7年ぶりの日本人F1ドライバー、角田裕毅(つのだ・ゆうき/20歳)の最大の魅力は「少年性と成熟の共存」にある。
昨年F1直下のFIA F2で目覚ましい活躍を見せ、ルーキーながら後半戦はトップ争いを繰り広げてランキング3位に入り、F1昇格を決めた。年間王者にはあのミハエル・シューマッハの息子、ミック・シューマッハがなったが、明らかにそれ以上の走りを見せた。
それだけに、今季は開幕(3月28日決勝のバーレーンGP)前から注目を集め、一部海外メディアでは人間としてもアスリートとしても完璧な存在と神格化するような向きさえある。昨年ピエール・ガスリーが優勝を果たしたアルファタウリ・ホンダをドライブする角田に、表彰台や優勝を期待する声も少なくない。
確かに角田はFIA F2という、ある意味でF1より激しい争いが繰り広げられる場所で、これまでの日本人ドライバーが苦手としてきたアグレッシブなバトルを演じ、扱いが難しいイタリアのピレリタイヤもうまく使いこなした。F1昇格をかけた最終戦のプレッシャーにも打ち勝って、勝利を収めている。
だが、角田は決して完成されたアスリートではない。昨季も序盤はタイヤの扱いに苦しみ、焦りがミスにつながったことも多かった。チームからは「壊したフロントウイングの数はおまえが一番だ」とさえ言われた。しかしエンジニアと試行錯誤を重ね、後半戦に入って最適なタイヤの扱いを習得した。
また、昨季の開幕前には、レッドブルジュニアチームの一員として、レッドブルのF1ファクトリーがある英国ミルトン・キーンズに居を移し、チームが手配したフィジオセラピストと共に体とメンタルを強化していた。F2の結果は、並たいていではない努力で手に入れたものなのだ。
ここまでの道のりも平坦(へいたん)ではなかった。カートからフォーミュラの練習に移行した2016年には、実質的なホンダの育成プログラム入学試験である「SRS-F」を受講するも、スカラシップ最終選考で落選。
しかし中嶋 悟校長(当時)の推薦もあって、翌年はスカラシップ組と共に日本のFIA F4に参戦し、18年には圧倒的な速さで王者になった。その活躍が認められてレッドブルジュニアチームのオーディションを受けると、素質と可能性を認められ、19年はヨーロッパに渡りFIA F3に昇格した。
ただし、同期のレッドブルドライバーたちに比べれば格下のチームでの参戦で、当初はその実力不足に苦しみチームと衝突することも。
それでも予選セットアップ改善に取り組み、シーズン後半戦には大きくポジションをアップして、1年でFIA F2へ昇格。そして、前述のようにF2でも目覚ましい成長を遂げて1年で卒業を果たした。
そんな環境下で戦ってきた角田だからこそ、幼さも残る見た目とは裏腹に中身は成熟している。
3年前の夏、レッドブルのオーディションのためにF1ハンガリーGPを訪れた彼は、今よりもさらに幼く見えた。だが、すでに自分がF1に行くために必要なものをはっきりと認識し、考えて行動していた。そしてヨーロッパで戦った2年間で、グローバルなモノの考え方は格段に成長したように感じられる。
一方で、コックピットの外では驚くほど子供っぽく人懐っこいところを見せることもある。「来年用のヘルメットができたんですよ。見ます?」とうれしそうに持ってきたり、初のF1テスト終了後にはチームの全スタッフのみならずサーキットの運営スタッフにまで、ひとりひとりに「ありがとう」とお礼を言って回ったり。
今年の新車シェイクダウン(テスト走行)の際も、非公開ながらサーキットのフェンス脇に集まった地元ファンのところまで歩いていってファンサービスをした。アルファタウリのスタッフたちも、すでに彼の虜(とりこ)だという。
メディア向けの言動に感心する人もいるが、それは時間をかけて心を整理した上での"外向き"の言葉。セッション直後の取材では、負けん気の強さや感情が表に出る場面もある。
実際に取材をしてきて感じるのは、角田は一部メディアが言うパーフェクトなアスリートではなく、自分に足りない部分に必死に向き合って、それを埋めるべくひたむきに努力している人間だということ。
負けず嫌いなためそれを表に見せず、なんでもなかったかのように振る舞うこともあるが、本当の角田裕毅は、むしろ人間くさくて人懐っこくて、少年らしさと大人っぽさが共存したアスリートなのだと思う。
「成長を感じるヒマもないくらい『自分に何が足りないのか』しか考えていなかったし、まだまだ足りないところがあることは自分でもわかっています。成長したなというよりも、もっと成長したいというのが正直なところです」
その姿勢は、F1という新たな世界に飛び込む今だからこそ貫くという。これまで戦ってきたカテゴリーに比べてF1はあまりに複雑で、学ばなければならないことが山のようにある。開幕までに完璧な状態に準備を整えることは不可能だろう。
F3でもF2でもそうだったように、戦いながら、限界を探りながら、足りない部分を埋めていく作業が待っている。
「最初から可能な限りプッシュしていきたいと思っています。それによってミスを犯すこともあるかもしれないけど、限界を知るためにはそういうミスも必要だと思っているので、恐れることなくハードに攻めていきたいです」
少年のようにエネルギッシュに、貪欲に成長する角田の挑戦を温かく見守ってほしい。