今じゃあ、周りの評価は「大投手」だよ。
大野 そう......ですね。
江夏 「そうですね」か(笑)。
大野 実績はまだまだ全然、と思ってるんですけど。
江夏 でも、"打高投低"といわれる今、ひとりのピッチャーが1試合を投げ抜くのは大変難しい時代だよ。そのなかで去年のあなたは勝ち星、防御率もさることながら、完投が10あって完封が6つある。これはもう本当に素晴らしい、絶賛に値する数字だもの。
大野 常に完投は意識していたので、それが結果につながってよかったと思っています。
江夏 プロ初完投は、初めて2桁勝った13年か。そのときから完投を意識していた?
大野 初めての2桁のときは1完投でした。
江夏 それは完投ができなかった、ということ?
大野 できなかったです。体力自体はあったかもしれないですが、投げる面での体力はまだまだついていなかったので、6回を投げたらもういっぱいいっぱいでした。
江夏 そういうタイプのピッチャーだったあなた自身、例えばキャンプで走り込み、投げ込みをしないといかんな、と考えたときがあったと思う。でも今の時代、「ピッチャーの肩は消耗品」といわれて、あまり投げ込まない人もいるし、チームの方針で投げさせない場合もあるよね。かなり葛藤があったと思うんだけど、そのへんはどう?
大野 僕は、自分からはあまり球数を投げないタイプなんです。「キャンプでは2000球以上投げ込め」というのがドラゴンズの方針だったんですけど、僕の場合は「数よりも質を求めていきたい」という考えがありました。
江夏 チームの方針と、あなた自身の考えは違っていた、ということやな。そこで大事なのは、「僕はこういう考えで、こういう練習をやらせてもらいます」とはっきり言うことだよね。それを言わないと、ややこしくなるから。
大野 そうですね。当時、ピッチングコーチからは「毎日、ブルペンに入って、球数を投げ込め」と言われていたんですけど、僕は「投げ込む日は投げ込みますが、それ以外の日は少なくてもいいのかな、と思ってます」といった会話をしていました。
江夏 うん、それはもう大いにけっこう。自分なりに考えて答えを出していったほうが成長できるから。よく「チームのため」というけど、自分の人生だもん。犠牲になる必要はないし、自分が正しいと信じたことで前に進むべきだと思う。
大野 はい。それで僕は、最近のキャンプの球数は1000球前後ぐらいなんです。もちろん、人それぞれタイプがあると思います。「自分は投げ込んでつかんでいく」という人もいれば、僕みたいなタイプもいると思うので、コーチとコミュニケーションを取って、自分に合うものを見つけていけばいいと考えています。
江夏 そもそもそれがプロの世界だもんな。アマチュアと違って、プロは自分の体が資本、ピッチャーは自分の肩が資本なんだから。
大野 僕も本当にそう思いますし、今はそういう形でやらせてもらっています。
江夏 もちろん、今の形でずっと続くかどうかはわからないし、体が資本である限り、もう少し走り込み、投げ込みをやらないかんと思えば、また変えていけばいい。そのとき、上から言われて変えるんじゃなしに、自分で考えていろんなことをやってみるのがとても大事だと思う。
大野 何事も自分から、ということですね。
■苦しいときでも笑顔を見せる理由
江夏 それであなたは自分の土台をつくったからこそ、今の時代に10完投、6完封できるだけのピッチャーになった。ただ、去年は出足、なかなか勝てなかったよね。開幕から6試合、勝ち星がなかった。それがふたつ3つ勝つうちに、どんどんマウンド上で笑顔が増えていったんだよ。
大野 あっ、本当ですか?
江夏 うん。あれは自分で意識して笑顔になっていた?
大野 いえ、自然にだと思います。やはり、勝てていないときは、開幕投手を務めた身として、チームに勢いをつけられなかった、迷惑かけてばかりじゃないか、という気持ちもありました。なので、完投しながら勝っていくと、自然と笑顔が出たのかな、と思います。
江夏 バックがエラーしたときも常に笑顔だったから、すごく変わったな、大きくなったな、と思ったよ。でも、投げている側としてはそういうときばかりじゃないよね?
大野 それはそうですね。
江夏 自身が打たれた後にバックがミスしたりすると、笑顔が消えてしまうピッチャーもいる。でも、あなたはそんな場面でも笑顔を見せるから、野手も救われると思う。そのあたり、野手の気持ちも考えてる?
大野 考えてますね。ドラゴンズの守備陣は失策数も少ないですし、守備力を示す指標なども高いんです。実際、いつも本当によく守ってくれて、失点を防いでくれています。そのなかでたまにはエラーすることもあるでしょう。そんなときは逆に、「俺がカバーしてやる」という気持ちが湧いてくるんです。
江夏 いい関係だね。守りといえば、去年の中日はリリーフ陣もがんばった。特に祖父江(そぶえ)(大輔)、福(敬登[ひろと])、(ライデル・)マルティネスの勝ちパターンがよかったけど、あなたが投げるとき、リリーフ陣に対してはどういうことを考えてる?
大野 やはり、中継ぎピッチャーは毎日、準備しなきゃいけないですし、僕が投げる試合だけは休んでほしい、という気持ちでマウンドに上がっています。例えば、6連戦の最初のカードで3連投しちゃうと、次の3連戦に投げられなくなるので、投げても2連投で済むようになんとか自分でがんばろう、と思いながらマウンドに上がってました。
江夏 その気概が10完投、6完封につながったと思うし、沢村賞という勲章を得て、周囲の目も変わってくると思う。ファンの期待も高まるだろうし、相手チームはあなたが先発する試合ではより気合いが入ると思うんだよ。あなたはそれを背中で感じると、また違った意味で苦しくなると思う。そのへんに対する考え方はどうかな?
大野 本当に見られ方が変わると思いますし、「大野が投げる日は勝てる」と期待してくれるファンの皆さん、チームのみんなを裏切らないようにしないといけないですね。
■外の真っすぐで見逃し三振を取りたい
江夏 そのために2021年、あなたはどんなピッチングをしていくべきか。やはり三振の取れる投球だと思うけど、去年の奪三振の内容を見ると、10個のうち8つが空振り、という割合なんだよね。
大野 そうなんですか? それは自分で意識してなかったです。
江夏 言い換えれば、見逃しがけっこう少ない。これは自分から言わせてもらえば、まだまだコントロールに甘さがあるんじゃないかな。
大野 はい。
江夏 球威で三振を取ってるだけじゃ、先々しんどいと思う。球の勢いは一昨年のほうがあったよね?
大野 確かにそうですね。
江夏 一昨年の前半は「おいおい、大丈夫かいな」というぐらいボールが走っとったけど、案の定、夏場になったら勢いがなくなっていた。
大野 はい(笑)。最初のほうは152キロとか出てたんですけど、終盤は150キロも出ていなかったですし。
江夏 ピッチャーはスピードだけじゃないよ。もうそんな若くないんだから(笑)。
大野 そうですね(笑)。
江夏 その点、もっと正確な制球力、そして相手バッターを見ることが大事になる。ぜひそれらを習得して、さらに高度な投球をしてもらいたい。さあ、それでもスピードに頼るか、制球力に頼るか。どう?
大野 制球力を磨いていきたいですね。
江夏 どっちの球? 右バッターの内? 外?
大野 外ですね。内の球は今でも自信があるので。
江夏 それはストライクの球? それともボール球?
大野 ストライクの球です。これまでは外の真っすぐでファウルを打たせて、あとは落とせばいい、という感覚で投げていたので、右バッターの外の真っすぐで見逃し三振、という球はほぼなかったです。
江夏 それで三振取れたら気持ちいいよ。
大野 そうですよね。ぜひ取れるようになりたいです。
江夏 確かに、外に落とす球は右バッターが引っかかりやすい。でも、一番イヤなのは外の真っすぐ。いいバッターほど、ガシャッと当たって詰まるよりも、外にビシッと決められて手も足も出ない、という状態になるのを怖がるんだから。
大野 右バッターの外にバシッと決まっての見逃し三振を数多く取ることを目指します。
江夏 うん。自分でいろんなことを考えて、いろんなボールを研究してがんばってもらいたい。じゃあ、2021年の最大の目標は?
大野 まずはチームの優勝ですね。
江夏 優勝して、あなたが2、3勝やったらどうするの?
大野 喜べないですね(笑)。
江夏 優勝するにはあなたが2桁以上勝って、チームを引っ張っていかないと。
大野 はい。自分がローテーションを守って、昨年と同等の成績を残せば優勝はついてくる、と思っています。
江夏 あなたが勝ち頭で、笑顔でチームを引っ張っていくのがベストなんだから。そのためにケガのないように、丈夫な体、肩をきっちりつくり上げてください。
大野 わかりました。今日はありがとうございました!
江夏 ありがとう。またキャンプで会いましょう。
●大野雄大(おおの・ゆうだい)
1988年生まれ、京都府京都市出身。2010年、ドラフト1位で中日入団。13年から3年連続で2桁勝利を挙げるが、その後、低迷。19年にノーヒットノーラン達成、最優秀防御率のタイトルを獲得して復活すると、昨年は148回2/3を投げ11勝6敗、防御率1.82、148奪三振の大活躍。10完投6完封が評価され沢村賞を受賞。昨シーズン中に取得したFA権をオフに行使せず中日に残留した
●江夏豊(えなつ・ゆたか)
1948年生まれ、兵庫県尼崎市出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などのプロ野球記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ